短期国債の入札でも初めてのマイナス金利
  物価2%の呪縛で副作用拡大

 十月二十三日、財務省が実施した新規発行の短期国債(3カ月物)の入札で、金利が初めてマイナスとなった。これは、極めて異例なことである。
 同日、財務省は5兆7000億円の短期国債を発行すると提示した。これに対して、金融機関からは実に十倍近い約52兆円の応札があった。このうち、約3兆円分は,国に利子を払ってでも国債を買いたいというマイナス金利での応札であり、平均落札利回りは、マイナス0・0037%となった。三十日に行なわれた短期国債(3カ月物)の入札でも、再びマイナス0・0041%の金利となった。2回連続である。
 通常は、借金をする国側が、国債を買う投資家側に利子を支払う。だが、マイナス金利の場合には、逆に、投資家側が利子を負担して国債を購入する。つまり、投資家側が損をし、国側が得をするのである。
 この異例な事態となった最大の要因は、昨年四月から始まった黒田日銀の異次元緩和にある。異次元緩和がによって蓄積された諸矛盾が拡大し、その一環として、国債入札でのマイナス金利となり、日本資本主義は異例の領域に入り込んだのである。

〈短期国債の流通利回りは九月からマイナス〉

 短期国債の入札でのマイナス金利の前提は、すでに九月の初めから出来はじめていた。国債を売り買いする債権市場で、流通利回りが異例のマイナスになっていたからである。
 新発3カ月物TB(国庫短期証券 二〇〇九年二月以降、割引短期国債と政府短期証券は、従来の位置づけを変えずにこの統一名称で発行・流通)の利回りは、七月十日に一時的にマイナスをつけた後プラスに戻ったが、九月二日に再びひっ迫し、この日は取引が成立しなかった。そして、五日・八日と2営業日続けてマイナスとなり、八日の新発TB(短期国債)の利回りはマイナス0・005%となった。
 マイナス金利となった背景には、日銀の異次元緩和による国債の大量買入れで市場に出回る短期国債が減少している所に、ECB(欧州中央銀行)の利下げの波及や、九月の企業の中間決算期末を控えての銀行などの需要が強かったためと言われる。また、企業が金融機関から借金して設備投資をする動きが、依然として弱く、金融機関は手持ちの金を国債の運用で利益をあげようとしているからである。
 九月九日、日銀は、大規模な金融緩和の一環として、初めてマイナス金利で市場から短期国債買い入れオペ(公開市場操作)を実施した。マイナス金利は、購入額が償還額を上回る状態を指すので、買い入れた短期国債を満期まで保有すると、日銀は損をすることになる。九日時点の新発3カ月物短期国債の基準金利(前日の流通利回りを基に日本証券業協会が発表する売買参考統計値)は、マイナス0・004%であった。ここで入札を行なうと損をする可能性が高まるので、日銀には入札を見送る選択肢もあった。だが、日銀はあえて入札を実施した。
 損失覚悟での入札実施で、日銀は金融緩和を徹底し、消費増税後の景気の底上げ、2%の物価目標達成にむけた資金供給量拡大の断固たる姿勢を市場にアピールしたのである。
 この結果、九日の新発3カ月物短期国債の利回りは、マイナス0・010%となった。そしてこの影響は、他にも波及し、新発6カ月物の短期国債の利回りは、マイナス0・001%となった。さらに、翌十日には6カ月物の利回りは、マイナス0・009%となり、十一日にも一時マイナス0・020%となり、マイナス幅は拡大した。
 九月十二日、日銀はマイナス金利での短期国債の買い入れオペを実施した。九日につづいて2回目である。日銀の買い入れ予定額2500億円に対して、5447億円の応札があり、日銀は2502億円を落札した。
 日銀は、2%の物価安定目標を達成するために、マネタリーベース(資金供給量)を2013年末の202兆円から2014年末には270兆円に増やすと表明している。増加分約70兆円のうち、約50兆円は長期国債を買い入れることにしており、残りの約20兆円は主に短期国債の買い入れに頼らざるを得ない。
 だが、市場関係者は、〝短期国債のマイナス利回りは期末の需給要因が大きく、それが過ぎればプラスに戻る〟と楽観視していた。
 九月十七日、短期金融市場で、新発1年物の短期国債が利回りマイナス0・005%となり、新発1年物の短期国債としては初めてマイナス利回りで取引された。これは、同日実施された、財務省の1年物短期国債の入札で、必要額を確保できなかった証券会社などが損失覚悟で買いを入れたためと言われる。つづく十八日の一年物短期国債は、マイナス0・01%の利回りで取引されている。
 九月十九日、日銀は、九日・十二日につづいてマイナス金利で短期国債の買い入れオペを行なった。3回目である。期間は3カ月から1年の短期国債で、日銀が1年物短期国債をマイナス金利で買ったのは、初めてと見られている。
 なお、日銀は同日、政府が日銀に預ける預金の一部で、金利の下限をゼロ%にすることを発表した。政府預金の金利は、3カ月物短期国債の市場金利に連動しているため、この間、計算上マイナスに転じていたためである。
 九月二十六日、日銀は、九日・十二日・十九日につづいて、マイナス金利での短期国債の買い入れオペを行なった。日銀が九月に行なった短期国債の買い入れオペは、4回すべてでマイナス金利であった。企業の九月期末期決算を控えて、銀行などが、短期国債を積み増す需要が強かったからと見られていた。

〈期末決算後の十月もマイナス金利が続く〉

 月が変わった十月三日、日銀は過去最大の、3兆5002億円の短期国債の買い入れオペを行なった。この際、一部の銘柄でマイナス金利が生じた。これで、マイナス金利での短期国債の買い入れオペは、5回連続となった。
 九月期末決算が終わっても、日銀が大量の短期国債の買い入れオペを行なっているのを見て、市場関係者は、日銀が損失覚悟で大量の買い入れを続ける姿勢を示したと受け止めた。
 ヨーロッパの景気後退とデフレ化という経済情勢下で、ECBは、六月に、民間銀行からの預金に手数料をかける(一種のマイナス金利)と決め、長期資金供給オペや資産担保証券(ABS)の買い入れなども決定した。だが、期待通りとならず、九月のユーロ圏の消費者物価上昇率は前年同月比0・3%となり、追加利下げに追い込まれている。ドイツ国債は、2年物あたりまでマイナス金利となっており、ECBに預金しても手数料を取られるため、ヨーロッパ向けの投資資金も外に流出しはじめている。また、中国経済の成長鈍化や、アメリカ経済の先行き不透明・当面のゼロ金利継続など、世界経済が停滞気味である。これらのことは、日本市場にも大きな影響を与えている。
 十月に入っても、図1(『日経新聞』十月二十一日付け)が示すように、短期国債のマイナス金利は続いている。他方、10年物国債に代表される長期金利は、九月中旬0・580%だったのが、その後再び低下傾向に入り、十月九日には、前日比0・015%低い(価格は高い)0・480%となった。日本で長期金利が0・5%を切ったのは、①2003年6月、②2013年4月上旬、③今年8~9月の数日だけであった。
 その後、10年物国債の利回りは、0・5%を割った状態がほぼ続いている。短期国債のマイナス金利が定着する中で、金利全体を押し下げ、長期金利も低水準となっている(図2〔『日経新聞』11月2日付け〕を参照)。
 十月十四日、日銀による短期国債の買い入れオペで、6回連続となるマイナス金利が一部の銘柄で生じた。
 十月十七日には、日銀の短期国債の買い入れオペで、日銀が示した購入枠3兆円に対して、民間金融機関の応札額は2・6兆円でしかなく、「札割れ」が生じた。短期国債市場ではマイナス金利が続いており、国債の出し手である民間金融機関にとって有利な取引状況であるにもかかわらず「札割れ」が生じたのである。民間金融機関としても、いざという時に備えて、短期国債の保有は不可欠なのである。
 国債売買とは異なる日銀の資金供給策では、「札割れ」は頻発しているが、国債の買い入れでの「札割れ」は初めてである。
 「札割れ」後の二十日、3カ月物短期国債の利回りはマイナス0・090%(「札割れ」前の十七日午前はマイナス0・010%)へ、同6カ月物はマイナス0・050%(同マイナス0・005%)へと、それぞれ大幅に低下した。(図1参照)
 
短期国債の利回りでのマイナス金利の定着、10年物国債での0・5%割れの定着など金利水準の全体的低下の下で、十月二十三日、冒頭で述べたような、財務省実施の新発3カ月物短期国債の入札で初めてのマイナス金利が生じた。
 これは、国が得をして民間金融機関が損をする取引であるが、損をした民間金融機関の短期国債は、日銀が買い取ることにより、民間金融機関の損失は回復されるのである。しかし、このような取引構造は、最終的な損失を日銀が引き受ける形だが、実は、その分日銀の儲けが減り、国庫へ納入する金額が減少し、国家の収入が減少するだけである(これは赤字国債の発行でカバーする。最後のツケは国民に来る)。つまり、国家財政と民間金融機関には当面有利であるが、日銀の利益が圧迫されるので、いつまでも続けられるわけではない。黒田日銀は、消費者物価2%達成の呪縛に陥り、市場をゆがめるだけでなく、日銀経営そのものを脅かす道に分け入ったのである。(Y) 


黒田日銀、追加緩和へ突入
  黄昏深まるアベノミクス
 
 日銀は、十月三十一日の金融政策決定会合で、追加の金融緩和を5対4の一票差で決定した。追加緩和は、昨年四月に決定された大規模な「量的質的緩和」以来、初めてである。
 追加緩和の内容は、①マネタリーベース(資金供給量)をこれまでの年60~70兆円のベースで増やすのを年80兆円に拡大する。②長期国債の買い入れ額も年50兆円から80兆円に拡充する。③買い入れる国債の償還までの期間(平均残存期間)を「7年程度」から「7~10年程度」に延ばす。④日本株と連動するETF(上場投資信託)の保有残高を「年1兆円」から「年3兆円」へ、REIT(不動産投資信託)も同じく「年300億円」から「年900億円」へと、それぞれ3倍に増やす。
 黒田総裁は、追加緩和の理由を「デフレ心理からの転換が、遅れるリスクがある」、「2%の物価安定目標の早期実現を確かなものにする」ためと言っている。だが実際は、四月からの消費増税以来、消費者物価上昇率が傾向的に低下し、「2年程度で2%アップ」の公約の実現がほとんど難しくなったためである。
 物価動向だけでなく、日本経済全体もまた、景気後退の兆しをみせている。政府は、9月の月例経済報告につづき、10月のそれでも基調判断を下げている。日銀もまた、三十一日に公表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、2014年度の実質GDP成長率を1・0%(7月時点)から0・5%へ、消費増税の影響を除いた消費者物価指数の成長率を1・3%(同前)から1・2%へ、それぞれ下方修正している。
 今回の追加緩和は、いうなれば「追い込まれる」直前に「サプライズ緩和」をやっただけである。一時的な糊塗(こと)策でしかなく、日銀の新たな賭けでしかない。
 確かに、今回の追加緩和で内外の株価は急騰した。それは、株価を最重視する安倍首相にとっては好都合かもしれない。しかし、株高で儲(もう)かるのは大企業や内外の投機家だけである。また、株価急騰の「調整」は、必ずやってくる。
 円安で得をするのは、日系多国籍企業だけであり、輸入物価の高騰で庶民や中小企業などはますます困難な状況に追いやられるだけである。今日、1ドル=100円程度を超えて円安になるとデメリットのほうが多くなるというのが大勢の議論である。
 この間、異次元緩和の副作用で、短期国債の買い入れオペがマイナス金利という異例の状況がつづいていたが、金利全体の低下の機に乗じて、財務省は超長期国債の発行で利払い費の削減を狙っている。日銀は、更に今回長期国債の買い入れを増やして、事実上の「日銀の国債引き受け」を深めている。これは、10%への消費増税を後押しすることをも意味する。
 黒田日銀は、異次元緩和をさらに拡充し、破綻への道を突き進んでいる。アベノミクッスの黄昏は、深まるばかりである。(T)