戻る目次ホームページヘ次へ  作者・テーマ別作者別

各駅停車のすすめ

----まえがきにかえて

向井俊博

近頃、電車は都心、地方を問わず特急のたぐいがやたらと多い。急ぐ人が増えたせいであろう。便利になるにつれ人が集まり、またまた特急の本数が増える。

特急の停まらぬ駅を降りると、その土地の個性がうかがえる。地元の商店が軒を並べ、自転車置き場では挨拶がとびかう。たばこ屋のお婆さんが親切に道案内をしてくれる。街外れの八百屋のおじさんは、手にした大根で道を指し示してくれる。道端のお地蔵様には花が添えてある。雀の鳴き声が弾み、野良犬は悠然と歩む。目をこらすほどに、都会に忘れられたものが見える。郷愁を越えた何か大切なものが見える。

人生を電車になぞらえるのはおかしいかも知れぬが、ともすれば便利な特急電車で人生の終着駅に向かう人が多いのではなかろうか。小さな駅には目もくれず、人が群れる大きな駅だけを拾ってはすし詰めの特急電車でひたすら終着駅へ向かう。

人生も折にふれて立ちどまり、考えてこそ意義があると思う。忙しげに急ぐ人の中にあって立ちどまるには勇気がいるが、何よりも日ごろの心がけが大切であろう。立ちどまらずに先を急いだ人は、人生の味わいをうんぬんするにはほど遠い。各駅停車をしつつじっくり人生を送った人の顔は終着駅で輝き、特急で急いだ人の青白い顔とは比較にならぬに違いない。

荻野君のこの文集は、人生を各駅停車でつづったものである。立ちどまり、そこにある人生の風景を心の目でとらえたものである。この文集を核に、おおぜいの人に輪を広げるのだと聞いている。足のとめかた、物の見かたは人さまざまであるだけに、各駅停車の味わいは心の向上、人生の糧となることうけあいである。

人生の各駅停車をおすすめするとともに、荻野君の文集の講読と文集の輪の広がらんことを親友として切望する次第である。

平成元年3月吉日


戻る目次ホームページヘ次へ  作者・テーマ別作者別

ご感想をどうぞ:gb3820@i.bekkoame.ne.jp