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蔦の葉通信五四号

喜多村蔦枝

小春日和でした。夫と畑へ出ました。

「何を手伝ったらいいの」と聞くと、「キャベツの虫取り」という返事でした。しゃがみこんで大きな葉の一枚一枚を丁寧に点検していきました。

キャベツはようやく葉が巻き始めたところです。九月の日照りで出来栄えがよくありません。やわらかい葉の方に青虫がぴたりとくっついています。旺盛な食欲で葉を食い尽くさんばかりの虫や、午睡を愉しんでいる虫たちを、ひょいとつまんでつぶしていきました。

私は手が荒れるのを防ぐために軍手をしています。即死した虫の体液で、軍手の指の部分が緑色に染まりました。

葉の表を見て、裏にひっくり返して、また表を見て、黙って、虫たちの息の根をとめています。ひたすらに殺生をしています。一つの株を見終わると、しゃがみこんだまま体を横にずらして、隣の株でまた同じ動作です。太陽の光をいっぱい背中に受けての仕事です。

夫の趣味の畑です。お百姓さんと同じことは出来ません。無農薬、無肥料の畑だと、近所の農家でひやかされてもいます。無肥料は当っていませんが、化学肥料を使わないので専門家からみたら歯がゆいのでしょう。

ゴルフのクラブを握るより、鍬を握ってくれる夫でよかったと思っています。新鮮な野菜が手に入って私としては大助かりです。

紋白蝶だってそう思っているでしょう。この菜園はわれわれの楽園だ、ここに卵を産もうと思ったのでしょう。

私が青虫を見過ごしてしまったら、圧死を免れた何匹かはキャベツを食べながら、ひとりでに育ってサナギになり、やがて蝶になって舞い上がるのですから。

大量破壊兵器を使わないで、一匹ずつ手で殺していくので心が痛みます。無情だなあと思ってもやめる訳にはいきません。

生きるということはこういうことかと思いました。日暮れてやっと腰をのばしました。

(『蔦の葉通信五四号』より転載)


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