道州制論議に寄せて-地方支配の歴史的変遷M
 地方犠牲の三位一体改革
                     堀込 純一

   X新自由主義と上からの分権

(四)地方財政を疲弊させた三位一体改革

 地方分権一括法成立後の地方分権改革の中心課題は、地方政府の財政自主権の確立強化であった。小泉政権は、これを三位一体改革として行なおうとした。
 三位一体改革とは、地方分権と国・地方の行財政改革のために、@国の自治体への補助金の削減、A国から地方への税源の移譲、B地方交付税の縮減―の三つを同時に進めようという政策である。
 三位一体改革の方針は、二〇〇二年六月二五日に閣議決定された「骨太の方針2002」で、初めて明らかにされた。そして、2003年度予算において、三位一体改革の芽だしとして、約五六〇〇億円の国庫補助負担金が削減され、そのうち義務教育費国庫負担金など二三〇〇億円程度は一般財源化されたが、残りは公共事業などで単なる削減となった。他に、市町村道に対する補助金は原則廃止となり、自動車重量譲与税の譲与割合の引き上げという形で一種の税源移譲が行なわれた。

〈2003年度―地方交付税の大幅削減で悲鳴〉

 二〇〇三年六月二七日に閣議決定された「骨太方針2003」では、三位一体改革の具体的工程が、次の通り決定された。
 @庫補助負担金の改革―二〇〇六年度までに、おおむね4兆円を目途に廃止・縮減等の改革を行なう。
 A地方交付税の改革―国の歳出の徹底的な見直しと歩調を合わせつつ、二〇〇六年度までの期間中に、以下により、地方財政計画の歳出を徹底的に見直す。*国庫補助金負担金の廃止・縮減による補助事業の抑制、*地方財政計画上、人員を4万人以上純減、*投資的経費を一九九〇〜九一年度の水準を目安に抑制、*一般行政経費等を現在の水準以下に抑制
 B税源移譲を含む税源配分の見直し―二〇〇六年度までの期間中に、廃止する国庫補助負担金の対象事業の中で引き続き地方が主体となって実施する必要のあるものについては、税源移譲する。税源移譲にあたっては、8割程度を目安として移譲し、義務的な事業については所要の全額を移譲する。
 これに対し、地方団体は大きな期待をもって、具体的な負担金の廃止リストや数字を提案した。指定都市は、検討対象として18・1兆円の国庫補助負担金のうち、8兆円を廃止し、7・2兆円を税源移譲すべきと提言した。全国市長会も、同じく15・3兆円のうち、5・9兆円を廃止し、5兆円を税源移譲すべきとした。全国知事会は、11・2兆円のうち、8・9兆円を廃止し、7・9兆円の税源移譲を行なうべきとした。
 だが、政府・与党は解散・総選挙などもあって、地方に比べ決して熱心だったとは言えない。ようやく一二月一九日に、政府・与党間で、2004年度予算での三位一体改革の内容について最終的なとりまとめが以下のように行なわれた。
 (1)国庫補助負担金の改革……一兆三〇〇億円
 2004年度予算において、一兆円の廃止・縮減等の改革を行なう。
ア 恒久的一般財源化(公立保育所運営費など)……二四四〇億円
イ 暫定的一般財源化(義務教育費国庫負担金のうち退職手当、児童手当分……二三〇九億円
ウ 公共事業等の削減・交付金化……五五〇〇億円
 (2)税源移譲……六五五八億円
 2006年度までに、所得税から個人住民税への本格的な税源移譲を実施することとし、それまでの間の暫定措置として所得譲与税を創設する。
ア 2003年度、2004年度の国庫補助負担金の一般財源化に対応して、所得譲与税として税源移譲……四二四九億円
イ (1)イに対応して、税源移譲予定特例交付金を交付(将来の税源移譲対象)……二三〇九億円
 (3)交付税の改革
 投資的経費の大幅な削減、地方公務員の一万人純減などにより、地方歳出の抑制を行ない、交付税の総額を16・9兆円(対前年比マイナス1・2兆円、マイナス6・5兆円)に抑制する。
 これに対して、地方団体側からの評価は、さまざまなものがあった。その中で、特徴的なのは、一兆円の国庫補助負担金が削減されたこと、所得税からの税源移譲が確約されたことなどが好感された。しかし、国庫補助負担金の削減の割には、税源移譲が少なく過ぎること、地方の自由度が少なすぎること、交付税が唐突でかつ大幅に削減されたこと、改革の全体像が示されていないことなどには批判が高まった。とりわけ、地方側にとって直下の問題は交付税の大幅削減である。これでは、間近に迫る来年度予算が組めないという悲鳴が各所であがった。

 〈2004年度―国・地方協議機関の設置〉

 「骨太の方針2004」が、六月四日に閣議決定された。その趣旨は、以下のようなものである。
 @2006年度までの改革の全体像を2004年秋に明らかにし、年内に決定する。
 A税源移譲はおおむね3兆円規模を目指す。
 B地方団体に国庫補助負担金改革の具体案を取りまとめるよう要請する。
 C税源移譲は、2006年度までに所得税から個人住民税への本格的な税源移譲を実施する。その際、個人住民税の税率をフラット化する。
 D地方の歳出を見直し、抑制しつつ、地方団体の安定的な財政運営に必要な一般財源の総額を確保する。
 「骨太の方針2004」を受けて、地方六団体は、さっそく具体案の作成にとりかかった。原案の作成は全国知事会が中心にとりまとめることになり、八月十八〜十九日の新潟会議で討論し、これを他の五団体が承認することによって、地方六団体の統一案が決定された。さまざまな利害対立から統一案の作成は危ぶまれたが、大局的な観点から大同につくとして、以下のような内容を多数決で決定した。
 (1)改革案を提示する前提条件として、国と地方の協議機関を設置し、地方の意見を確実に反映することの担保を求めた。また、税源移譲との一体的実施、確実な税源移譲の実行等も求めた。
(2)2006年度以降も含めて、9兆円の国庫補助負担金の見直しと8兆円の税源移譲を全体像として示した。
(3)2006年度までの改革案として、3・2兆円の国庫補助負担金の廃止と、3兆円程度の税源移譲を提示した。
 地方六団体の改革案を受けて、中央政府でも本格的な検討が行なわれた。しかし、各省庁の抵抗はすさまじいものであった。一〇月二八日に各省庁から示された回答は、2006年度までの国庫補助負担金廃止3・2兆円という地方案に対し、たった810億円にしか過ぎなかった。
 以降、三カ月にわたって行なわれた厳しい議論と困難な調整の上に、一一月二六日、次のような政府・与党の合意がなされた。
 (1)国庫補助負担金の改革
 2005年度および2006年度の予算において、3兆円程度(2兆8380億円)の廃止・縮減等の改革を行なう。そのうち1・8兆円は税源移譲につながるもの、0・5兆円はスリム化、0・6兆円は交付金化である。議論のネックとなった義務教育費国庫負担金の一般財源化、生活保護・児童扶養手当の補助率の見直し、建設国債対象経費である施設費については、先送りとする。
 (2)税源移譲
 2004年度に所得譲与税および税源移譲予定特例交付金として措置した額を含め、おおむね3兆円規模を目指すこととされ、その8割方にあたる2・4兆円について内容が定められた。
 (3)地方交付税の改革
 2005年度、2006年度は、地方団体の安定的な財政運営に必要な一般財源の総額を確保するとされ、「骨太の方針2004」を改めて確認している。(一二月の来年度予算への反映として、地方交付税の総額は16・9兆円で、前年度比0.1%増となった)

〈2005年度―6・8兆円の内、税源移譲3兆円〉

 2005年度の三位一体改革の大きな課題は、残り6000億円の税源移譲につながる国庫補助負担金の改革の具体化と、2005年中に結論を得るとされた個別の国庫補助負担金、すなわちA義務教育費国庫負担金、B生活保護費負担金および児童扶養手当、C施設費の取扱いである。
 中央政府側は、残り6000億円の国庫補助負担金の削減案を地方側に依頼した。前年の手法を再び採ったのである。また、Aについては、三月から中央教育審議会(中教審)で議論が開始され、Bについては、四月から関係者会議が設置され議論が開始された。
 したがって、六月二一日に閣議決定された「骨太の方針2005」では、三位一体改革については、既に決定されていることが記述されただけであった。
 七月二〇日、地方六団体が国庫補助負担金の改革案を政府に提言した。それによると、総額は9970億円で、うち主なものは施設費が5200億円、経常経費が4470億円となっている。地方六団体側の主張によると、前年に3・2兆円の改革案を提起したが、実現しなかったものが約2兆円もあり、今回はその中から優先して廃止すべきもの約1兆円を選んだというのである。政府の要請は6000億円であったが、約1兆円の改革リストとなったのは、昨年の経緯から歩留まりみたためと、生活保護費などをいれさせないためである、という。
 また、この改革案には、引き続き第二期改革の実行、国と地方の協議の場の制度化、地方側の案にない国庫補助負担金を入れないこと、とりわけ補助負担率の引き下げを行なわないことなども盛り込まれていた。
 小泉政権は、郵政民営化法案をめぐっての激しい対立で、九月に解散総選挙となり、三位一体改革はほとんど進まず、ようやく動き出すのは、一一月に入ってからである。
 6000億円の税源移譲の実現に向けて、政府は各省庁にノルマの割当を行なう。しかし、やはり官僚の抵抗は厳しく、各省庁の第一次回答はほとんどゼロ回答に近いものであった。例の如く、さまざまな根回しが行なわれ、ようやく一一月三〇日、政府と与党の合意がなされた。その趣旨は、以下の通りである。
(1)国庫補助負担金の改革として、税源移譲に結びつく6540億円程度の改革を行なう。前年までに決定した3・8兆円程度とあわせて、目標としていた4兆円を上回る改革を達成することとなる。
 義務教育費国庫負担金については、制度を堅持するという方針の下、小中学校とも国の負担割合を2分の1から3分の1に引き下げ、8500億円程度の減額および税源移譲を実施する。
 生活保護費については、国庫負担率は下げない。児童扶養手当の負担率を4分の3から3分の1へ、児童手当の負担率を3分の2から3分の1へ引き下げる。
 施設費については、公立学校など一部を税源移譲の対象とし、廃止・減額分の5割の移譲を行なう。
(2)上記のような国庫補助負担金の改革の結果、税源移譲額は6100億円程度となり、前年に既に決定されていた分2兆3990億円と合わせて、3兆90億円程度となる。目標としていた3兆円規模の税源移譲が実現することとなる。
 
 小泉政権の三位一体改革については、当初、使途の自由な自主財源が拡大することを期待する地方自治体の多くは歓迎した。だが、結果的には、地方交付税がマイナス5・1兆円、国庫支出金がマイナス4・7兆円となり、税源移譲されたのはわずか3兆円でしかなかった。合計で、6・8兆円の地方財政支出の削減となった。
 これは、図(岡田知弘著『道州制で日本の未来はひらけるか』自治体研究社 2008年 P.80)で示されるように、国と地方の歳出純計額の格差が拡大し、中央財政の赤字拡大の緩和を地方財政の犠牲の下で進められたことがよくわかる。この地方の疲弊もまた、二〇〇九年衆議院選の自民党敗北の要因の一つとなったのである。(つづく)