差別助長の文科省『放射線副読本』 
  直ちに回収し真実を学ぶ教育を
                              浦島 学

 小中学校が6月から再開されたが、文科省『放射線副読本』の今年度の配布は直ちに中止されねばならず、昨年度に配布されたものは速やかに回収されねばならない。教材も精選が問われる中、『放射線副読本』は不要であるだけでなく有害ですらあるからだ。

 いじめに対応?

 「避難者でお金がないんだろう?」、東京都内の公立中学校に福島県から自主避難を続ける生徒が同級生にこう言われて、「ないわけじゃない」と反論。飲食物やゲーム代などで約1万円の「たかり」被害にあった。また43才の女性は、「娘が転校した小学校で『キモイ』『福島に帰れ』と言われ、笑わなくなった」と報告している。
 原発事故で避難を余儀なくされた児童生徒へのいじめは全国各地で発生、子どもたちを苦しめている。
 文科省が2017年3月に初めて公表した実態調査では、16年度で129件のいじめが発生。「とすねっと」が、17年11月から18年1月に避難生活を送る98世帯から回答を得た調査でも、「悪口やひぼう中傷を言われた」が39%「仲間はずれ・疎遠にされた」が16%に上がっている。
 この事実に文科省は、『放射線副読本』再改定版を2018年10月に公表し、配布に入った。(また復興庁も、パンフ『放射線のホント』を作成し、18年3月から公表、配付した)。
 しかし、これら副読本やパンフは、復興庁が掲げる、東京五輪までに原発事故が完全に終息したことにするとの「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」のもとに、作成されている。
 放射線被ばくを「風評」と捉え、その払拭と原発事故に起因するいじめを押さえ込む目的で作られている。児童生徒の健康と幸せのためではなく、あくまでも上辺だけの福島復興のパンフと副読本なのだ。
 従って、「放射線による健康への影響はない」という偽りの安全キャンペーンを基調にした副読本やパンフは、いじめを助長することがあっても、解消には決してつながらない。事実を学ぶことなしに、いじめの克服は難しい。

 「100msv以下は安全」の嘘

 『放射線副読本』は、2011年に初版が刊行され、全国の小中高校や公民館に配付された。14年に改訂版が出され、そして18年に、「放射線は私たちの身の回りにいつでも存在していて…」の記述から始まる再改定版が刊行された。
 再改訂版の予算はおよそ1・8億円で、文科省初等中等教育局が作成、小学生版約700万部、中高生版約750万部が全都道府県の教育委員会、学校、教員に配付された。児童生徒への配付については、学校ごとの裁量にゆだねられている。
 再改訂版は、第1章「放射線について知ろう」、第2章「原子力発電所の事故と復興のあゆみ」の2章だて22ページの小冊子。
 第1章では、人々は「今も昔も放射線がある中で暮らしており、放射線を受ける量をゼロにすることはできません」と記述、病院の検査や原子力発電など様々に利用されている場面を紹介している。
 再改訂版は、人間が放射能の中で生活し、放射線を利用して生活する姿を描き出して放射線への恐怖心をやわらげ、健康への影響は放射線の有無ではなく量が関係していると展開する。そして年間「100msv(ミリシーベルト)以上の放射線を受けた場合には、がんになるリスクが上昇する」。しかし、「100~200msvの放射線を受けた時のがんのリスクは1・08倍であり」、「1日に110gしか野菜を食べなかった時のがんのリスク(1・06倍)や、塩分の高い食品を食べ続けた時のリスク(1・11~1・15倍)と同程度」と記述する。副読本は、児童生徒に100~200msvでも大したことはないと思い込ませ、さらに100msv未満の被ばくでがんの相対リスクは検出困難とする表を掲載する。これによって低線量被ばくは、健康に影響がないという誤った理解に子どもたちを誘導する。

 危険な低線量内部被曝

 放射線被ばくに「しきい値」がない(ここから安全という境界はなく、がん等発生の確率に差があるだけ)ことは、広島・長崎の被爆生存者への調査や、海外の放射線作業従事者への疫学調査などでも支持されている。だからこそ副読本は、前述の100msv未満はリスク検出困難と記した表を掲載、低線量被ばくの危険性は存在しないかの観念を子どもたちに刷り込んでいる。
 しかし、広島に投下された原爆によって白血病や白内障、胃癌、肺癌、皮膚癌、甲状腺癌の多発、血液系疾患、肝疾患、糖尿病を含む内分泌疾患、高血圧性心疾患を含む心臓疾患などの発生が報告されている。(原爆と広島大学「生死の火」学術編〈復刻版〉2012年)
 これらの深刻な影響は、人体の中に入り込んだ微量のアルファ線崩壊核種、ベーター線崩壊核種によってもたらされたものと言われている。外部被ばくに「しきい値」がないだけではなく、この内部被ばくを考慮すると、低線量被ばくも決して安全ではない。

 健康無視で帰還推進

 第2章「原子力発電所の事故と復興のあゆみ」でも、東京五輪までに原発事故は終息したと装うために、一面的な記述や誤った内容が記載されている。
 副読本は、2-1「事故の様子とその後の復興の様子(1)」で、「福島県内の放射線の量は事故後7年で大幅に低下しており、今では福島第一原子力発電所のすぐ近く以外は国内や海外の主要都市とはほぼ同じぐらい!」と記載、世界の主要都市の線量を地図で示している。
 また「(2)住民の避難と帰還」では、「避難指示の解除が進められ」「病院やお店など」「の環境整備や学校の再開など、復興に向けた取組が着実に進められています」と記述している。
 しかし、ここにも大きな問題がある。
 東京新聞が19年5~6月頃に掲載した「こちら原発取材班」による原発付近の線量調査によると、2年前に避難指示が解除された30km以上離れた飯館村では、村の中心地域にも近くの山林に毎時1・00~1・99μsv(マイクロシーベルト)の地域が存在している。また、帰還困難地域・長泥地区の周辺の村内でも同様の線量を示している。
 16年6月に大半の地域で避難指示が解除された葛尾村でも、隣接する浪江町南津島地区の山林に毎時1・00~1・99、毎時2・00~3・99μsvの地域があり、村境から2㎞も離れていない。さらに富岡町は、帰還困難区域の西側約390haを特定復興再生拠点区域に設定、23年3月末までの避難指示解除を目指している。しかし、夜の森駅付近の山林は2・00~3・99μsvを示している。駅から2㎞も離れていない地域だ。
 副読本は、空間線量の減少だけを記述し、除染されていない地域や高線量のホットスポットを無視している。汚染されたチリを吸い込むなど何らかの形で体内に取り込めば、低線量被ばくが起こる可能性は否定できない。帰還して生活する住民は、長期にわたって被ばくの危険にさらされる。しかし副読本には、危険を喚起する記述が一切存在しない。むしろ、帰還を促す書き方をしている。子どもや若い人たちがほとんど帰還せず、高齢者の割合が高くなっている現実も覆い隠されたままだ。
 そして「(3)事故の健康への影響調査の実施」では、「福島県が実施した体の中に入った放射性物質から受ける放射線の量を測定する検査の結果によれば、検査を受けた全員が健康に影響が及ぶ数値ではなかった」と記述。「何らかの生まれつきの障がいがある新生児が生まれる割合などは、全国的なデータと差がないことが分かっています」と決めつけている。
 19年2月7日時点で、福島県の小児甲状腺がんの疑いのある子どもたちは、少なくとも273名と言われている。また、前述のように放射線による被ばくには「しきい値」がない。「健康に影響が及ぶ数値ではない」などとどうして言えるのか。

 副読本は教材に値せず

 「2-3食べ物の安全性」では、事故後に健康に影響を及ぼさない食品に含まれる放射性物質の量(基準値)を国が決めたことに言及して、「世界で最も厳しいレベル」と言い切った。しかし、示された表には、日本の食品基準値は平常時の値を載せ、EU・米国、また食品国際規格CODEXについては緊急時の値を掲載している。飲料水・牛乳・一般食品では、日本10Bp(ベクレル)/㎏、50Bp/㎏、100Bp/㎏で、EU1000、1000、1250、米国全ての食品1200、CODEX一般食品1000と記す。
 副読本は、比較しようがない数値をならべて、あたかも日本が厳しいように見せかけている。ちなみに平時の飲料水基準値は、EU8・7Bq/㎏、米国4・2、CODEXは基準なしである。
 誤った資料で嘘を付く手法は、安倍政権の統計改ざんと同様の手法である。一面的な内容、誤った記述で編集された副読本は、教材に値しない。

 ICRP勧告に依拠

 放射能に対する防護政策は、国際放射線防護委員会ICRPの勧告に百%無条件に従っている。
 14年4月1日施行の「放射能汚染食品安全基準」は、ICRP勧告に全面的に依拠している。また、原子力規制委員会の原子力災害対策指針(15年4月22日「改正」)が、放射線被ばくの防護措置に関して全面的に依拠したのも、ICRP 勧告と国際原子力機関IAEAのガイドラインだった。そして、避難基準、帰還基準も同様であった。
 例えば、ICRPは①100msv以下の被ばくでは、あるしきい値を超えて被ばくした際に発生する健康影響は、確認されていない。②ヒトにおける放射線被ばくによる遺伝的影響については、疾患の明らかな増加を証明するデータはない等々の勧告をしている。これを見ただけでも副読本の内容が、ICRP勧告に依拠した防護政策によっているのは一目瞭然である。
 さらにICRPは、07年勧告で、公衆の被ばく線量一本だった上限値・年間1msvを変更し、①緊急被ばく状況・参考枠20msv~100msv(上記の範囲で住民避難を判断)、②現存被ばく状況1~20msv(上記の範囲で住民帰還を判断)、③計画被ばく状況・1msv以下、との三つの被ばく状況を打ち出した。 
 原子力災害対策指針の避難基準「空間線量率で20μsv/hが一週間継続した場合」は、これに沿って打ち出された。
 しかし、この避難基準が安全かというと、決してそうではない。ICRPは、放射線防護の3原則を決め、①正当化原則では「放射線被ばくの状況を変化させるようなあらゆる決定は、害より便益が大となるべき」とした。つまり放射線被ばくによる公衆の健康損傷より、社会の受け取る利益を大きくすべきという考え方だ。避難者を減らし、補償や医療負担を削減して政府の支出を減らすことが社会全体の利益となる、そのために避難基準をゆるめることもありえる、という本末転倒の思考だ。
 さらに②最適化の原則では、「被ばくの生じる可能性、被ばくする人の数及び彼らの個人線量の大きさは、すべての経済的及び社会的要因を考慮に入れながら、合理的に達成できるかぎり低く保つべきである」とする。要するに放射線防護の考え方は、純粋に生物学的・物理学的な考慮によるものではなく、社会的価値判断に依拠して行なうべきとし、利益を最大に、損害を最小にするためには「合理的損害は容認する」という立場だ。安倍政権の帰還政策はICRP同様、住民の健康安全を第一に推進するものではなく、企業、官僚、政治家の利益のために進められている。
 核推進のICRP勧告に無条件に従った防護政策、それに基づいて作られた副読本は、子どもの生命と人権、健康と安全を守る教材では決してない。

 真実が学べる教材を

 副読本で学んだ子どもから、「自分はなぜ避難しなければならなかったのか分からない」との質問が出た。また、「避難している人が誤解しているという内容ではないか」との声も出ている。事実、副読本はそのように書かれている。
 低線量被ばくの危険性は今も存在する。避難した人々は、被ばくの危険性から子どもたちを守るために、故郷を離れ経済的困難にあえぎながら、今各地に避難している。その苦しみはいかばかりか。それを教えることなしに誤った知識を広める。これでは、「なぜ帰還しないのか」「なぜ避難してきたのか」と責められる可能性は高い。
 「2-2風評被害や差別、いじめ」には、文部科学大臣のいじめ防止を訴えるメッセージが掲載され、「相手の立場になって思いやりをもって行動することが必要」と記されている。しかし、お説教の前に、まず真実を教えることが必要だ。大前提が欠けていて、どうしていじめがなくなるのか。
 学校現場では、家庭訪問をし、子どもや家族の生活の様子・苦悩を知り、子どもから学ぶことによって教師自らが変わる実践を通じて、いじめと向き合ってきた。粘り強い実践が続けられてきた。嘘を教え、お説教をしても、いじめはなくならない。いじめは悪いと分かっている、でもしてしまう、この現実に向き合わなければならない。副読本は、教材の体をなしていない。
 教育労働者には、放射線に対する正しい知識を学ぶ実践と教材づくり、いじめを許さない実践の発展が求められている。地域に目を向け、地域の労働運動・市民運動と連携し、その力をテコに子どもの側に立った実践と教材づくりを、現場の教師集団と共に推進しよう。(了)