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蔦の葉通信四一号

喜多村蔦枝

落ち葉を踏んで歩いたので満ち足りた気分でした。何か買物でもと立ち止まった時に声をかけられました。年配の顔見知りの方でしたが、行商姿です。びっくりした私に、にこにことした顔でこんなことを言いました。

「これが私の本来の姿でございます。はい。若布や昆布を売り歩いてもう五十年になりました。夫を戦争で亡くしましたんです。結婚生活はわずか五年でした。三人の子をこれで育てました。はい。お得意様が待っていて、やっぱりおばさんの方が品物がいいと言って下さるんです。はい。ありがたいことです。

嫁が、お姑さんそろそろ仕事辞めたらって心配してくれたんです。息子が側から、おふくろにその荷物おろせということは、死ねということと同じだよって、すかさず言いましたんです。はい。嫁はそれっきり口出ししません。わがままさしてもろうてます。はい。

今でも週四回はこうして一軒一軒歩き回ります。電車に乗って、日原の鍾乳洞の方まで足をのばすこともありますんです。はい」

茶色い木綿の大風呂敷に包まれた四角い箱が、がっちりした背中におさまっています。胸の結び目に手をかけて、荷のすわりをよくするために、体を二、三回ゆすっていました。

「じゃあ、また、お元気で」

と別れましたが、ゆっくり歩くその姿が消えるまで、道端で見送りました。

美しい人だと思いました。

八百屋でりんご十個とみかん二キログラムを買いました。スーパーマーケットで押麦一袋と地粉二袋も求めて、私の背中の空のザックにつめこみました。自宅まで三時間くらいの遠まわりをして帰ることにしました。 私は今までに子供しか背負ったことがないんだなあと思いました。疲れたので公園でみかんを取り出して食べました。

売らなければならない商品を背負うのと、買いまくって己の口に入れるだけの荷物を背負う違いを味わっている気がしました。

(『蔦の葉通信四一号』より転載。----編者)


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