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読書の効用

荻野誠人

 「うちの子はいじめられていたので、いじめの物語の読解問題がよく出来 るんです」
 と小学生のお母さん。ちょっと悲しい話ですが、なるほどなあと思いました。確かに色々なことを体験すればするほど物語の読解問題が出来るようになるでしょう。でも、だからと言って、いじめまで体験した方がいいとは言えません。また、小学生の人生体験なんてごく限られています。
 そこで、読解力を向上させるためには読書が必要になってくるわけです。
 国語を得意にするためには、本を読めとよく言われます。ですが、それは、読書すれば、漢字や言葉の意味を覚え、言葉の自然なつながりも体得できるから、という理由で言われることが多いようです。確かにそれも読解力には不可欠の要素です。でも、それだけではありません。
 すぐれた物語は、人間がよく描かれています。それを読めば、自分では決して体験出来ない他人の人生を沢山体験することが出来ます。そうすると、知らず知らずのうちに人間の心理や行動についてよく分かってきて、「主人公の気持ちを書け」といった読解問題も解けるようになるわけです。
 でも実は、問題が解けるというのは「おまけ」みたいなもので、人間についての理解が深まるというのは、おおげさかもしれませんが、一生の財産を手に入れたようなものだと思うのです。人間理解の深い人は、例えば相手の気持ちが分かりますし、行動が予測出来ますから、相手のためになる応対や相手を喜ばす応対が出来ます。自然、そういう人の周囲には豊かな人間関係が築かれていきます。人間理解の深い人は、例えば自分の長所も短所も分かりますから、自分にとってちょうどいい生き方を選ぶことも出来ます。
 ただし、本を読めといっても、駄作ではダメです。例えば、戦争を題材にしても、すぐれた物語は極限状態での人間の心理をちゃんと描いていますが、そうでないものは、人を単純に善悪に分けたり、戦闘や殺人などの派手な場面ばかりを表面的に描いたりしています。そういうものを読んでも、気分転換や暇つぶしにはなるかもしれませんが、人間に対する理解は深まらないでしょう。いや、ひょっとすると人間を誤解してしまうかもしれません。「推薦図書」を定める理由はそういうところにあるのではないでしょうか。
 でも、子どもに本を読めと言うためには、大人が普段から本を読んで読書のよさを実感している必要があるでしょう。「言葉を覚えるから」という理由だけでは、説得力が今一つ弱いのではないでしょうか。

                      2005・1・14


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