道州制論議に寄せて-地方支配の歴史的変遷⑱
 
  立法権・財政面で自治権拡大
                            堀込 純一


   Ⅶ第二期分権改革の混迷

    (三)第三次勧告―自治立法権の拡大

 地方分権委は、二〇〇九年一〇月七日に、第三次勧告(副題―自治立法権による「地方政府」の実現へ)をまとめ、八日に鳩山首相に提出した。
 第三次勧告の構成は、第1章義務付け・枠付け見直しと条例制定権の拡大、第2章地方自治関係法制の見直し、第3章国と地方の協議の場の法制化―当委員会の試案、となっている。

     義務付け・枠付け見直しへ第一歩

 第三次勧告の中心は、国が自治体の仕事を全国一律の法令で縛る「義務付け・枠付け」の見直しである。
 地方分権委は、第二期分権改革の目標を、「地方自治体を自治行政権のみならず自治立法権、自治財政権をも十分に具備した完全自治体にしていくとともに、住民意思に基づく地方政治の舞台としての『地方政府』に高めていく」(第三次勧告)こととした。そして、この目標実現に不可欠な自治立法権の分権において、「地方自治体の条例制定権の拡大が必要であり、法制的な観点から地方自治体の自主性を強化し、政策や制度の問題も含めて自由度を拡大するとともに、自らの責任において行政を展開できる仕組みを構築することが必要となる。当委員会(地方分権委のこと―引用者)は、これを『義務付け・枠付けの見直し』という改革テーマに設定し(た)」(同前)のである。
 なお、「義務付け・枠付け」とは、地方自治体の事務について、国が法令で細かくその事務の実施や方法を縛ることである。このうち、「『義務付け』とは、一定の課題に対処すべく、地方自治体に一定種類の活動を義務付けることをいい、一定種類の活動に係る計画策定の義務付けも含む。『枠付け』とは、地方自治体の活動について手続、判断基準等の枠付けを行うことをいう。」(第二次勧告―「地方政府」の確立に向けた地方の役割と自主性の拡大)とされる。
 地方分権委は、第二次勧告で、義務付け・枠付けの対象として、(a)自治事務であること、(b)事務の処理又はその方法(手続、判断基準等)を義務付けていること―に限定した。
 見直しの具体的方針としては、①廃止(単なる奨励にとどめることを含む)、②手続、判断基準等の全部を条例に委任又は条例による補正(「上書き」)を許容、③同じく、②での「全部」でなく「一部」の見直しを許容―とした。
 また、義務付け・枠付けを従来通り許容する場合のメルクマールとしては、ⅰ地方自治体が私有財産制度、法人制度等の私法秩序の根幹となる制度に関わる事務を処理する場合、ⅱ補助対象資産又は国有財産の処分に関する事務を処理する場合、ⅲ地方自治に関する基本的な準則に関する事務を処理する場合、及び他の地方自治体との比較を可能とすることが必要と認められる事務であって全国的に統一して定めることが必要とされる場合、ⅳ地方自治体相互間又は地方自治体と国その他の機関との協力に係る事務であって、全国的に統一して定めることが必要とされる場合、ⅴ国民の生命、身体等への重大かつ明白な危険に対して国民を保護するための事務であって、全国的に統一して定めることが必要とされる場合、ⅵ広域的な被害のまん延を防止するための事務であって、全国的に統一して定めることが必要とされる場合、ⅶ国際的な要請に関わる事務であって、全国的に統一して定めることが必要とされる場合―である。
 なお、義務付け・枠付けを許容すべきでない場合でも、残さざるを得ないもののメルクマールとしては、地方自治体による行政処分など公権力行使にあたっての私人保護、全国的に通用する士業の試験・資格の付与剥奪、義務教育に係る規定のうち教育を受ける権利及び義務教育無償制度を直接保障したものなどいくつかが挙げられている。
 第二次勧告は、第三次勧告に向けての今後の進め方として、各府省に地方分権委の方針に従って見直しを求めたが、特に重点的見直し対象としては、①施設・公物の設置管理基準、②協議、同意、許可・認可・承認、③計画の策定及びその手続き―の3分野とした。
 第二次勧告では4076条項の「義務付け・枠付け」を見直すべきとしたが、第三次勧告では、先にあげた重点的見直し対象1224条項にしぼり、そのうち、892条項について、「廃止」したり、条例で国の法令を「上書き」する「条例委任」を行うようにしたりする見直しを具体的に提示した。
 例えば、公営住宅では、原則として同居する親族が居ないと入居できない入居基準がある。これでは、ワーキングプアの単身者は入居できない不平等となる。また、保育園の場合、園児一人当たり3・3平方メートル以上の屋外の遊び場を設けなければならない。これでは、「待機児童」問題を喫緊の課題としてかかえる大都市では、敷地を確保するのに困難なために永遠に解決しないであろう。(義務付けとその弊害についての数例は図〔『朝日新聞』一〇月八日付け〕を参照)
 第三次勧告は、義務付け・枠付けの見直しの今後について、今回の調査審議から対象外とされた条項についてもなお改善の余地があるのでこれからの改革の課題とするべきとした。そして、今回は自治事務を見直し対象としたが、「法定受託事務についても自主性・自立性を認めるべきとの考え方もありうるところであるが、事務そのものに、本来自治事務とすべきものがあるのではないか、という観点からも検討されるべきである。」(第三次勧告)という態度を表明した。

      教育委制度の見直しは逆行

 第三次勧告は、その第2章で「地方自治関係法制の見直し」と「地方自治体の財務会計における透明性の向上と自己責任の拡大」を提言した。主なものとして、地方自治体の行政委員会の必置規制で教育委員会と農業委員会の見直しを挙げている。
 行政委員会制度は、戦後の民主改革で、「権力の集中を排除する、または民主化政策を推進するといった観点から、アメリカ合衆国の制度に倣って国と地方の双方に導入された」(第三次勧告)ものである。しかし、占領時代が終わると反動化により、多くのものが廃止されたり、審議会などに改組されたりした。
 地方自治法も、地方自治体の執行機関について、「執行機関多元主義を採用し、直接公選の長とは別個に、委員会及び委員の制度を設けている」(同前)のである。しかし、これもまた、いわゆる「逆コース」で自治体警察は廃止され、教育委員会制度も歪曲された。
 第三次勧告は、今日の教育委員会制度の問題点を、次のように五つほど挙げて見直しの理由としている。①国の教育行政には採用されず、地方自治体で採用されているのは、制度的不均衡である。②本来は委員会で決定されるべきことが委員会事務局で処理されている。委員会は合議制であるため、機動性や弾力性に欠けている。③委員会は地域住民の意思を反映することよりも、文科省―都道府県教育委員会―市町村教育委員会の縦系列の指導助言に重きを置いた運営をしている。④委員や事務局職員の多くを学校教職員やそのOBで占め、閉鎖的である。⑤幼稚園は「学校教育」・保育所は「社会福祉」に別れ、公立学校は教育委員会・私立学校は首長の担当に分かれるなど、現場や地域の観点から見ると意味の無い二元制となっている―と。
 だが、第三次勧告は行政委員会制度の原点(権力の集中排除や民主化の推進など)を無視して、「逆コース」などの反動化過程もなんら問題にすることなく、これを既成事実として認めている。④の改革はもちろん必要であるが、これを除く問題点は、ほとんどが中央集権的な反動化の結果である。それは言うまでもなく、地方分権の観点とは正反対の思想である。それなのに地方分権委は、批判的コメントの一つもなく、あまつさえ形骸化した教育委員会制度すら廃止する態度をとっている。すなわち、「地域住民の意向の的確なる反映」という、「この点についてはむしろ、直接公選の長(首長のこと―引用者)の方がより適切に達成し得る」(同前)としている。だがこの考えは、全くもって浅薄で誤ったものである。かつての教育委員会制度のように、教育委員の公選制を採るほうがより適合的である。首長は公選で選ばれるとしても、必ずしも教育政策が掲げられない場合が多いからである。だが、教育委員公選制では、争点は教育問題だけである。(④の改革では、公選された教育委員の1、2名に給与を支給し、事務局〔官僚〕支配をなくすことが重要である)
 
      国と地方の協議の場法制化提言

 第三次勧告は、その第3章で「国と地方の協議の場の法制化」を提言した。
 地方分権委が提示した主なものは、次のようなものである。①協議の場の名称を「国地方調整会議」(仮称)とする。②協議事項は、「国と地方の役割分担、地方自治制度及び地方税財政制度に関する重要事項、経済財政政策、社会保障・教育に関する制度及び社会資本の整備のうち、地方行財政に大きな影響を及ぼしかねない重要事項」とする。③常設の構成員は、国側が総理大臣・内閣官房長官・総務大臣・財務大臣・その他総理大臣が指名する関係大臣で、地方側が地方六団体それぞれの指名する者とする。ただし、当該の会議にのみ参加する臨時のメンバーをそれぞれ追加指名できるとする。④協議会は、それぞれの申し出によって開催する。
 協議会を常設の機関として設置することは、意義のあることである。しかし、試案では定例会にはなっていない。しかも、地方側の申し出によって必ず開催しなければならない、とはなっていない。

    (四)第四次勧告―自治財政権の強化

 二〇〇九年一一月九日、地方分権委は、第四次勧告(副題―自治財政権の強化による「地方政府」の実現へ)を鳩山首相に提出した。
 地方分権委は、分権型社会にふさわしい地方政府を確立するためには、「地方自治体の自由度を格段に高めるとともに、成熟社会の『地方政府』に期待される広範な役割を十分に担うにたりうる自治財政権を確立するために、歳出自主権と歳入自主権を格段に強化することが不可欠である」(第四次勧告)とした。
 第四次勧告は、「Ⅰ当面の課題、Ⅱ中長期の課題」―という構成となっている。
 地方分権委は、「Ⅰ当面の課題」では、政権交代した民主党主導政権に配慮して、「新政権がその政権公約等にかかげてきた当面の政策課題のうち、当委員会として特に重要と考える以下の諸事項について、勧告を行う」(同前)とした。
 すなわち、1地方交付税の総額の確保及び法定率の引上げ、2直轄事業負担金制度の改革、3地方自治体への事務・権限の移譲と必要な財源等の確保、4国庫補助負担金の一括交付金化に関しての留意点、自動車関係諸税の暫定税率の見直しに際しての留意点、5国と地方の事実上の協議の早急な開始―である。
 1では、地域間の財政力格差の拡大につながらないように、地方交付税の総額確保のために地方交付税の法定率の引き上げを考慮すべきとしている。2では、国の直轄事業の範囲の限定、関係する国の出先機関の縮減・廃止、直轄事業負担金制度の廃止、道路・河川の移管に伴う国庫負担率並みの交付金の創設、地方自治体と事前に協議する仕組みの創設などについて、直ちに工程表を作成し、速やかに取り組むべきだとしている。4では、国庫補助負担金を廃止し、「一括交付金」を創設する際には、地域間の格差是正の観点から財政力、社会資本整備の状況などを考慮するとともに、継続事業の執行に支障が生じないようにすべきとしている。
 「Ⅱ中長期の課題」では、「1地方税制改革」として、(1)国と地方の税源配分を、現状の6対4(歳出比率が4対6であるにもかかわらず)から、5対5にすることを当初目標とする。(2)地方自治体が課税自主権を発揮しやすくなるように制度・運用の見直しを進める、とした。
 「2国庫補助負担金の整理」として、目的を達成し存在意義の薄れた事務事業への国庫補助負担金は即刻廃止し、また、地方自治体の事務として同化・定着しているものは原則廃止し、地方税あるいは地方交付税に替えていくべきとした。
 「3地方交付税」では、地方六団体が提唱している「地方共有税」構想を評価しつつ、地方交付税制度がもつ財政調整機能を強化するなどとしている。
 「4地方債」では、起債自主権の確立に向け、地方債の発行にかかる国の関与を見直すべきとしている。
 最後に、「5財政規律の確保」では、自治財政権を有する自立した「地方政府」として、自らの権限と責任において、透明性の高い規律を持った財政運営を不可欠であるとして、情報開示、説明責任を徹底し、財務会計制度の改革や地方議会などの監査機能の充実などを提示している。                  (つづく)