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人を嫌う不幸

荻野誠人

 あるボランティア活動でのこと。「国は環境を守るために・・・」という文の「国」とは何かを10歳くらいの子供たちに説明しようとして、麻生首相の名前を出しました。すると何人もの子が「麻生さん、きらーい」と叫んだので、びっくりしました。首相嫌いがこんなところにまで及んでいるのかと。
  後でこれは困ったことだなあという思いがわいてきました。と言っても、首相の支持率の低さを憂えているのではありません。あの小学生たちは、社会に関心がある大人びた子というわけではなく、政治の知識などほとんどないでしょう。たぶん家族やテレビの言っていることを鵜呑みにしただけでしょう。いや、ひょっとすると、言葉ですらなく、何となく感じられる首相に対する嫌悪や軽蔑という感情を吸収してしまっただけなのかもしれません。そして首相を嫌っているのです。
  大人ならある程度明確な理由があって嫌っている人が多いでしょう。いわば自覚的な行為です。しかし、あの子供たちは訳も分からず、知らないうちに首相を嫌っていることになるのでしょう。
  訳も分からず人を嫌う−−−これは不幸なことではないでしょうか。
  嫌う、という感情をもっているのは苦しいことです。嫌いな人や物が近づいただけで、気分が悪くなります。攻撃しようという気持ちさえわくことがあります。そして、場合によっては実際に争いが生まれていきます。そういう感情をあの子たちはいつの間にか植えつけられてしまったのではないでしょうか。
  ここまでは首相を俎上に載せてしまいましたが、他の有名人やもっと身近な人がいつの間にか子供の嫌悪の対象になっていることもあるでしょう。飛躍かもしれませんが、長年にわたる民族や宗教の対立といったものも、このようなことが一因となって代々受け継がれていくのではないかと感じました。子供の頃に染みついたものは容易にぬぐうことはできませんから。
  子供が訳も分からず人を嫌っているのなら、それは大人の責任です。家庭での気楽な話題として有名人や知人への悪口などが出るのは自然なことなのかもしれませんが、それでも、十分な判断力も知識もない子供の前で他人に対する嫌悪や軽蔑などをあからさまにするのは少し控えめにした方がいいのではないでしょうか。他人への好悪は本人に任せればいいことでしょう。誰かを嫌う、という重荷を余計に子供に背負わせないために。

     2008・6・6


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