日銀異次元緩和の一年――国債購入拡大で借金支え(下)
  歯止めなく借金財政助長
                                         安田 兼定

  (二)財政再建熱意ない安倍内閣

〈借金支えの国債保有2年で2倍〉

 黒田日銀の異次元緩和は、国債市場の機能を著しく低下させ、ゆがめただけではない。もう一つの特徴は、国債買い入れを大幅に拡大させ、安倍政権の放漫財政を助長し、すでに陥っている財政危機をさらに一段と増幅させているのである。
 具体的には、国債買い入れ量を年間50兆円ずつ増やし(前年は20兆円増で2012年末での長期国債の保有残高は89兆円)、2013年末で140兆円、2014年末で190兆円の残高とする見通しをたてた。日銀の長期国債の保有は、2年で2・13倍となる訳である。さらに、国債購入の対象は、従来、主に1~3年物だったのを、平均7年へ(40年債にまで拡大)延ばすとした。
 この結果、日銀は政府発行の国債の約七割に当たる量の国債を市場から購入することとなった。政府は、新たな国債や、借り換え債も含めて、毎月約10兆円の国債を市場で販売しているので、日銀はこの七割、すなわち約7兆円を平均して毎月金融機関から購入しているのである。
 だが、「金融調節」と称して、大規模に日銀が国債を引き受けると、政府が安易に借金するようになって、放漫財政を招くのが世界の歴史の教訓となっている。そこで日銀は、一つの歯止めとして、2001年3月に、内規としての「銀行券ルール」を作った。そのルールとは、「金融調節上の必要から国債買い入れ」を通じて日銀が保有する長期国債の残高については、日銀券発行残高を上限にするというものである。
 だが、このルールは2012年8月から形骸化しており、昨年4月の異次元緩和の発表時に正式に凍結とされた。この結果、図表1(『朝日新聞』二〇一三年五月一六日付)に見られるように、日銀の長期国債保有残高は、日銀券の発行高と急速にかい離し、2014年末には、日銀券発行高は約90兆円の見込みに対して、長期国債保有残高は190兆円になる見込みである。このことは、異次元緩和が借金まみれの国家財政に対して、さらに借金の余地を大きく広げることを意味する。
 
〈財政再建無策の骨抜き計画〉

 安倍内閣は、発足して間もなく2012年度補正予算を決定した。補正予算の総額は総額13・1兆円で、そのうち8兆円は新規国債の発行で賄(まかな)っている。2013年度の当初予算では92・6兆円という大規模なものになったが、このうち42・8兆円は新規の国債発行で賄った(国債依存度46・2%)。安倍内閣は、この二つの予算を「15カ月予算」と銘打って、新規国債を合わせて50・8兆円も発行している。
 安倍内閣は、大規模な予算での半分近くを借金に依存して、財政再建には全くといっていいほど無頓着である。しかも、第二次安倍内閣はリーマン・ショックもなく、東日本大震災もない平時であるにもかかわらず、大規模な借金に依存した財政運営を推進したのである。財政再建を真剣に追求するなどという姿勢も熱意も、全く見られないのである。
 それもそのはずである。安倍晋三という人物は、「輪転機をぐるぐる回して、無制限にお札を刷ってもらう」(二〇一二年一一月一七日、山口市での衆院選遊説)という発言に見られるように、財源について極めて幼稚で間違った考えの持ち主だからである。
 しかし、安倍内閣はすでに国際公約となっている民主党主導政権の財政再建のための中期財政計画の主要目標は継承せざるを得なかった。このことは、安倍首相が昨年の3月6日、参院本会議でも、「国と地方のプライマリーバランス(注)について、2015年度までに『10年度に比べて赤字の対GDP(国内総生産)比の半減』『20年度までに黒字化』との目標の実現をめざします」と表明していることで明らかである。
 2010年度のプライムリーバランス(PB)は、対GDP比でマイナス6・7%(約32兆円の赤字)なので、2015年度にこれを半減するということは、対GDP比でマイナス3・3%(約16兆円の赤字)に縮小するということである。
 だが、安倍内閣が言う国際公約なるものは、全くのごまかしである。その証拠には、PBの縮小目標を口先では唱えつつも、その実現のための具体的な方策を少しも明らかにしない、あるいは明らかにできないのであった。
 実際、昨年4月から始まった財政諮問会議では、これまでの財政再建目標を堅持するか、それとも見直しするかで、主要閣僚間の対立が起きている。結局、6月の経済財政諮問会議で決定された「骨太の方針」では、「2015年度までに赤字半減、2020年度までに黒字化」という基本目標を確認するだけで、そのための具体策については全く方針化できなかったのである。
 これには、「骨太の方針」ではなく、「骨抜きの方針」だと一部マスコミにやゆされる始末で、ある官僚もまた「骨細(ほねぼそ)といわれても仕方ない」(『朝日新聞』二〇一三年六月七日付)とつぶやく始末であった。
 このようになった最大の原因は、七月に参院選を控え、バラマキ圧力が強く、選挙公約は「ばら色の将来」で塗り固めるほかは無かったからである。
 だが、選挙が終わっても、安倍内閣の態度は同じであった。8月8日の「中期財政計画」の閣議了解の段階でも、基本目標の確認だけで、それを実現する具体的方針は無かった。歳出上限の設定も見送られている(民主党主導政権では、曲がりなりにも政策経費を「71兆円以下」とした)。
 この点について、ある経済官庁の幹部は、「具体策がとぼしいんじゃない。ないんだ」と自嘲気味に吐露していたといわれる(『朝日新聞』二〇一三年八月九日付)。
 安倍内閣の財政再建に関するこのような態度には、さすがに国際機関や外国首脳も不信を持たざるを得ない。6月8日のG8サミットでは、「信頼できる中期的な財政計画を定める必要がある」と財政健全化を迫られた。

〈赤字財政から抜け出せない〉

 二〇一三年八月七日、内閣府は、中長期の経済財政に関する試算をまとめた。
 今回の試算では、図表2(『日経新聞』二〇一三年八月八日付け)に示されるように、今後10年間の平均経済成長率が名目で3%、物価変動を加味した実質で2%に達する「経済再生ケース」を標準シナリオとして試算されている。また、消費税も2014年4月に8%へ、2015年10月に10%へと増税されことを前提とされている。
 これによると、2015年度の基礎的財政収支(PB)の赤字は、GDP比で3・3%となり半減目標を達成するが、2020年度には2・0%の赤字が残り、黒字化の目標は達成できていない。「経済再生ケース」のほかにも、名目2%、実質1%という「低成長ケース」も試算されているが、この場合では、2015年度のPBの赤字は3・5%となり目標を達成できず、その後も3%台の赤字が続く見通しとなっている。
 なお、国と地方を合わせた債務残高の対GDP比は、「経済再生ケース」の場合、2014年度の191%をピークに鈍化するが、それでもその後190%前後で高止まりする見通しである。
 試算は、少々の景気回復によっても、財政再建が極めて厳しい状況を示している。アベノミクスによる円安・株高で企業業績が一時的に「改善」したなどと浮かれている場合ではないのである。
 だが、安倍内閣は2014年度当初予算を前年度よりさらに拡大し、過去最大の95・9兆円とした。少子高齢化で社会保障費がいやおうなく増えざるを得ない事情もあるが、その上に景気刺激のための公共事業を拡大させているためである。アベノミクスでもうけたのは、大企業や一部の投資家だけであり、とりわけ地方では厳しい生活が続いているからというのである。
 しかし、このうち41・3兆円が国債の新規発行によって賄われたのであり(国債依存度43・1%)、相変わらずの借金まみれの予算編成である。
 確かに、2014年度の基礎的財政収支の赤字幅は、2013年度当初予算の23・2兆円よりも、18兆円まで5・2兆円縮小した。しかし、この間の税収は6・9兆円増収となっているのであり、6・9マイナス5・2=1・7兆円は、財政再建には使われていないのである。それは主に、バラマキに使われていると見てよいだろう。
 こうして2014年度の国債発行は、181・5兆円という過去最高の規模に至ったのである(前年度比6・4%増)。その内訳は、新規国債が41・3兆円、借り換え債が122・1兆円、財投債が16兆円、復興債2・1兆円である。
 この大規模な国債発行に対して、その安定的消化を受け持つのが、黒田日銀の異次元緩和による長期国債の7割購入である。
 なお、内閣府は今年一月二〇日に、今後10年間のPBの見通しを示した。その概要は、図表3に示される。昨年八月の試算よりも、ほんわずか改善されたが、基本的にはすう勢は変わっていない。PBの2020年度赤字は未だ11・9兆円の見通しであり、とても「黒字化」などは夢の夢である。

  (三)「玉砕の構造」に突入か

 安倍内閣が財政再建に熱心でないのには、訳がある。経済成長による税収増→財政再建という伝統的な考え方に安易に寄りかかっているからである。
 しかし、高度成長期ならばいざ知らず、今や日本はゼロ金利の時代である。ゼロ金利ということは、製造業もそれに見合って利潤率が極めて低い時代だということである。利潤の追求を目的とし、かつ推進力とする資本主義が、極めて低率の利潤しか確保できないというのは、まさに資本主義としては、歴史的終焉期に入っているということを意味する。
 支配階級は、GDPの約二倍にも拡大した政府の借金を、果たして地道に返済して財政を再建するなどという意志があるのであろうか。
 かつて「十五年戦争」で抱えた膨大な借金を、ハイパーインフレと新円切り替えで強引に「解決」した方法にしか頼らざるを得ないこと―このことに、うすうす気づき始めているのではないか。
 そうだとすれば、日本は今また「玉砕の構造」に入り出したと言えるのではないか。「玉砕の構造」とは、遠からず破局に至ることを気づき始めているのにもかかわらず、既得権益や当面の利益のみに固執して、根本的な改革を実践できないでジリ貧状態に陥り、破産に至ることである。
 日本の歴史を顧みるならば、長期計画性の欠如によって「玉砕の構造」に陥ったことは一度ならず経験している。いわば伝統的体質といっても、決して過言ではないであろう。
 今や膨大な借金を抱えながらも、安倍政権のように利益誘導型政治を止(や)められないのは、「玉砕の構造」に陥ったことの一つの証左であるかもしれない。日本の民主主義が「観客民主主義」、「お任せ民主主義」のレベルにある限り、「玉砕の構造」を打破することは困難である。広範な人々ともに、計画的な大変革の活動が要請されるゆえんである。(終)

(注)プライマリーバランス(PB)とは、日本語で「基礎的財政収支」といわれるもので、公共事業、医療、年金給付などといった政策にかかる経費を毎年の税収や税外収入でどれだけ賄っているかを示す指標である。政府の借金である国債を発行して得る収入や、その元利金の返済費(支出)は含まれない。PBが黒字になるということは、即時ではないが、財政赤字から脱却する傾向を示すものである。