道州制論議に寄せて-地方支配の歴史的変遷K

 戦前から続く機関委任事務廃止

                          堀込 純一

X新自由主義と上からの分権

 (二)分権一括法で機関委任事務制度を廃止

 地方分権一括法(地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律)は、一九九九年七月八日に可決され、同月十六日に公布された。地方分権一括法(以後、分権一括法と略)は、二三府省庁にまたがる475本の法律(およそ日本の法律の三分の一に及ぶ)を一括して改正したもので、従来にない大がかりなものである。
 分権一括法の概要は、当時の内閣内政審議室によって作成され、一九九九年三月二六日に閣議決定されたものによると、おおむね以下の通りである。
1、国と地方公共団体が分担すべき役割の明確化、2、機関委任事務制度の廃止とこれに伴う事務区分の創設、3、地方事務官制度の廃止、4、国の関与等の見直し、5、権限委譲の推進、6、必置規制の見直し、7、地方公共団体の手数料に関する規定、8、地方公共団体の行政体制の整備・確立である。

〈地方自治の本旨の明確化へ前進〉
 分権一括法は、その性格からして、地方自治法にもっとも関連が深く、地方自治法の大改正となった。
 憲法九二条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」としている。「地方自治の本旨」なる文言があるが、しかし従来、「地方自治の本旨」は、地方自治法でも、この内容について規定されておらず、したがって、為政者によって恣意的に解釈される傾向があった。
 それが、今回、不十分ではあれ、改正地方自治法において言及され、今後の住民自治の発展に役立ちうる余地を広げたのである。(分権一括法の問題点については後述)
 それは、第一条2項で、以下のように規定されている。
 地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。
A国は、前項の規定の趣旨を達成するため、国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点に立つて行わなければならない施策及び事務の実施その他の国が本来果すべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性が十分に発揮されるようにしなければならない。(傍線は引用者)
引用された条文の傍線部に、「地方自治の本旨」が表現されており、とりわけ、「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本」とする点は、「基礎的自治体優先の原則」が述べられている。
 だが、表現としては、「国が地方公共団体に行政をゆだねる」形になっていることは、問題である。「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体が担うように」、主権者が規定するからである。

〈自治をゆがめる機関委任事務の廃止〉
 地方分権推進委員会などでの論議は、さまざまなものがあったが、結局、分権一括法では「機関委任事務の廃止」が中心的なテーマとして打ち出された。
 従来、地方公共団体が行なう事務には、公共事務、団体委任事務、行政事務および機関委任事務があった。
 公共事務とは、「戦前の市町村いらい当然に自治体の仕事とされてきたもので、主に住民生活助成のはたらきとして、公共施設づくりや助成金給付や『指導要綱』行政といった非権力的なサービス・指導行政を指し、それに自治体の組織や財政の事務が加えられる」(兼子仁著『地方自治法』岩波新書 1984年 P.17)。
 行政事務とは、「戦前の市町村自治体にはふつう認められなかった権力行政(刑罰にもつながる強権をつかう行政)」(同前、P.17)を指す。たとえば、地域の公害防止、生活環境整備、衛生・商品検査、建築規制、自然保護など、地域住民の生活を守るために事業活動を取り締まる事務である。
 地方自治体の仕事は、地方自治体が自らの責任と負担において行なう本来の仕事(固有事務)と、国や都道府県など他から委任された仕事(委任事務)とに分けることができる。このうち委任事務は、さらに団体委任事務と機関委任事務とに分かれる。
 団体委任事務とは、個別の法律や政令によって地方自治体にその処理が任された事務である。ただし、団体委任事務は、委任された自治体自身または住民のために処理することになるので、地方議会の議決の対象になる。
 団体委任事務は、「戦前には多くあっただろうが、戦後の現行法制にあっては、仕事の性質上からは地方自治に入らないが法律の定めによってはじめて自治体の仕事になりうるというもので、そう多くあるとは思われない。国道管理や生活保護といった国の行政にかんする費用の一部を自治体が負担すること、などが主であろう。」(同前、P.17〜18)といわれる。
 これに対して、機関委任事務は、地方自治体の執行機関(長、委員会、委員)に対して、国または他の自治体から委任された事務であり、地方自治体の事務ではなく、委任した国または他の地方自治体の事務として処理される。(この「国の事務を管理する」かぎりでは、戦前おいては、自治体の長は「国の機関」すなわち国の出先機関に位置付けられる。戦前と戦後の機関委任事務の違いは、白藤博行著「『機関委任事務』法論と地方自治」〔日本地方自治学会編『機関委任事務と地方自治』敬文堂 1997年に所収〕を参照)
 ここから、機関委任事務制度の特質が導かれる。それは、機関委任事務の処理に当たって、都道府県は主務大臣の、市町村は主務大臣および都道府県知事の指揮監督を受け、地方議会は原則として関与できない(地方議会の条例制定権、監査請求権、調査権が及ばない)のである。
 指揮監督の方法としては、調査・検閲・報告書提出などの監視、認可、訓令、取消、停止などがある。また、機関委任事務の管理執行において、法令違反がある場合は、主務大臣等は、いわゆる職務執行命令訴訟を提起することができ、この手続きを経て、長に代わっての代執行や長の罷免を行なうことができた。
 機関委任事務は、戦前から行なわれてきたものであるが、当時は、都道府県庁全体が国の総合的出先機関であったので、都道府県では主として国の事務を行なってきた。だが、戦後においては、都道府県知事が公選とされ、都道府県が自治体となることにより、戦前同様には国の事務を都道府県に押し付けることができなくなった。
 そこで、「国の各省は一九四六―四七(昭和二一―二二)年に地方出先きづくりのラッシュをおこしたのだった。その名をみると所属省がすぐわかるが、財務局・農地事務局・食糧事務所・地方商工局・地方建設部・公共職業安定所などが登場した。」(同前、P.158)といわれる。一九六〇年代以降には、経済成長と関連して開発行政・産業行政が協力に推進され、国の地方出先機関は、地方農政局や地方医務局などともに、地方建設局や地方通産局などが増強された。
 中央政府が国の事務を地方において執行する際に、採る主な手段としては、地方出先機関を建設して実行する方法と、地方自治体を通して実行する方法がある。機関委任事務は、まさに後者の方法そのものを表現しており、戦後においても、やはり地方公共団体の事務の大多数を占めていた。
 この機関委任事務が、地方自治体の仕事に占める割合は、年々増加した。「一九五二年に都道府県で一六〇、市町村で九六、合計二五六あった機関委任事務は、一九六二年には四〇八、一九七四年には五二二に増大した。現在(一九九〇年代半ば―引用者)では五六一の機関委任事務が存在し、固有事務の二〜三倍、自治体の仕事の七割から八割を占める」(重森曉著『地方分権』丸善ライブラリー 1996年 P.112)といわれている。
 
 〈代わりに法定受託事務に衣がえ〉
 これまで地方公共団体の機関によって処理された事務は、地方自治法改正で、国の指揮監督権を強く担保した「法定受託事務」と、そうでない「自治事務」とに整理され、それ以外のものは、国の直接執行事務、そして事務自体の廃止に区分された。
 当該事務を「法定受託事務」とするか否かの基準について、地方分権推進委員会の当初の議論では、「事務の性質上、その実施が国の義務に属し国の行政機関が執行すべきであるが、国民の利便性又は事務処理の効率性の観点から」判断するとされていた。
 それが、法案の段階となると、「法律又はこれに基づく政令により都道府県、市町村又は特別区が処理することとされる事務のうち、国が本来果すべき役割に係わるものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるもの」(改正地方自治法2条9項1号)というふうに変わった。
 これについて、「法定受託事務」が、“国の事務なのか自治体の事務なのか、あいまいになっている”という声がある。たしかにそのような面があるが、押さえるべきことは、前段で「都道府県、市町村又は特別区が処理する事務」と規定されていることである。つまり、第一義的には、地方自治体が処理する事務なのである。その上で、「……国においてその適正な処理を特に確保する必要があるもの」と、国の関与を保持しているのである。
 「法定受託事務」には、国から都道府県、市町村に処理させる「第1号法定受託事務」と、都道府県が市町村に処理させる「第2号法定受託事務」の二つがある。これらは、具体的には、改正地方自治法の別表第1、別表2に一覧されている。
 なお、「法定受託事務」は、いうまでもなく「法律又はこれに基づく政令」によって規定されるものであって、省令では定めることはできない。
 「自治事務」は、改正地方自治法2条8項で、次のように簡単に規定されている。「この法律において『自治事務』とは、地方公共団体が処理する事務のうち、法定受託事務以外のものをいう。」と。したがって、「自治事務には、法律でその処理が義務づけられた自治事務と、法律にとくに定めのない自治事務があることになります。」(『Q&A分権一括法と地方自治の課題』自治体研究社 1999年 P.27)といわれる。
 地方分権推進委員会の勧告の段階では、「法定受託事務」にするものの基準を厳しく定義し、機関委任事務全体の15%程度とされたが、法案の段階で官僚の猛烈な抵抗があり、基準はあいまいとなって、結局、機関委任事務の45%が「法定受託事務」となってしまった。

〈地方事務官制度は廃止〉
 機関委任事務制度の廃止にともない、同制度の下で成立していた地方事務官制度は、廃止された。
 具体例で言うと、厚生省関係では、各都道府県庁(保険課、国民年金課、社会保険事務所)で、社会保険関係の業務に従事していた地方事務官(約一万六五〇〇人)を廃止し、厚生事務官に切り替えた。また、都道府県の機関として置かれていた保険課、国民年金課、社会保険事務所を厚生省社会保険庁の地方支分局に改め、それとともに、都道府県単位の地方社会保険事務局の下に、社会保険事務所を設置した。
 労働省関係では、職業安定関係地方事務官が従事する事務(職業安定所等の国の組織を指揮監督する事務など)は、国の直接執行事務とし、職業安定地方事務官(約二二〇〇人)を労働事務官とした。これにともない、国の機関であった都道府県労働基準局、都道府県女性少年室と都道府県庁に設置されていた職業安定主務課を統合し、労働省の地方支分局である都道府県労働局を設置した。
 (つづく)