道州制論議に寄せて-地方支配の歴史的変遷N
 住民自治に対立する道州制
                         堀込 純一

Yグローバル時代の道州制構想

 小泉内閣時代(二〇〇一年四月〜二〇〇六年九月)、三位一体改革とともに、他方では道州制の必要性が叫ばれていた。中でも、最も精力的かつ熱心に道州制の導入を唱えていたのは、財界であった。

(一)道州制にかける財界の狙い

 日本経団連は、橋本内閣時代の一九九六年一月に、『経団連ビジョン2020』で、すでに「中央政府のスリム化と省庁の再編」、「新首都を建設し、新しい分権型国家システムを構築する」とし、「外交力を強化し『活力あるグローバル国家』にふさわしい国際的責務を担う」と強調していた(下線も、ゴチックも、引用者)。
 中央省庁の再編は、一九九九年七月に成立した中央省庁等改革関連法により、二〇〇一年一月から従来の1府21省庁体制が1府12省庁体制へ移行していった。

 〈地域主体で新たな豊かさ求め州制導入〉
 小泉内閣時代の二〇〇三年一月には、新ビジョン・2025年度の日本の姿『活力と魅力溢れる日本をめざして』(いわゆる奥田ビジョン)を発表して、日本を「活力と魅力溢れる国」として再生することを提唱する。
 奥田ビジョンの構成は、「第1章―新たな実りを手にできる経済を実現する」、「第2章―個人の力を活かす社会を実現する」、「第3章―東アジアの連携を強化しグローバル競争に挑む」、「第4章―改革を実現するために」という章立てとなっている。
 その狙いは、第1章、第3章が示すように、グローバル競争に打ち勝ち、新たな経済成長を実現することにある。
 その目標を実現するためには、「個人の力を活かす社会を実現」しなければならないとする。そして、「個人に画一的な生き方、横並びを強いる企業中心の社会を過去のものとし、明確な価値観を持ち自立した個人を中心とする社会に転換していく。」とした。個人の力を活かす社会を実現するためには、「個人の多様な必要性や欲求に柔軟に対応できるよう、官と民、国と地方の役割を根本から見直し、地域が主体となって新しい豊かさを発信していく。そのため州制を導入する。」とする。
 つまり、ここでは、州制導入の必要性が、従来の「官と民、国と地方」のあり方を根本から見直し、「地域が主体となって新しい豊かさ」を求めるところにある。
 対外的には、「東アジアの連携を強化しグローバル競争に挑む」とする。そして、経団連は、改革を実現するために、「民主導の経済社会を実現する」ためにリーダシップを発揮するとともに、「21世紀の国際制度間競争に勝利する日本をつくる。」とし、とりわけ「政党機能の強化とあわせ、総理のリーダーシップが十分に機能する体制を整える」と、強調している。
 
 〈9条改悪で財界三団体の足並み揃う〉
 経団連は、二〇〇四年七月に「国の基本問題検討委員会」を設置し、安全保障・外交、憲法問題などを検討してきたが、二〇〇五年一月に、その結果をまとめた『わが国の基本問題を考える――これからの日本を展望して――』を発表した。
 その内容は、第一章―わが国を取り巻く問題認識、第二章―これからの日本が目指すべき道、第三章―外交・安全保障を巡る課題、第四章―憲法について、第五章―より民主的で効率的な統治システムの実現、第六章―政策別の重要課題、という構成となっている。
 この報告書は、「冷戦終結後、国際社会はテロ、ミサイルなど複雑で、予測困難に変化」しており、戦後の日本の繁栄を支えてきた従来の基本的枠組では対応が困難となっているという認識の下で、日米安保体制の維持・強化とともに、自衛隊の保持と集団的自衛権を行使できることを明記するために憲法9条2項(戦力・交戦権の否認)の改悪を提言している。これは、経団連としては初めてのことである。
 すでに、経済同友会は二〇〇三年四月に、日本商工会議所は二〇〇四年一二月に、9条改悪を提言しており、今回、経団連が同じく9条改悪に踏切ったので、経済三団体の改憲への足並みが揃うことになった。
 この報告書では、道州制については論じていないが、第五章で、「戦後大きな役割を果してきた官主導型、省庁別の国家運営体制も見直しの時期にある」として、立法府、行政府、司法府でのそれぞれの課題をあげ、「行政府においては、省庁再編の総点検を行い、内閣府機能の強化や省庁縦割りの排除、公務員制度の抜本改革」などの課題をあげている。前述の橋本行革による中央省庁の再編レベルでは、徹底的に不十分なのである。そして、最後に「さらに、国と地方の関係の見直しを進める。」としている。
 この報告書のこれら以外の面でも、その特徴は、全体的に、自民党色に接近していることである。たとえば、「国民の間に無責任な利己主義が蔓延し」とか、「『公』を担う気概が失われている」とかの文言である。これはまさしく自民党の文書かと見まがうほどであり、個人を抑圧してきた日本社会を批判する二〇〇三年の奥田ビジョンとは様変わりである。
 なお、この報告書でも、二〇〇七年ごろまでに消費税を10%程度にまで引き上げ、その後も段階的に引き上げ、欧州並みの税率にするよう、提言している。

 〈10程度の道州で900の市町村〉
 二〇〇七年元旦には、『希望の国・日本』(いわゆる御手洗ビジョン)が発表される。
 御手洗ビジョンは、「はじめに」と「おわりに」を除くと、第1章―今後10年間に予想される潮流変化、第2章―めざす国のかたち、第3章―「希望の国」の実現に向けた優先課題、第4章―今後5年間に重点的に講じるべき方策、第5章―2015年の日本の経済・産業構造、となっている。
 御手洗ビジョンは、道州制について、第3章で取上げ、従来になくまとまったものとして提唱している。そして、道州制の導入について、「2015年度を目途」とするように期限を明確に切った。
 すなわち、「今後、グローバル化は国内に浸透し、各地は、地域間競争のみならず国際競争にもさらされる。」ので、地方は、それぞれに差別化戦略を展開し、国際競争に勝てるようにする必要がある。「このような地方分権の担い手となる地方を実現するために、経団連は、2015年度を目途に『平成の廃藩置県』として道州制の導入を目指す。道州が、広域的な経済圏の形成に主体的かつ自立的に取り組むようになれば、道州間、さらには海外諸地域との競争と連携が進み、天災や人災にも強い分散型の国土・経済構造が形成される。」とした。そして、10年後の姿としては、「現在1800強ある市町村は、少なくとも半分程度までに統合されている。47都道府県は、社会経済・地理・歴史・文化など諸条件に配慮して、10程度の道州に再編されている。」ことを描いている。
 「平成の市町村合併」で1800強にまで減少し、基礎自治体としての機能が不可能となっている大都市が増えているのに、経団連はさらに合併を推進するというのである。この点だけでも、道州制が地方自治の観点から言えば、失格なのである。
 
 〈本格的な道州制の提言〉
 日本経団連は、二〇一五年に道州制を導入することを目指し、本格的な活動に入った。二〇〇七年三月に、道州制そのものをテーマとした「道州制の導入に向けた第1次提言」を発表し、同年五月以降は新設した道州制推進委員会が中心となって各地でシンポジウムを開催し、「国民の理解促進」に向けた活動を展開している。そして、二〇〇八年三月には、「道州制の導入に向けた第2次提言(中間とりまとめ)」を発表した。
 第2次提言は、「はじめに」と「おわりに」を除くと5章で構成され、「1、道州制の導入に向けた国民の理解と政治主導の重要性」、「2、道州制の導入で変わる地域の経済・社会、期待される効果と課題」、「3、道州制のもとでの国、道州、基礎自治体の役割」、「4、今すぐ着手すべき7つの改革」、「5、道州制の導入に向けたロードマップ」となっている。
 日本経団連が考える道州制は、簡単に言うと次のようなものである。@現在の都道府県を廃止し、これに替わる広域自治体として全国を10程度に区分する「道州」を新たに設置する、A地方公共団体を道州および市区町村などの基礎自治体という二層制とし、道州、基礎自治体それぞれの自治権を活用し、真の住民自治を実現するために必要な権限と財源もあわせて備えさせる。B現在、1府12省庁ある中央省庁を半数程度に解体・再偏する。
 第2次提言は、「道州制の導入は、国と地方の役割や統治のあり方など、行政のあらゆる面を見直す『究極の構造改革』である」と断定して、道州制の意義・目的を次のように2点あげている。
 第一に、「中央集権制から地域自立体制へと国の統治のあり方を根本から改革することを通じて、道州、基礎自治体による多様な地域経営の実践を可能」にし、「グローバルな視野に立って」「新たな成長を創造し」、「各地に活力に富む自立した広域経済圏が形成され、東京一極集中が解消していく」ことにある。第二に、「縦割りの弊害が顕著となっている行政の実態、ならびにいまだ実質的に上下・主従の国と地方の関係を根本から見直し、より住民に近いところで道州および基礎自治体が内政を担うことによって行政サービスの質的向上を図り、真の住民自治が実現する」ことである

 〈グローバル時代の大企業のための国内統治〉
 だが、道州制が導入されると、「各地に活力に富む自立した広域経済圏が形成」されるとする経団連の提言は、全くの幻想である。これが問題点の第一である。
 そもそも、従来、東京一極集中が進んだのは、新自由主義の下で、利潤追求のための企業間競争が激烈に進行し、海外の現地法人や国内の子会社・支店・地方工場などで獲得した利潤が本社機能の集中する東京に蓄積したためである。東京一極集中は、部分的には、中央省庁の許認可権限の問題もあるが、主要には資本主義そのものがもたらしたものである。
 むしろ、道州制を導入すれば、新自由主義の弱肉強食の下で、地域間格差がさらに拡大するであろう。というは、道州間の競争は、既に明白となっているように税源が豊かな地域、インフラが整っている地域が圧倒的に有利なのであり、その結果は、東京、横浜、名古屋、大阪、福岡などごくわずかな大都市のみが繁栄し、他の都市はより衰退するからである。また、同じ道州内であっても、格差が拡大し、州都などのみ栄えて、他は衰退することとなる。地域間格差が激しくなることは、新幹線の沿線をみれば一目瞭然である。便利な新幹線で栄えたのは大都市に限られ、他の都市や農村は軒並み過疎となっている。
 問題点の第二は、経団連は道州制が導入されれば、地域経済が活性化するなどと経済的メリットばかりを強調しているが、地方自治の存在理由はそのためにあるのではない。地方自治の意義は、そこに居住する住民の生活と基本的権利を住民自らが守ることが第一義的なものである。地域経済を活性化させるのは、その第一義的任務に沿う限りである。地域経済の活性化と言って、大資本の主導性の下で、ごく一握りの大都市だけが栄え、多くの自治体が荒廃・衰退してしまうのは本末転倒である。
 大企業・多国籍業の利益のために、グローバル時代の競争に勝ち抜くためにと、道州制を強調する経団連など資本家団体の狙いがあまりにも露骨で、この点を集中的に批判されることが痛かったのか、経団連はこの提言では、「道州制の導入で変わる地域の経済・社会、期待される効果と課題」の章で、以下に述べるようにさまざまなメリットを書き上げる。
 すなわち、@防災・消防体制が強化される。A地域の治安が向上する、B子育て支援、人材育成策が充実する、C地域医療・介護の体制充実が図られる、D独自の産業振興が展開され、雇用が創出される、E地域資源を活かした観光産業が推進される―というのである。
 しかし、これらすべては、論理的に言って、道州制であるが故に実現するというものではない。都道府県制の下でも、既に実行されていたり、あるいは改善すれば実現しうるものばかりである。(ただし、資本主義制度の下では、自治体による雇用の創出は限界がある)
 第三の問題点は、経団連が経済的メリット以外の理由をさがそうとして失敗したことである。経団連は、地方自治で肝心のものを欠落させているのである。それは、日本の支配層が戦前から培い・宣伝してきた「単一民族論」の誤まったイデオロギーから、経団連が未だもって解放されていないことを意味する。
 地方自治の改革を述べるならば、真っ先に民族問題、ないしはこれに同等するような重要な理由から必要とされる、特別の自治州建設問題が取上げられるべきである。すなわち、アイヌ民族の「特別自治区」や沖縄の「特別自治州」問題などである。
 アイヌ民族は、明治維新以降、より一層抑圧され、民族消滅の危機に陥っているのであり、北海道にアイヌ民族のための「特別自治区」の設置は不可欠である。同様に、琉球人についても、(ここでは、琉球人が独自の民族であるか否かは問わないが、)薩摩藩や明治政府の琉球処分や、沖縄戦ならびに戦後の筆舌に尽くしがたい苦難、返還後も米軍基地が集中し本土の犠牲となっている歴史的経緯をみるならば、本土の一般県とは異なる「特別自治州」の設置が不可欠である。そこでは、特別の権限と財政的裏付けが必要となろう。
 第四に道州制の導入により、「真の住民自治が実現する」というが、これもまた誤りである。住民自治は、団体自治とともに発展するのであり、そこでは基礎自治体優先の原則が発揮できる行政制度が必要である。ところが、提言は従来からの、中央政府―中間政府―市町村政府というピラミッド型の階層的序列の発想を引き継いだもので、基礎自治体優先の原則は封じられている。このことは、道州間や基礎自治体間での調整問題を解決する機関として、「道州政策協議機構(仮称)」をあげて、基礎自治体を排除していることだけでも明らかである。階層序列の下では、中間政府と基礎自治体(市町村)の間における支配・従属関係は継続するのであり、上下・主従関係は完全には払拭できないのである。(つづく)