コロナ休校混乱の中、小学校で新指導要領が全面実施
 新自由主義教育に未来なし
                            浦島 学
                              
 戦後教育課程の重大な転換を図り、子どもの幸せとは全く無縁な教育を掲げる新学習指導要領が、今年2020年4月から小学校で実行に移された(2021年度中学校、2022年度高校で実施)。
 それは、改悪教育基本法と改悪学校教育法を本格的・全面的に適用するもので、教育内容や指導方法を強制し、また、カリキュラム・マネージメント(教育課程に基づき、組織的かつ計画的に各学校の教育活動の「質的向上」を図っていくこと)で現場の教職員を管理職が統制し、実行を迫る体制の構築を掲げている。
 このかん新型コロナ対策を名目として、安倍首相独断による2・27全国一斉休校「要請」、文科省による学校再開3・24通知、4月の緊急事態宣言とその全国化による再休校と、支離滅裂な教育行政が強行されている。安倍政権自身が混乱しながらも、教育への不当介入に必死になっているのは、新指導要領を貫徹したいがためである。コロナ経済対策の眼目が、生活救援ではなく「経済V字回復」にあるように、頭にあるのは子どものことではなく、新指導要領を救うことである。そういう意味でも今、教育は最大の危機を迎えている。

 新自由主義の戦士育成
 
 安倍政権は、グローバルな競争に打ち勝ち、東アジアで覇権国家として登場しようと画策している。幼いうちから子どもたちを「能力・資質」によって振り分け一部エリートを育成、一方で産業の要求によっていつでも解雇され転職を受け入れる労働者を育てようとしている。
 また、道徳の教科化によって民族排外主義を植え付けるなど、国家の政策に主体的に協力する従順で自己責任を引き受ける人間の育成をねらっている。
 新学習指導要領は、そのために必要な資質と能力の育成をねらって、「新しい時代に必要となる資質・能力を踏まえた教科・科目などの新設や目標・内容」つまり教育内容を掲げている。そして「主体的で深い学び」アクティブ・ラーニングなる指導方法で定着させ、評価・改善していくよう定めている。
 育成すべき「能力・資質」は、グローバルな競争に打ち勝ち、東アジアに覇を唱えるために必要な「知識・技能」の育成、また、理解していること・できるようになったことを使う力「思考力・判断力・表現力」の育成を掲げ、またそして、学びを人生や社会に生かそうとする意欲・態度を「学びに向かう力・人間性」として、三本柱を定めた。
 指導要領総則の冒頭に教育目標でめざすべき「能力」が掲げられたことは、これまでなかった。
 1989年の改訂で「社会の変化に主体的に対応できる能力の育成」はあったが、それも「生きる力」の育成とされ、伝統的な「知・徳・体」の叙述で終わっている。育成すべき「資質・能力」がストレートに掲げられたことが今指導要領のきわだった特徴になっている。
 安倍政権は、新自由主義の戦士育成のために、なみなみならぬ決意で臨んでいる。2020年度から使用される教科書もそれに基づいて作成された。その内容は、教科書検定結果からも知ることができる。

 小学校教科書の検定結果

 文科省は、2020年度から使用される小学校教科書の検定結果を、19年3月26日に公表した。
 検定では、「特別教科の道徳」や「教科化された英語」を含め、11教科164点の教科書が申請された。教科用図書検定調査審議会は、「学習指導要領に照らして扱いが不適切」など2658件の検定意見を付け、教科書会社は、これらの修正を受け入れて全点が合格した。英語は、7社15冊が申請され合格している。
 今回の小学校教科書は、06年に改悪された教育基本法と翌年の学校教育法改悪を受け、その内容を全面的に反映した新学習指導要領(17年3月告示)と検定基準「改正」(14年)にそって、検定された。

 1、共通の問題点
 検定結果公表によって明らかになった問題点は多数あるが、各教科に共通する問題点は、主に次の2点があげられる。
 一つめは、外国語の教科化などに加えて各教科の学習内容が増え、教科書の平均ページ数が現行より10%増加、英語科を含めるとおよそ14・2%増加している点だ。1998年以降最多で、約1・8倍になる。その上「プログラミング教育」が必修化され、算数・理科の学習内容も増加している。学習内容とページ数の増加は、子どもや教育労働者の負担を拡大、詰め込み教育に流れる可能性もある。子ども不在の教育は、いじめの増加など教育現場の荒廃をもたらす。
 二つめは、授業方法でアクティブ・ラーニング(AL)が押し付けられていることだ。ALとは、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等があげられ、全教科164点中、地図を除く162点に盛り込まれている。
 新学習指導要領は、目標-内容-方法(アクティブ・ラーニング)-評価-経営(マネージメント)の5過程の一体化によって、指導要領通りに実施するよう縛りをかけている。そして、学校ごとにALを掲げるか否かが、文科省主導の教育改革に「忠実に従っているかどうか」の判断基準にされている。新指導要領は「主体的・対話的で深い学び」を強調する。しかし実際は「まずALありき」なのだ。いたずらに学び方や論議する手順、考える視点を誘導する教育は、真の学びをもたらさない。
 指導方法は、指導内容があってこそ初めて適切な教育方法が選択される。その逆はありえない。ディベートやグループ・ディスカッションは、綿密な調査による裏付けがなくとも弁が立つ子どもが優位に立ち、高い評価を得ることもあり得る。安易な運用は、深い学びに結び付かない。

 2、社会科
 各教科ごとの問題点では、社会科について以下の事柄があげられる。
 一番めは、領土問題である。竹島(韓国名・独島)は韓国領、尖閣諸島は中国領であることは歴史的に明らかと筆者は考えるが、教科書では領有権争いがあることを客観的に教える必要がある。しかし教科書には、それらが単なる「日本の領土」ではなく「固有の領土」と書き込まされた。固有とは国語辞典では、もとからあること、つまり昔からの領土だと主張している。そして尖閣諸島については「領土問題は存在しません」と書き込まれ、独島(竹島)については「抗議を続けています」と記述することで検定合格になった。安倍政権は、帝国主義的な侵略を推し進め、東アジア民衆に敵対、子どもたちに排外主義を植え付けようと画策している。いたずらに排外主義的なナショナリズムをあおることは許されない。
 二つめは、「憲法改正」の問題点が教科書に初めて取り上げられたことだ。安倍政権は、改悪にむけて子どもたちを動員しようと画策、改憲にかかわる記述をさりげなく載せている。教育出版の教科書では、「日本国憲法が公布されて長い年月がたち、その間に世の中は変化し続けています」と導入部に記載、さらに「改正」の手続きにまで触れている。また東書では、内閣改造に絡み「改憲論議を呼びかけ」の記事を載せている。改憲に誘導する危険な企みが各所に見られる。
 そして三つ目は、自衛隊の記述を増加させ、安倍改憲案に沿って自衛隊に慣れ親しませようとする記述がなされたことだ。指導要領の4年生では、「自然災害から人々を守る活動」で、「我が国の平和と安全を守ることを任務とする自衛隊など国の関係機関」として「自衛隊」だけを示し、「取り上げること」を求めている。これによって自衛隊の災害派遣等の記述が4年から増加している。政権の意向に沿った教科書作りが行なわれている。
 さらに6年生の社会科では、新指導要領によって憲法を学ぶ政治の学習が先になり、歴史が後に位置付けられた。これによって、平和憲法を勝ち取った先人の願いや背景を理解しないままに憲法を学ぶことになる。立憲主義、平和主義、基本的人権の尊重、主権在民を否定する安倍改憲に有利に働くことは否定できない。

 3、道徳
 18年度から「特別の教科」となった道徳については、前回と同じ8社が申請、合格した。検定意見は、244件から149件と減っている。しかし、「学習指導要領に示す内容に照らして扱いが不適切」なる指示が今回もなされ、教科書編集者が教科書調査官に「忖度」するよう仕向けられている。
 また、日本文教出版が裏表紙に記載していた「必ずすべてのページを使わなければいけないというものではありません」との記述が、「すべてが教科書ではないかのように誤解される」との理由で削除を求められた。教科書の内容すべてをその通りに使用することを強制する検定意見であり、児童の実態に基づく教育に反する指摘である。
 さらに、学習指導要領に定められた「善悪の判断、自律、自由と責任」や「節度、節制」、「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」などの内容項目に忠実な書きぶりを求める検定意見が目立つ。
 日本文教出版の1年生では、「おかあさんのつくったぼうし」を取り上げた教材を載せたが、「家族愛・家庭生活の充実」の扱いが不適切との意見がついた。「かぞくについておもっていること」を、「だいすきなかぞくについておもっていること」と修正して認められた。
 「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」の扱いが不適切、との意見がつけられた教科書(学研教育みらい3年生等)もある。以上が、道徳教科書検定の全体的問題点である。
 道徳は「特別の教科」になったばかりで、各社とも前教科書と内容を大きく変えていない。内容的には、次の問題が上げられる。
 ① 教育出版2年生では、19年度まで使用の教科書での「大切な国旗と国歌」の関連資料が削除された。しかし、君が代の歌詞が「日本の平和が長く続くようにとの願い」とする虚偽の説明を加えた「国旗(日の丸)のいみ、国歌(きみがよ)のいみ」や、国歌が流れたら「みんなでいっしょに歌います」と歌うことを強制する記述が残された。その上「国歌や国旗を大切にする気持ちのあらわし方」なども取り上げている。
 ② 教育出版2年「れいぎ正しいあいさつ」は、「気もちのよいあいさつ」シリーズ「3あいさつ」に差し替えられた。前年度まで使用の教科書では、「どれが正しいおじぎのしかたか」など、戦前の修身と同じようなおじぎをさせる「しつけ」「礼儀」の教材が多く取り入れられていた。一方、光文書院5年の「日本の心とかたち」(おじぎのしかた)は残された。
 ③ 学校図書別冊「こころのパレット」には、「うそごまかしをしないであかるい気もちですごすことができたら一つ色をぬりましょう」との記述があった。今教科書では、記述欄もできている。子どもに自己評価を求めているが、一つの価値観を押し付ける内容になっている。東京書籍1年も同じ傾向にある。「ありがとうがいっぱい」「学校だいすき」など心情を一方的に押し付ける内容は、そのままになっている。

 4、英語科
 英語科については、次の事柄が上げられる。
 ①従来の英語教育は、文法や単語の理解と知識・技能に偏っていたとして、3年生から「外国語活動」(「聞くこと」「話すこと」が中心)を前倒しで実施し、5年生から「読むこと」「書くこと」が追加されて教科になった。コミュニケーション能力をつけ、グローバル社会で活躍する人材育成がその目的とされている。
 しかし、英語を早くから学ぶ必要性があるのかなど、教育関係者の批判も多い。指導内容を理解し身に付けるために塾通いする子どもが増加し、通える子どもとそうでない子の格差拡大が指摘されている。
 ②授業時数では、3・4年生から週一コマ(45分)増え、5・6年生は二コマ増加して過密な授業時数になる。学ぶ単語数は600~700語で、現在の中学生が学ぶ単語の半分に相当する。子どもの負担が増大し、英語嫌いを早くからつくることになる。
 ④授業は、担任がALT(外国語指導助手)などの援助を受けて行なうとされている。しかし、英語の免許を持った小学校教員の養成はこれからで、英語の専科教員は2018年度に1000名、19年度に新たに1000名配置し、本格実施の20年度には2000名追加して4000名になる。これでは全く足りない(公立小学校2万校)。条件整備をおろそかにしたままでの性急な教科化によって、まともな英語教育ができるのか疑問である。教育労働者の負担もこれまで以上に重くなることが予想される。
 
 教育権を民衆の手に
 
 教育労働者の置かれた状況は厳しい。かつては、職場闘争が闘われ、日本教職員組合も学テ闘争に取り組み、日本共産党の教師聖職論が出た頃には、形ばかりであっても職場集会で春闘も闘っていた。
 しかし、連合に加盟して以降、闘わない組合に変身、幹部請負いの動員でお茶を濁し、今や闘えない日教組になった。職場も、アリバイ作りのための様々な調査が文科省からおりるなど多忙化している。そのため職場闘争など闘いはほとんどなく、民間教育団体の活動も多くが尻すぼみの状態にある。その上団塊世代が退職し、教育実践や組合運動を学び労働組合に加入する若い教育労働者も激減している。安倍政権とその取り巻きはそれを利用、反動教育を教育者に押し付けている。今や教育をめぐる状況は、危機的である。
 今こそ日々の教育実践に悩み、職場の矛盾に心を痛める心ある教育労働者は、多忙化の中であっても民間教育団体と交流し、地域の労働運動、市民運動に目を向ける必要がある。そして、地域の労働者、市民、保護者との連帯を力に小さな職場闘争を担い、子どもに寄り添う教育実践の実行が求められる。職場の管理体制は強められている。それでも子どもの側に立った教育実践なしには、子どもたちの明るい未来はない。よりよい教科書を採択する闘争等を通じて地域と結合、闘いの輪を拡大して教育権を奪い返す陣形を創出する必要がある。
 連合は、労働者を死に追いやる「働き方改革」法を評価し、成立に手を貸した。連合労働運動には明日がない。日教組・自治労は連合を離れて闘いを再構築し、非正規労働者の組織化に奮闘して非正規労働者との連帯を勝ち取る時が来ている。非正規・正規労働者との団結を強め、地域の労働運動・市民運動との連携を拡大して、教育権を民衆の手に取り戻そう。(了)