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夫への感謝状

家治綾子

拝啓 ピエロ様

「今日から綾子をアマゾネスと名付けよう。」

あなたは、朗らかな声でそう言いながら、左手に破魔矢を持ち、右手を大きく広げて、私の病室に入って来ましたね。

「アマゾネスって、なによ。」

「片乳や、カタチチ綾子っていう意味や。」


昭和六十二年の元旦、外科病棟五〇三号室での久々の会話でしたね。私は一週間前に乳ガンの手術を受け、二日間をうとうとと、集中治療室で過ごし、やっと麻酔から解放された日のことでした。

いつもなら、新年を旅先の神社で迎え、一年の幸せをお祈りしていたのに、今年は一人ぽっちのあなた。大阪の天満の天神さんあたりは、賑わっているはずのお店も、早朝ではチラホラ。寂しかったでしょう。

年末に奮闘して作ってくれた御節料理、ぼちぼち味わいました。お料理上手のあなたに育て上げてくれたおばあちゃんにも、感謝の気持ちでいっぱいになりながら・・・。

二ヶ月ぶりに帰宅し、あなたと一緒にお風呂に入りましたね。十八キロもやせてしまった私の背中を洗ってくれながら、あなたは泣いていましたよね。

口笛を吹きふき、台所に立っているあなたの姿を見ながら、私がずっと、このまま働けない状態だったら、折りを見て離婚の話を切り出そうと、一大決心をしていた時もあったけれど、デリケートで寂しがり屋のあなたが、私を励まそうとピエロを演じているのなら、弓を引くのに邪魔だからと、片方の乳房を切り取ってしまうという伝説のアマゾネスのように、私も笑って、逞しくいきていきましょう。そんな私に、いつも力を貸してください。今しばらく、あなたに甘えさせてください。

昼間は、いたずらっ子の中学生を相手に、くたくたになり、帰宅して、私の食事の面倒を見てくれているあなたに、手作りの感謝状を贈ります。

敬具

アマゾネス・綾子


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