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八分咲きの美学

はりがね


開花前のまどろみに美

 八分咲きの美学を意識したことはないだろうか。春に咲く桜が一番美しいと思う一瞬は八分咲きのころだと筆者は感じている。それは、ぱっとひらいてしまうまえの微妙なほんの一瞬の輝きで、そのほんの一瞬に魅せられてしまう。少女から女性への変容の一瞬もまたしかりだ。もっと日常的な例では休日前の楽しさで、本来なら休日のほうが楽しいはずなのに気持ちとしては休日前の夕べのほうがリラックスしてしまう。 おそらくこれらは、なんでもピークに達してしまうともうそこは言わば現実の世界であって、これ以上ひろがる余地のない完結した世界であると認識させられるからではないだろうか。そしてそこには想像力のお節介さによって終わりや別れの予感を感じてしまうからであろう。
 久しぶりにベートーヴェンの交響曲を聴いた。最終楽章の歓喜の旋律を聴く。自信なさげな低音パートに徐々に透明感のある高音パートが重なり合っていく。もちろんその後には自信に満ちた全協奏の歓喜の旋律があるわけだが、やはり筆者はその一歩手前の不安定だが美しい数章節を大人気なく何度も聴く。開ききってしまわないで欲しい気持ちがより一層に人を惹きつけるから不思議なものだ。
 一方でこんどは消えゆく前の微妙な先の細い一瞬にもまた美しく魅せられることもある。晩夏の夜の線香花火。柳のような線が描くオレンヂ色と漆黒のコントラストなどその好例のように思う。それはまさに、もうすぐ終わろうとする季節を燃えつきようとする花火の終わりの一瞬のそれに投影し、ゆく季節を惜しむ感情から湧き出てくる美意識だ。
 なだらかな完成への過程となだらかな終わりへの道の一歩手前のまどろみに美しさを感じながら世の中を見つめると、すこし得をした気分になる。

(2002.07.31)


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