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5歳の子どもにわかるように

礒ひろし

 「今あなたが言われたことを、5歳の子どもにわかるように話してください」
 映画『フィラデルフィア』の中で弁護士を演じたデンゼル・ワシントンが依頼人の意見をまとめ、相手の気持ちを整理してもらうために使ったセリフです。
 5歳の子どもに話すということは「やさしく、わかりやすく話す」ことです。よほど機嫌の悪い時や子ども嫌いな人でない限り、私たちは5歳の子どもに対して、やさしく語りかけます。幼い子どもには、相手に理解してもらえるように言葉を選びながら、わかりやすい表現をします。
 子どもは語彙(ごい)や知識が少ないおかげで、率直で正直な思考をします。しかし5歳の子どもでも、ものごとの重要性を理解する知恵はあります。むしろ大人よりも直感的に解釈する能力は優れているかもしれません。「どうしてこんな発想ができるのだろう?」と、大人が舌を巻くことさえあります。子どもは大人が話していることの大部分を理解しているようです。医学的にも5歳で言語野ができあがり、脳全体のシステムが完成すると言われます。ですから5歳の子どもにわかるように話すことは、むつかしく考えるようなことではなくて、あるがままをそのまま表現することです。
 むしろ大人のほうが、いろいろな知識が邪魔をして、ものごとを難しくとらえる傾向があります。大人同士でも意見が通じない場合があります。相手から理解してもらえないのではなく、理解してもらえる表現をすることが大切です。知識をひけらかすように専門用語を使っても、相手に真意が伝わらなくては意味がありません。伝える情報よりも、伝わる情報に価値があるのです。
 あ・うんの呼吸に頼って、私たちは「これは話さなくてもわかるだろう」と勝手な解釈をして言葉を省略することがあります。しかし、言葉にしなくては理解してもらえないことがたくさんあります。多くの言葉を使いながら要点を削ってしまえば、何も言わないのと同じです。
 わかっていない人ほど、多くの言葉を使って相手を説得しようとします。しかし、たくさん語るほど本質から遠ざかります。ほんとうに自分が伝えたい内容がぼやけてしまい、意思の疎通がとれなくなります。ほんらい、本質はいつもシンプルなものです。
 理解しあえない関係には、心の壁が立ちふさがっています。心の壁を突き破るのは、やさしくてわかりやすい言葉なのです。
 わかりやすい表現には、相手に真意を伝えることと同時に、自分の考えをもういちど整理できるというメリットがあります。複雑な話は自分が言いたいことを曖昧にしますが、シンプルな言葉は自分の気持ちを明確にしてくれます。わかりやすい言葉は、相手を説得するだけではなく、自分自身を納得させる力も持っているのです。
 映画を見ていると、とてもよい言葉に出会います。もちろん本や講演の中からでも見つけられます。こうした「いいな!」と思った言葉を忘れないために、日常のどこかで使うとよいでしょう。
 言葉を大切にしたいものです。


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