川内、伊方、高浜原発再稼働阻止
  川内原発のスイッチは押させない6・7福岡大集会に1万5千人


 6月7日の日曜日、福岡市中央区の舞鶴公園で、「ストップ再稼働!大集会in福岡―川内原発のスイッチは押させない」が開かれ、約1万5千人が参加した。主催は、原発いらない!九州実行委員会。
 安部政権が言う東電福島第一原発事故の「収束」は、全くでたらめであるばかりか、5月には「長期エネルギー需給見直し」が行なわれ、一挙に再稼働、40年稼動原発の特例延長、更には新設と政府は居直り、脱原発運動の緊迫した状況下の集会であった。
集会は、前段のイベントから多くの参加者で熱気に満ちていた。午後1時からの集会では、福島事故被害者からは「被害が続く中、再稼働は信じがたい」という訴えや、九電川内原発(鹿児島県)現地からの、「住民は大きな不安と怒りを感じている、何としても再稼働を止めよう」という発言には、大きな拍手が送られた。
 広瀬隆さんの発言時には、山本太郎さんリポーターのヘリコプターが上空に出現。公園にびっしりと座った参加者たちは、黄色い風船を振って応えた。
 九州各地から脱原発市民団体が集まり、参加者の雰囲気も、8月に予想される川内原発再稼働を前に、今までよりも一層の緊張感と熱気・一体感が感じられるものであった。全国各地の原発、泊、大間、福島、東海、高浜、大飯、志賀、伊方、島根、玄海などの原発現地からの参加者が演壇に立つと、大きな拍手が沸き起こり、闘いの広がりと熱気を充分に感じさせてくれた。
 デモは、三つの大通りに分かれて行進。「原発いらんばい」、「火山や地震はどうすると?」などのシュプレヒコールに、沿道や車内から手を振って応える人々も多く見られた。
 デモ後、九州電力本店前で解散集会が開かれたが、動員された右翼団体の街宣車が多数走行し、騒然とした状態であった。しかし、そのような妨害もものともせず、九電本社に「再稼働止めろ!」「カネより命!」「こどもの未来を守れ!」のコールが幾度となく投げつけられていた。
 アベノミクスの「経済成長」の要は、今や原発再稼働となっている。3・11前の「原発稼動の日本」に戻ってしまうのか否か、いま、大きな分かれ道に立っていることを再認識させてくれる集会であった。

  6・7松山

 同日、四国では松山市・城山公園において、「フクシマを繰り返すな!伊方原発再稼働やめよ!6・7大集会」が「伊方原発止める会」主催で開催され、約2500名が結集している。
 川内原発、伊方原発の連鎖した再稼動の嵐。しかし、この西日本壊滅の危機(その放射能は偏西風に乗って東日本も汚染する)の招来に対して、一体となって抗していく陣形が作られつつある。6・7大集会の前日には福岡市内で、「再稼動阻止全国ネットワーク」による全国相談会が行なわれ、課題が検討された。再稼働強行に対しては、沖縄・辺野古の闘いと同様の、身体を張った闘いの準備が急がれている現況だ。

  6・28川内現地

 また、6月28日には、川内原発立地点の薩摩川内市・久見崎海岸において、現地住民などによる再稼働不同意の行動が行なわれる。久見崎地区をパレードし、川内原発正門前で抗議集会。市と県、たった2つの議会が勝手に再稼動に同意しただけ、「わたしは不同意だ」と住民が真実の声をあげる。脱原発川内テント、ストップ再稼働3・11鹿児島集会実行委などが協賛している。

  5・31大阪

なお、5月31日には大阪市・中央公会堂で、「高浜原発NO!再稼働――放射能から子どもを守るために」の集会・デモが行なわれ、脱原発政策実現全国ネット関西・福井ブロックの主催、大阪平和人権センターなどの共催により約800名が参加。川内、伊方に続いて再稼働の手続きが進む高浜原発では、4月14日に福井地裁が、その3、4号機の再稼働差し止め請求を認める画期的な仮処分決定を出した。しかし政府・関西電力は、不当にもこの決定を受け入れず、再稼働の策動を続けている。
(関西M通信員)


東電08年9・10社秘文書が発覚
  強制起訴は当然

 6月18日、福島原発告訴団の主催による「第一&第五検察審査会激励行動」が東京地裁前で行なわれたが、この日、東京電力の隠された事実がバクロされた。
 この激励行動に先立つ午前中に、東京地裁103号法廷で東電株主代表訴訟が開廷され、そこで株主側弁護団が新事実を明らかにしたのである。
 それは、東電本社が福島第一原発について、大震災の2年半前に、「津波対策は不可避」と記した内部文書を作成、2008年9月10日の会議で配布していたという事実である。会議には、第一次検察審査会で不起訴不当とされた小森明生元常務(当時は同原発所長)も出席、文書は機密性が高い情報として回収されている。
 文書には、マグニチュード8クラスの地震津波の可能性を指摘した政府地震調査研究推進本部の予測を「完全に否定することが難しい」、「現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され、津波対策は不可避」と記載されている。
 これまで東電は、「大津波を予測できなかった」と主張してきた。しかし新事実によって、東電は事故の2年半前には対策の必要性をはっきり認識しながら、対策を怠った事実が判明した。しかも東電は、08年3月、政府推進本部の予測にもとづき最大15・7mの津波を独自に試算していたのだ。東電の犯罪性は明らかだ。
 さて6・18検審激励行動では、海渡雄一弁護士が、この新事実について「必ず起訴に追い込めるポイントになった。株主代表訴訟の法廷で、これほどの事実が明らかになったのだ。今や東電は追いつめられている。勝利が現実のものになっている」と語った。
 続いて添田孝史・元国会事故調協力調査委員も、「代表訴訟で出てきた文書がある。東電は、事故前も事故後も、重要な文書をかくし続けてきた。それが告訴団の行動で明らかになってきた。起訴相当は現実のものになった」と発言、拍手が沸き起こった。
 そして浪江町・大熊町などから避難の人々が登壇。「原発の被害は私にとって、夫の死だ。自民党の高市議員は、『放射能で死んだ人はいない』と言ってのけた。しかし800人もの人々が死に追いやられた。必ず責任を取らせたい。」「今、白血病、心筋梗塞などで死亡する人が増加している。これは原発によるものだ。子どもにもストレスが増大、心電図検診でも再検査が増えている。ぜひ起訴相当を出してほしい。それが、私が生きてきた最後の証しです」と怒りの発言であった。
 東電と政府に事故責任を必ず取らせよう。原発再稼働、戦争法案、辺野古新基地強行の安部政権を打倒しよう。(東京O通信員)


経産省前テント6・19控訴審第一回公判
  重要なパブリック・フォーラム論

 六月十九日、経済産業省前・脱原発テントに国が撤去を求める裁判の、控訴審第1回口頭弁論が東京高裁・民事24部(高野伸裁判長)で開かれた。
 東京地裁の第一審では二月二六日に、強制撤去を仮執行宣言を付けて認める、被告2名に損害賠償金2800万円を科す、という問答無用の極悪判決が出された。テント・弁護団側は控訴、および仮執行停止申し立てを行ない、これに対し三月十八日に東京高裁は、供託金500万円支払いを条件に仮執行停止を決定した。
 仮執行(判決確定前の強制執行)の停止が出されたことは、大きな脱原発世論が背景と考えられる。これによって、テントが維持されたまま、高裁での裁判闘争が可能となった。
 この高裁での第1回公判では、福島原発事故被災者である亀屋幸子さん(双葉町)、黒田節子さん(郡山市)、2名の証人尋問が行なわれた。被告弁護団が求める証人が、初めて認められたのである。お二人は、被災してからテントに出会う過程などを、切々と熱く証言した。また、お二人は、第一審からの当事者参加申立人(43名)でもある。一審不当判決は、この参加申し立ても却下している。
 一審では、脱原発テントが何ゆえ責任官庁である経済産業省の前に立てられているのか、など争点の内容を一切判断せず、国有地不法占有かどうかという形式だけで判決を下した。二審では、弁護団が求める証人がさらに認められ、それによって高裁が、テントの目的や運動方法の是非について、憲法的価値観から判断すること望みたい。そうすれば、逆転勝利だってありうる。
 夕刻には、裁判報告集会が参院議員会館で開かれ、約150名が参加した。
 最初に大口弁護士が、今後の大枠を説明。第2回裁判が7・21、第3回が9・18、これが最終弁論で年内に判決と予定されている。テントは集会の自由、請願権の行使として正当であること、また、被告2名の占有ではなく全員が当事者であることを認めさせる。そのために、第2回では被告の正清太一、渕上太郎が証言するが、残り10人の証人尋問を求める。一審で提出した三つの鑑定書を、法廷で議論することを求めるなどを報告した。
 亀屋さん、黒田さん、渕上さん、正清さんの発言の後、内藤鑑定書を提出した内藤光博さん(専修大学法学部教授)が、鑑定書の内容について次のように報告した。
 経産省前テントは、憲法21条が保障する「集会の自由」の実現行為であり、その一類型としてのエンキャンプメント(テント設営・泊まり込み)の自由の権利行使である。また、原発事故による重大人権侵害に対する、生存権確保のための直接的な請願行動である。
 「テントひろば」は、「パブリック・フォーラム」(公共の言論広場)である。パブリック・フォーラムの法理は、米国で展開されてきた。日本での判例的なものとしては、「駅構内ビラ配布事件」最高裁判決(1984年)での伊藤裁判官補足意見がある。この意見は、「パブリック・フォーラムが表現の自由の場所として用いられるときには、所有権や、本来の利用目的のための管理権に基づく制約を受けざるをえないとしても、その機能にかんがみ、表現の自由の保障を可能な限り配慮する必要がある」とするもの。
 つまり、この裁判は、道路・公園・広場などにおいて、様々な課題で行なわれている表現活動全体に関わる。裁判結果が、多くの人々から注目されている所以である。
 内藤教授が提起したこの法理は、非常に面白く、かつ実践的に重要だ。集会の最後に、たんぽぽ舎の柳田さんも「いろいろなテントに通じる」と発言していたが、国内だけでなく、近年のオキュパイ(占拠)運動という国際潮流にも重なっており、世界的な意味をもつだろう。(東京W通信員)


侵略否定の「戦後70年」談話は許されない!
  7・20『ジョン・ラーべ』上映会へ

 七月二十日・東京神田で、南京事件を描いた日本未公開の話題作『ジョン・ラーベ』(独仏中合作・2009年)の上映会が開かれる。
 1937年12月、日本軍は中国の当時の首都南京を侵攻し、陥落させた。このとき市内に残留していた数十万の市民と欧米人を、迫りくる日本軍から守るために設立されたのが「南京安全区国際委員会」、その委員長に選ばれたのがドイツ人のジョン・ラーベだった。
 この上映会は、八月に安部首相が反動的な「戦後70年談話」を出そうとしているが、日本の国民はそんな談話は認めない、これを示す対抗企画である。また主催の上映実行委は、都内の労働組合関係者が中心で進められており、労働者による反戦平和運動を盛り上げるうえでも重要だ。
戦争法案反対の国会行動の合間、二十日の休日は上映会に行こう。(編集部)
▼日本教育会館・一ツ橋ホール(千代田区一ツ橋2-6-2)、七月二十日・午後1時半開演、永田浩三さん(武蔵大学教授)のトークもあり。
▼前売・予約1000円 当日1300円 学生とお子さんは無料
▼予約など連絡先 7・20「ジョン・ラーベ」大上映実行委員会 電話03-3733-8821(全港湾)、03-5820-0868(全日建)、http://johnjoei.com