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新しい価値観を求めて

ロジャー・マクドナルド

現代は非常に矛盾した時代であると思う。人類が選んできたのは進歩と発展の道だった。それは工業化、技術、貨幣経済、資本主義、消費といったものに基づいていた。人類は、近代科学の台頭以来、自然を思い通りに作り変えるようになり、自然に対する支配力を徐々に手に入れてきた。しかし、モラルや人間関係は進歩と発展を続けてきたのだろうか。

経済成長が急速に進むかたわら、私たちは人間としてどうあるべきかという問題を無視してきた、いや、少なくとも忘れていたようである。物質的な成長が人間的な成長をはるかにしのぎ、物や技術の豊かさと人間の生き方とは遠く隔たってしまった。こうして、一方では物質の繁栄に向かいながら、他方では深刻な矛盾やパラドックス(逆説)や不一致を抱える今日の事態に突入してしまったのである。この事態とは、地球規模では、冷戦後の勢力バランスの崩壊や新たな民族紛争の勃発、人口増加や生態系の破壊や種々の生物の急激な絶滅といった地球環境の問題などであり、地域的、文化的には、拡大し続ける貧富の差、増加する凶悪犯罪、離婚、ストレスやガンといったいわゆる文明病などである。

西洋文化においては、この矛盾とパラドックスが、いわゆる「ポスト・モダニズム」となって現れ、単一の世界観は崩れ、「何でもかまわない」というような無秩序で混乱した、不安定な状態が生じている。国家、書物、性、音楽などなど、何もかもが戯れに寄せ集められて雑然とるつぼの中に浮いており、そこからだれもが気まぐれに必要なものを引っ張り出している。

だが、私はこの多様性と混沌が現代の特質だと言っているだけで、この時代を絶望的なものとして退けようというのではない。どんな体制にもどんな時代にも欠点はすぐに見つかり、現代もその例にもれない。しかし、大切なのは、その時代の中に建設的な良い面を多く発見していくことである。

宗教や作法などの伝統はメディアやテレビや機械仕掛けの粗野な表現形式にとってかわられてしまい、私たちが伝統からどんどん離れていくにつれて、かつての価値観はあいまいになってしまった。そしてその結果、広大な渦の中で、こちらには復古調の新ビクトリア主義が、あちらには熱狂的な個人主義が現れた。その個人主義の典型的な代表は、自らの繁栄に目を奪われている若い世代である。一方には、死刑、厳格な教育や法律、身分証明書の義務づけ、新しい秩序の導入などによって「古き時代」に帰ろうと唱える人々がいる。他方には、場所も時も方法も相手も弁えず、他の人々に及ぼす害も考えずに、ただしたいことをしたいと望む若者が大勢いる。まるで正反対の二つのグループが同じ場所に住んでいるのである。一方は過去を振り返らせようとし、一方は未来に向かわせようとする。この矛盾した状況から様々な緊張と摩擦が起こってくる。アメリカの哲学者ロバート・パーシグ(Robert Persig) は、この二つの力を「静力」と「動力」と名づけた。静力は伝統を保持し、動力は新しいものを創造するのである。価値は人間存在の本質であり、世界観や将来の展望の基礎となるものだが、その価値自体が変化の過程にあって、私たちは今新しい価値を模索しているところなのだ。

私は、その模索の答えが「古き時代」への回帰だとも、過度の個人主義だとも考えない。多くの可能性のうち、これこそ答えだと思うのは、私たち自身が体験と実感を通して、現代文化の中に価値そのものを真剣に創造的に再発見していくことである。そのためには映画や彫刻といった様々な芸術の鑑賞や創作を通じて思想や美を体験すればよいのかもしれない。あるいは、優れた文学を読んだり、料理をしたり、ただ静かに庭に座ってみればよいのかもしれない。このような素朴な方法は、人間に強烈な実感のこもった体験を味わわせる。それは単なる技術や便利さに伴う受動的な体験とは違う。何をどうすればよいという決まった方法は決められないであろうが、要するに、現に自分たちの回りに存在するものに対して、人間らしい感性を研ぎ澄ましていくことが必要なのである。

私は今後、伝統的な価値観と新しいダイナミックな価値観の双方について、曇りのない目で明晰な研究を進めていきたい。今世界中で、様々な人々がとてつもなく面白い創造的な仕事に携わっている。自然や医術や女性をめぐる古代の智恵を見直すように勧めるインドのヴァンダナ・シバ(Vandana Shiva) のような環境問題の専門家、近代科学をもっと全宇宙的な体系に組み込もうとするイギリスのルパート・シェルドレイク(Rupert Sheldrake )のようなニュー・サイエンティスト、自然を探究し、紛争と平和の未来を探究するノルウェーのヨハン・ガルトン(Johan Galtung) のような社会科学者、そして、無数の画家、音楽家、作家、政治活動家、宗教指導者たち。私たちが人類という種として進化を続けるなら、その思考や想像力も発展を続け、私たち自身も変化や新しい思考様式を受容できる器に成長していく。

伝統と変革のかけ橋になるほかに、私たちが啓発され、豊かになる道はない。人間は、関係と過程の生き物であるから、共生と相互作用を通して進化するのが自然ななりゆきのようである。過去は最も智恵ある教師であり、未来は最も創造性に富む生徒である。そして、現在においてこそ、私たちはその教師と生徒を一つに結ぶことができるのである。

(原文英語。翻訳・水野晴美)


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