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蔦の葉通信120号

喜多村蔦枝

 私が埼玉県の秩父地方を好きなのは、市内聖地公園に両親が自分の墓所をさだめてくれたのがきっかけです。

 一九九〇年に母が、昨年一九九七年に父が、引っ越しをいたしました。 両親は墓を購入するに当たって、その時代の風潮や自分の生き方を考えたことと思います。生前墓は要らないと言っておりました。昨今ちらりほらりと見受けられる散骨でもかまわないとも。墓を立てたのが一九八一年ですから、一九七〇年代にはこのような考えは世間では通用しなかったでしょうし、遺される子どもたちの胸中を察したのかもしれません。

 墓には花立ても線香立てもありません。花は枯れると汚らしいし、線香は火事が心配との理由でした。

 無宗教でした。墓誌に戒名はなく、没年月日は西暦で記されています。家父長時代の名残である某家や先祖代々の墓などという字を、墓石に刻みたくないと言っていました。

 墓石の中央には『I LOVE YOU』とあります。これは母の言葉です。下のほうに『あすを忘れたことはない』という文字が横に記されていて、これは父の信条でした。この二つの言葉こそが、生前の二人の生活をささえる大きな柱であったことに、今気が付きました。

  「子どもだからといって墓参を強制はしない。でももし墓参したいなら、それはそれでいいし、それだけのことだ。秩父は奥行きの深い土地であるから、遊びに行く感覚で行ったとしても、これは良い自分探しの旅になる」

  「子どもは産んで育てた。それだけでいい。無縁墓地になるのを厭わないし、また誰が入っても構わない。聖地公園にやってくる人々が『おや、ここにこんなおもしろい墓があるよ』と振り返ってくれれば、それでいい」

  生前の両親の言葉が、いつでも耳のそこにこびりついています。

  何回も何回も何回も、秩父に、行って、行って、行って、行き尽くしたいと思います。


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