十月十五日開会の臨時国会で安倍政権は、秘密保全法案(特定秘密保護法案)と国家安全保障会議設置法案を提出・成立させんとしている。軍事・外交などを「特定秘密」でおおい、違反には民間人を含め懲役十年としている。日米共同戦争のための「立法改憲」である。また安倍は十月一日、軍事費調達のためともいえる消費増税8%の来春強行を表明。総反撃が問われる中、各地で闘いは続く。


9・14東京亀戸に9000名
  原発再稼働反対!

 大飯原発4号機が3号機に続いて九月十五日、定期検査のため運転を停止し、一年二ヵ月ぶりに日本は再び「原発稼動ゼロ」となった。
 その前日の九月十四日、この「原発ゼロ」への再出発点をふまえ、「再稼動反対!9・14さようなら原発大集会」が東京・亀戸中央公園で開かれ、主催者発表で約9000人が参加した。主催は「さようなら原発」一千万署名市民の会。
 集会では、福島からは自主避難者の二瓶和子さん(スノードロップ)などが発言、主催者からは大江健三郎さんや落合恵子さんが発言した。発言では、九月七日の国際オリンピック委員会総会で、安倍首相が「汚染水の影響は完全にブロックされている」とデタラメ発言を行なったことへの批判が相次いだ。ウソの国際公約で五輪を招致し、五輪お祭り報道で真実を隠ぺいする、こんなことは許されない。
 再稼動の攻撃(新規制基準での適合審査の申請)と闘っている原発立地点からは、柏崎刈羽原発から中村進さん(新潟県平和運動センター)、高浜・大飯原発など若狭湾から松永寛治さん(原子力発電に反対する福井県民会議)、泊原発から小野有五さん(北大名誉教授)、伊方原発から門田鈴枝さん(原発さよなら四国ネットワーク)、川内原発から下馬場学さん(鹿児島県護憲平和フォーラム)が発言。また反核燃を闘う青森、米原子力空母の稼動中の原発を問う横須賀、また東海村からも発言。
 柏崎刈羽原発については集会後の九月二五日、泉田新潟県知事が条件付で東電の審査申請を認める姿勢へ転じたが、そもそもフクシマを抱える東電に再稼動の資格など一切ない。また伊方原発では1988年に、原発から800m地点に米軍へりが墜落したことがある。オスプレイ低空飛行訓練などは危険きわまりない。原子力規制委員会は、これら各原発の適合審査などは一切中止し、福島第一の放射能封じ込めに総力をあげよ。
 10・13原発ゼロ統一行動(午後一時・日比谷公会堂、午後五時・国会前)に結集しよう。(東京W通信員)


9・11脱原発テント3周年
  経産省を怒りの包囲

九月十一日、「オリンピックよりも被災者の支援を!原発再稼働よりも福島第一原発の終息を!」を掲げた「テント三年目 怒りのヒューマンチェーン」が、経産省前テントひろばの呼びかけで取り組まれた。昼過ぎから夜にかけて、経産省申し入れ、抗議集会、人間の鎖による経産省包囲と、長丁場の抗議行動が展開された。
 テントひろば代表の渕上太郎さんは、次のようにアピールした。「東京でオリンピックをやる金があるならば、福島の一五万人を超える避難者につぎ込むべきだ。放射能で汚染された水は、三四万トンも溜まっている。海に流れている。それなのに安倍首相は、放射能を港湾内に閉じ込めているなどと国際的にウソを言った。第一原発の事故による関連死は三四〇〇人にも及んでいる。だが経産省は大手を振って原発推進のままだ。さきほど、原発立地で反対運動を取り組んでいる仲間が申し入れを行ったが、不誠実な態度を繰り返していた。原発をやめないならテントは撤去しない」と。
 続いて原発立地で闘う仲間が発言。
 北海道・泊原発に反対する仲間は、「韓国は、日本の8県からの食糧輸入を禁止した。品目としては北海道が一番多い。経済活動に被害が及んでいる。泊原発の再稼働をやめてもらいたい」と。
 福井県・若狭の仲間は、「経産省は、原発推進の西川誠知事のいうことだけを聞くな。一人一人の声をちゃんと聞け」と。
 愛媛県・伊方原発に反対する仲間は、「九月十三日に原子力規制委員が、再稼働に向けて伊方原発の立ち入り調査に来る。ゲート前で抗議活動を続けているが、この日も抗議を行う」と。
 鹿児島県・川内原発に反対する仲間は、「川内原発がある土地は、火山灰で脆弱だ。阿蘇山、桜島、新燃岳という活火山がある。六っつの活断層もある。もし事故が起これば偏西風に乗り日本列島は放射能まみれになる。再稼働をやめろ」と。
 そして脱原発テント裁判弁護団、原発いらない福島の女たちの会、福島の男性など多くの発言が続いた。
 経産省を包囲するヒューマンチェーンは八時過ぎに完成。脱原発テント三周年目にはいる節目の抗議行動をにぎやかに終えていった。
 
     テント第3回公判

 九月十二日、東京地裁一〇三号法廷で、経産省前脱原発テントの撤去を国が要求している裁判の、第三回口頭弁論が行なわれた。
 渕上太郎さん(被告人)は、その追加の意見陳述において安倍首相がオリンピック招致のために行なった汚染水垂れ流し隠しの大嘘発言をとりあげ、「事故は収束しておらず、裁判をやっているどころじゃないだろう」と厳しく批判した。
 弁護団は、「テントの撤去は福島原発事故の未収束を隠ぺいするのが目的」、「この裁判は訴権の乱用であり、却下されなければならない」と述べた。
 さらに弁護団長は、被告人とり違え問題を「単なるミス」で逃げようとする国側に対して、「訴訟を取り下げるべきだ」と迫った。
 裁判終了後、参院議員会館講堂で報告集会がもたれ三三〇人が参加、会場は満杯となった。
 次回の口頭弁論は11月29日。(東京M通信員)


9・29あいば野集会に800名
  オスプレイ来るな!

 沖縄米海兵隊のオスプレイを使用しての初の日米合同戦闘訓練が、十月七日〜十八日に滋賀県あいば野自衛隊演習場で強行されんとしている。
 これに反対し九月二九日、「オスプレイ来るな!日米合同軍事演習反対!9・29あいば野集会」が近江今津地区の公園にて、約800人の参加で行なわれた。前段で、今津駐屯地への演習中止申し入れも行なわれた。主催は、フォーラム平和・関西ブロック、2013あいば野に平和を!近畿ネットワーク。
 フーラム平和の石子雅章さんの開会挨拶の後、沖縄平和運動センターの山城博治さんが激しく連帯の挨拶、「沖縄の負担軽減というウソに、本土はだまされちゃいけない。アメリカの仕掛けた戦争に我われは二度と巻き込まれちゃいけない。普天間基地も、オスプレイも、アメリカに持ち帰ってもらうため、断固として共同の闘いを続けよう!」と訴えた。
 参加人員は、主催側の予想を超えた。広島、名古屋からも結集し、また労組では自治労滋賀・京都が部隊で参加。大阪からは、全港湾などと共に、釜ヶ崎日雇労組も35名が参加した。(関西I通信員)


 9・29堺市長選、橋下一派敗れる
  維新の開始も終わりも堺から

 橋下徹が大阪維新の会を立ち上げる原点であった大阪府堺市、その市長選が九月二九日投開票され、共産を含め各党相乗りの竹山修身候補198431票、維新公認の西林克敏候補140569票となり、維新は府内の首長選で初めての敗北となった。(公明は自主投票)。この結果で明確に勝敗がついたとも言いがたいが、竹山陣営のキーワードは「堺はひとつ・堺をなくすな」であり、大阪都構想では堺がぐちゃぐちゃにされるんではないかという市民の危機感が、票の流れを作ったといえる。
 投票率は50・7%で前回を上回ってはいるが、全国的に注目の選挙であっても、地元では選挙戦の喧騒感はなく、いったいどこで選挙活動をしているのかという思いもあった。やはり日本の選挙は冷めている。選挙が終れば俺たちには関係のない政治が粛々と行なわれるだけだ、といった冷めた意識が蔓延していると思えるのである。
 まさに市民のこうした不満やあきらめをうまく活用し、抱き込んできたのが橋下政治の流れであった。橋下は「既成政党からの脱却」をかかげ、大阪府知事として登場した。その知事時代の前回堺市長選で、彼のもとで企画政策部長などを歴任していた竹山を、木原市長の対抗馬として送り出したのであった。前回市長選では、各党相乗りの木原、共産は独自候補、竹山は橋下の応援だけであったが、予想をはるかに上回る大差で竹山が勝った。国政ではその直前に民主党による政権交代があり、この流れに乗ったともいえる。
 竹山が堺市長になると、橋下は大阪維新の会を設立、大阪都構想の実現へ動き出す。当時負け続きの自民議員が、維新の会に寄り集まった。
 橋下は大阪市と堺市の合併構想を竹山に呼びかけ、おれの力で市長になれたんだから支持するだろうとしたが、案に反し竹山は橋下と袂を分った。それで今回、橋下から刺客として送り込まれてきたのが西山であった。西山は、例によって「堺八策」と唱えたが、その知名度は低く、区割り制度の弊害が出た選挙戦だったともいえる。
 さて、現在の大阪府知事・松井や大阪市長・橋下が打ち出している大阪都構想は、経済効果の数字だけが踊っており、さらに二十年先のオリンピック誘致の掛け声もあるが、どういう町づくりがあるのか不明である。
 堺と大阪では、市民感情は大きく違う。いま堺は、百舌鳥と古市にまたがる古墳群を世界文化遺産に、など歴史の町というイメージを売りにしているが、都構想とはどのように折り合いをつけるのか。それらも不明確で、松井や橋下には、ただ経済活性化、カネ・カネの発想しかない。
 堺には、「もののはじまり、なんでも堺」という言葉がある。大阪維新の会の始まりが堺なら、その終わりも堺に始まるというのがいいのではなかろうか。(堺市民M)


JR北海道の「誤認28年」は、何に重なるか
  安全無視の元凶は国鉄分割民営化!

 一昨年の根室本線の火災事故による前尾社長の自死、その後もたび重なる事故等々で「安全無視、安全の欠如、モラルの低下」と報道されていたJR北海道であったが、今年に入っての事故は根底的な会社の経営本質が問われる事態となっており、政府・国土交通省が乗り出さざるを得ない状況に発展している。
 九月十九日、函館本線大沼駅構内で発生した、貨物列車の脱線事故である。二年前、国土交通省の安全監査がなされた際、なぜここまでに至る事態を監査出来なかったのか疑問が残るが、今回は余りにも杜撰な内容であったがゆえに事態を明からにせざるを得なかったと言える。
なぜならば、レールの異常「許容値」を、「28年間誤認」していたと言う事実である。更には証言として、「現場では人・モノが足りず」、「雑草刈りに係りっきり」、「人事評価を考えると何も言えない」とある。これらに対して、菅官房長官は「安全管理に取り組む姿勢や職員規律に問題があるのでは」とコメントし、政府筋からは「JR北海道特有の問題」とも指摘しているようだ。しかし、なぜ、このような事態に至っているのか。
 まさしく、今から28年前、当時の中曽根首相が戦後総決算と評して、総評と国労の解体を目論んでの「国鉄分割・民営化」が強行された。これが「28年間誤認」と符合する。
分割民営化によって、現場の安全輸送を支えた中核的労働者を組合差別で排除し、全く経験のない労働者を替りに送りこんだ。特に北海道は1047名解雇の大半を占め、技術の伝承はおろか、人間関係までズタズタにされた地域である。この攻撃に多くの労働者が死をもって抗議した。しかし政府自民党、国鉄当局はなりふり構わず強行し、今のJRとなった。
 JR社是は、「お客様を大切にします。安全輸送に徹します。知恵と活力を結集します」となっているようだが、社是を実行するのは、そこで働く労働者である。その労働者に必要な資材も与えず、牛馬の如く働かせ、会社の意に添わない者は差別するという職場環境に、良き伝統の継承などあり得るはずがない。大量・大衆輸送機関に携わる労働者には安全に対する特別の自負があり、その技術を若い世代に繋げていくことへの誇りもあったと思う。残念ながら、今はどうか。
 「ハインリッヒの法則」は、労働災害の経験法則として有名だ。一つの重大事故の背後に29の軽微な事故、その背景には300の異常が存在するという。安全輸送の使命を、JRは考えるべきだ。分割民営化により解雇、広域配転、そして、自死に追い込まれた多くの労働者、その家族がこの事態を嘆いている。(北海道M)