道州制論議に寄せて-地方支配の歴史的変遷⑰

  官僚の抵抗と自民の否定的本音
                              堀込 純一

    Ⅶ第二期分権改革の混迷

 税財源の地方への移譲などを目指す第二期分権改革のための一括法の制定に向けて、地方分権改革推進法が二〇〇六年一二月八日に成立した。この法律に基づいて、安倍内閣は二〇〇七年一月に、内閣府に地方分権推進委員会(以下、地方分権委と略)を設置し、有識者や自治体首長ら七人で組織された地方分権委を発足させた。
 だが、第二期分権改革は、中央官僚の組織的抵抗と自民党議員のサボタージュ(彼らの多くは、本音では地方分権に否定的である)によって、なかなかスムーズに進まなかった。それにさらに輪をかけて、第二期分権改革が混迷したのは、途中で政権交代があり、「地域主権」を掲げる民主党にとって本来ならば好機であるのにもかかわらず、鳩山政権が予算編成や辺野古問題で迷走し、ついにこのチャンスを活かせなかったことがある。

(一)第一次勧告―事務を地方へ移譲

 政府の地方分権委(委員長・丹羽宇一郎伊藤忠商事会長)は、二〇〇八年五月二八日に、第一次勧告をまとめ、三〇日に福田康夫首相に提出した。
 第一次勧告の構成は、〈はじめに〉で、今回は「主として市町村の自治拡充を図る方策について勧告した」として、以下、第1章で、「国と地方の役割分担の基本的考え方」を、第2章で、「重点行政分野の抜本的見直し」を、第3章で、「基礎自治体への権限移譲と自由殿拡大」を、第4章で、「現下の重要2課題」(①道路特定財源の一般財源化、②消費者行政の強化)を、第5章で、「第二次勧告に向けた検討課題」を、述べている。
 第一次勧告は、内容から見ると、次の三つの柱が重要な論点をなしている。第一は、国道や1級河川などで、国の事業をできるだけ都道府県に移すこと、第二は、都道府県の359事務を基礎自治体に移すこと、第三は、補助金で造られた施設の転用や譲渡を容易にすること―である。
 第一の国道や1級河川については、第一次勧告ができる前から、国土交通省側の態度は、国が直接管理する国道の総延長約2万2千キロのうち約15%と、一都道府県内で完結する53の1級河川のうち約4割について、管理権限を都道府県側に移す考えであった。1級河川は、具体的には、北海道内の河川、静岡県の大井川、秋田県の雄物川などが対象になると思われる。
 だが、第一次勧告では、具体案は「二次勧告までに得る」として、持ち越しになっている。ここでは中央官僚の抵抗もさることながら、地方分権委の分権移行方法の問題性も存在する。結局、第二次勧告でも、国道や1級河川の地方移譲の具体案は、当初より後退した。
 第三の「国庫補助対象財産の処分」(目的外転用、譲渡、取り壊し)は、次のように勧告した。おおむね10年経過後は、原則として、届け出・報告などで国の承認があったとみなして、国庫納付を求めない(これまでは、国の補助金で作られた施設は、耐用年数〔多くは50年〕が過ぎるか、補助金を返済しないと用途変更や取り壊しができなかった)。10年経過前でも、災害による損壊など補助事業者などの責に帰せない処分、あるいは市町村合併・地域再生などの施策に伴う処分も同様とする。
 このような改革は、当然のことである。むしろ、国の横柄さ、補助金を通した地方支配の露骨さがよくも長い間まかり通っていたことの方が驚きである。
 第二の事務権限を市町村に移譲することについては、第一次勧告は、別紙1を掲げて、内容を具体的に列挙したが、その主なものは次のようになっている。
【政令指定都市へ移譲】市街地再開発組合の設立認可、NPO法人設立の認証。
【中核市以上へ移譲】指定障害福祉サービス事業者の指定(都道府県が同意)、教職員定数決定、市町村立学校職員の給与負担、県費負担教職員任命権。
【特例市以上へ移譲】助産施設・母子生活支援施設の設置認可、大気汚染の常時監視。
【保健所を置く市へ移譲】薬局開設許可、公衆浴場配置基準の設定。
【一般市以上へ移譲】都市計画区域での開発行為許可、2ヘクタール以下の農地転用許可、宅地造成工事許可、養護・特別養護老人ホーム設置認可、保育所・児童館設置認可、身体障害者手帳交付、母子福祉資金貸し付け、介護保険の指定居宅サービス事業者の指定(都道府県が同意)、未熟児の訪問指導、商店街整備計画の認定。
【町村への移譲】火薬類販売営業許可、町・字区域新設の届出受理。
[*人口規模だけでいうと、政令都市は50万人以上、中核市は30万人以上、特例市は 20万人以上]
 都道府県から市町村への事務権限の移譲は、64法律がかかわる359であり、第一歩としては評価すべきであろう。しかし問題は、このうち町村へ移譲する事務権限はわずか28でしかない。この大きな差は一体何故なのか。
 都道府県知事が規模の小さい基礎自治体への事務権限移譲に反対する理由の代表的なものは、市町村には事務事業をこなす能力が無い、というものである。
 同様な発想が、第一次勧告の出た翌日、五月二九日の関東地方知事会で発せられている。堂本暁子千葉県知事(当時)は「人口数十万人の大都市から三、四万人の小さな市まで一律に権限を移譲するのは問題だ」と主張した。つまり、これは、小規模な自治体は能力が無いから権限が無くて当然という弱肉強食の思想である(これは、合併で基礎自治体を肥大化させる論理ともなる)。
 だが、基礎自治体は地方自治において(都道府県と比較して)もっとも優先されるべきなのが原則であり、たとえ小さな基礎自治体であっても、基礎自治体としての事務権限を同等に持つべきである。その権限を行使すべき現状でなくても、権限は保持すべきであり、その権限を行使するか否かは、当事者の基礎自治体が判断すべきことなのである。

 <自民特命委で反対論が続出>
一九九五~二〇〇一年の第一期分権改革では、「機関委任事務」の廃止などで、主に中央政府と地方政府の間の主従関係、上下関係を廃止することを目指した。だがそこでは、事務を移譲する点においてはほとんど成果がなかった。移譲事務を大幅に取り上げ、地方政府への移譲を勧告したのは、今回が始めてである。
 だが、二〇〇八年五月二一日開催された自民党の地方分権推進特命委員会では、第一次勧告に対する反対論や異論が相次いで噴出した。
 たとえば、教職員の人事権を都道府県から中核市以上の市に移譲することについては、「分権が目的化しており、市が疲弊する」とか、ハローワークの無料職業紹介事業を都道府県に移す案については、「欲しがっている県はあるのか、いまのままで十分だ」とか、反対論が続出した。
 保育所や老人福祉施設の全国一律の基準の見直しについても、慎重論が相次いだといわれる(『朝日新聞』二〇〇八年五月二二日付け)。
 五月三〇日の特命委員会でも、「地方に任せたら良くなるというのは間違いだ」(同前、五月三一日付け)などと、第一次勧告を批判する声が相次いだ。
 自民党の地方分権推進特命委員会は、そもそも地方分権を掲げて、この年の四月に新設されたものである。それが、皮肉にも特命委員会の討論内容はその目的すら否定するものであった。

(二)第二次勧告―国の出先機関の統廃合

 政府の地方分権委は、二〇〇八年一二月八日、第二次勧告をまとめ、麻生首相に提出した。
 国の出先機関の統廃合を中心とする第二次勧告の概要は、次の通りである。
 1、国の出先機関を統廃合し、新たに「地方振興局」と「地方工務局」を創設する。
 2、国の出先機関の約400の事務・権限のうち、116事項は地方へ移譲するなどの見直しが必要である。
 3、地方への移譲などによって、国の出先機関の職員は約9万6000人のうち、合計約3万5000人を削減する。
 4、地方自治体の仕事を国が法令で細かく規定する「義務付け・枠付け」は、4076条項が不要である。(この問題は第三次勧告の柱となるので、その時に検討する)
 勧告によると、「地方振興局」は、国土交通省の地方整備局、北海道開発局、地方運輸局、農林水産省の地方農政局、経済産業省の経済産業局、環境省の地方環境事務所の6機関を統合して組織される。「地方振興」は、企画立案を行なう。
 そして、地方整備局、開発局、地方農政局のうち、道路や河川など公共事業の現場を受け持つ部分は、切り離して「地方工務局」に組織される。
 なお、厚生労働省の地方厚生局と都道府県労働局は、ブロック毎に統合することにした。
 国の出先機関の事務・権限約400項目を地方に移譲する見直し対象としてあげたが、結局、勧告では後退し、そののうち116項目を挙げたに過ぎない(主なものは図を参照) 
 国の出先機関の統廃合については、大手新聞社のアンケートでは、知事側は全体的に不評である。その理由は、「地方への移譲が少なすぎる」、「現在の事務が温存され二重行政の解消にならない」「出先機関の統合でその規模が肥大化し、不安である」などである。
 全国知事会は、二〇〇八年二月、地方農政局、地方厚生局、都道府県労働局、経済産業局などの大半の業務を地方政府に移した上で、廃止するように提言している。この立場からすると、勧告に言う(国の出先機関の)縮小レベルは、とても納得できるものではないのである。
 国の出先機関が縮小できない最大の理由は、中央官僚の抵抗である。当然のこととして、各省庁は地方分権委の削減要請に抵抗し、農林水産業の統計調査の実査(2500人)を除き削減規模すら回答していない。
 だが、知事側の反応として、逆に分権を望まない知事も少なからず存在する。それは、勧告が事務権限の地方移譲を財政的裏づけと一体で示していないからである。望まない知事は、財源移譲が不明確なままに事務事業だけ地方移管されることを恐れるのである。
 第二次勧告では、官僚の抵抗を象徴するようなハプニングが起きている。丹羽委員長が勧告文提出の直前になって、出先機関職員約3万5000人の削減を突然書き入れた。これに地方分権委の事務局(各省庁から出向)が抵抗して、人員削減を骨抜きにするような文言を挿入した。これに気づいた地方分権委は、人員削減数は政府への要請事項であると、改めて追加決議したのである。                                          (つづく)