「池の中のクジラ」に化した日銀
  債券市場は四回の取引停止

 四月三〜四日、黒田新総裁の下で、初めての金融政策決定会合が開かれた。
 そこでは、@2%の物価上昇率(対前年比)を「2年間程度」で達成する。A政策目標を金利からマネーの量に変え、マネタリーベースを「2年間で2倍」(現行の138兆円を270兆円へ)にする。B国債買入れの量を年間50兆円に増加させ(二〇一三年は20兆円増加だった)、買入れ国債の対象を1〜3年物から、平均7年へ(40年債にまで拡大)延ばす。Cリスク資産(日経平均株価や東証株価指数に連動する上場投資信託ETFや、不動産投資信託REITなど)の買入れを増大させる。D「銀行券ルール」は、凍結する―などが決定された。
 黒田総裁は、会議後の記者会見で、今回の決定会合について、異次元の「量的・質的金融緩和」を行ない、「戦力の逐次投入をせず、現時点で必要な政策をすべて講じた。」と述べた。しかし、これは、あくまでも「現時点で必要な政策」の範囲のことである。未だ、日銀当座預金の「超過準備」の付利を取り消す、あるいはマイナスにするとか、外債を日銀が直接購入するとかの手段などについては、触れていない。

〈頻発するサーキットブレーカーの発動〉

 黒田氏が日銀総裁に就任(三月二一日)して間もない頃、長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りは、つぎつぎと低下し、三月二六日も、一時、0・525%となり、二〇〇三年六月以来9年9ヶ月ぶりの低水準を4営業日連続で更新した。さらに三月二八日には、0・510%まで低下した(過去最低の金利は、二〇〇三年六月一一日の0・430%)。
 その後、四月二日には、債券市場での長期金利の低下傾向は、一服していた。ところが、四月三〜四日の日銀政策決定会合に対する市場の評価は、「期待を上回る内容」と好意的なものとなり、四日の金融市場は、株高・円安・債券高(金利は低下)が進んだ。新発10年物国債の利回りは、一時、0・425%まで低下(価格は上昇)し、二〇〇三年六月の過去最低金利を更新した。
 しかし、翌五日の債券市場は、一変して大荒れとなる。朝方、債券買いが殺到し、10年物国債の利回りは、前日比0・14%低い0・315%にまで低下した。これは、昨年後半、ヨーロッパ債務危機で資金流入が加速したスイスでついた0・39%を下回り、「史上最低利回り」を更新したものである。
 だが、午後になると、市場の様相は一変する。「午後1時すぎ、過去最高値圏にあった債券の先物市場で価格が制限値幅いっぱいに急落し、取引所が一時的に売買を停止するサーキットブレーカーを発動させた。15分の中断を経て取引は再開されたが、再び価格が急落。午後1時30分に2度目の売買停止となった。」(『日経新聞』四月六日付け)のである。先物市場(注)での債券売りの殺到で、現物市場でも10年物国債の利回りが、一時、0・62%まで急騰している。
 これには、安倍首相をはじめ政府高官を緊張感を高め、顔を曇らせた、といわれる。債券相場の大荒れは、金融市場全般に影響を与えた。株式市場では、利益を確定する売りが膨らみ、日経平均株価も上げ幅を急速に縮め、高値から一気に400円近くも引き下げた。
 東京外国為替市場は、午前中に一時、1ドル=97円台と3年8ヶ月ぶりの円安水準を記録したが、午後には一気に95円台後半レベルの円高にきりかわった。証券会社のあるディーラーは、「あまりに荒い値動きに大やけどを負ったディーラーが続出した」と嘆いていた、といわれる。
 四月八日は、短期国債の利回りが急上昇に転じた。財務相が同日に実施した6ヶ月物の国庫短期証券(TB)の入札では、最高落札利回りが0・0997%と、前回三月五日の6ヵ月物の入札(0・0478%)の二倍強の水準に達したのである。黒田日銀は、長期の国債買入れに転換するという方針を出したが、TBなど短期国債の買入れ方針が明らかでなかったためである。新発10年物国債の利回りも、一時、前日比0・105%高い0・635%まで上昇する。同日、債券先物市場は、大幅な下落となり、再びサーキットブレーカーが発動され、取引が中断した。
 四月十日には、5年物国債に大手銀行からと思われる売り注文が出て、金利が一気に上昇し、先日比0・115%高い0・305%まで上がった。これは、1年ぶりの高水準である。5年物国債の急激な値上りに反応して、債券先物市場でも売りが集中する。制限値幅いっぱいまで価格が下落して、三たびサーキットブレーカーが発動され、取引が中断された。
 四月一五日もまた、長期金利に荒い動きがでた。長期金利の指標である新発10年物の利回りは、一時、前営業日よりも0・03%高い(価格は低い)0・65%まで上昇した。黒田氏が日銀総裁に就任する三月一一日(終値で0・66%)いらいの、高水準となった。
 黒田日銀が「異次元の金融緩和」を打ち出した四月四日以降の長期金利は、0・315%から一五日の水準まで0・335%の変動幅を示した。これは、昨年一年間の変動幅0・375%にほぼ並ぶ幅をたった二週間で記録したことになる。長期金利は、住宅ローンなど各種金利の指標として使われるが、それがこのような荒い動きを示しているというのは、まさに長期国債がリスク資産に近いということを表現するものである。
 債券市場の混乱に慌てた日銀は、さっそく市場関係者数十人と意見交換を行ない、沈静化策を練った。この結果、市場からの国債購入の回数を月6回から8回に増やし、その上、一回あたりの購入金額を小さくすることにした。
 しかし、混乱の根源は、あまりにも大規模な金融緩和のため、国債、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(REIT)の市場にみられるように、すっかり「日銀頼み」の市場になってしまったことにある。それは、まさに日銀が市場で、「池の中のクジラ」のような存在になってしまい、市場メカニズムそのものが歪められてしまった状況を示している。 とりわけ、国債市場では、毎月の国債買入れ額7・5兆円で、その規模は国債月間発行額の7割に達するのである。REITの場合は、日銀による購入の割合は小さいのであるが、実は、ここではダブルA格相当以上の高格付けの銘柄のみを購入の対象としており、これを通してREIT全体に大きな影響を与えるのである。
 
 〈デフレ脱却は市場関係者すら懐疑的〉

 安倍政権の発足(昨年の末)以降、日経平均株価は、約3千円、約3割上昇した。円相場は、対ドルで、10円以上、約1割も円安となっている。(四月一六日付け『朝日新聞』) これに対し、二〇一二年度の貿易赤字は8・1兆円となり、二年連続で過去最大の赤字となっている。経常収支の黒字幅も急速に縮小している。三月の日銀短観では、自動車が改善、鉄鋼は悪化、電機は横ばいの景況感である。失業率は依然として4%台であり、賃金総額も横ばいか下落である。
 政府もマスコミも、円安株高に浮かれているが、その「恩恵」にあずかっているのは、大企業しかものその一部であり、ほとんどの庶民の生活には全く無関係である。
 こんな折、日経新聞社は、黒田日銀の異次元の緩和を受けての、市場の年内の見通しについて、外為・株式・債券の三市場関係者30人への緊急アンケート(四月一一日付け『日経新聞』に結果掲載)を行なった。それによると、外為市場では、1ドル=105〜107円への下落が6割、株式市場では、高値1万5000〜1万6000円が6割、債券市場では、新発10年物国債の利回りの低下余地は、0・2〜0・3%が7割、上限の見通しは0・8%を中心に上下にばらついた。
 このアンケートが特徴的に示す事柄は、次のことである。すなわち、日銀の政策決定会合で打ち出された「異次元の緩和」に対する好意的評価が8割近くを占めたのにもかかわらず、「2年以内に2%の物価上昇」を達成できると回答した人がわずか3割であり、圧倒的多数は、デフレ脱却に懐疑的なことである。
 第一線の当事者たちのアベノミクス・黒田日銀体制の金融政策への評価は、目の前の商売としては歓迎しているが、そのことが「デフレ脱却」を可能とするかについては疑問視しており、全く別の事柄なのである。
 折りしも、三大メガバンクは、住宅ローン金利を五月一日から上げることを決定した。(Y)

(注)債券や株式など証券を売買する取引は、通常、売買と同時に代金が決済される。これを現物取引という。これに対して、ある証券を将来の特定の期日にあらかじめ約束した価格で取引することを先物取引という。先物取引は、証券の価格変動リスクを回避する(ヘッジする)手段として発達してきた。先物取引は、損益を差額決済するため、少額の資金で大きな金額の投機が可能である。


書評
 「死の森」からの再生を!
     『ドイツ林業と日本の森林』
        岸修司著・築地書館2012年10月


 森林は、自然に適合した天然更新に、人の手が加わらないと多様な機能を保持できない。多様な機能とは、国土保全、水源、CO2吸収、野生動物の生息、人間の保養・保健、木材生産などである。
 木材生産には、60年から300年の期間が必要である。2011年の日本の木材自給率は26・6%である。現在のみならず近未来(孫子の代)その先も、森林保護が必要である。
 日本列島の68%を占める森林が、充分活かされておらず、衰退している。「その広大な面積を占めている森は、誰も訪れる人がいない…、この森は、何の魅力もなく人を寄せつけないスギやヒノキのプランテーション(一斉林)です。林道もありません。…光も当らず地面がむき出しのため、草一本も生えていません。まさに『死の森』で、そこに生えているスギやヒノキは何とか子孫を残そうとして、必死で花粉を飛ばそうとしています。これは日本の『拡大造林政策』とよばれるものの結果であります」(著者)。
 わたしは、ぜひ皆さんにこの本をよんでほしい。戦後の化石燃料の進出、原子力発電の利用、一九六〇年代からの木材輸入の自由化、そして「拡大造林政策」、これらで日本林業が衰退して、そこで働く人も老齢化している。しかし林業が盛んになれば、雇用創出にもなる。
 この本を読んで、「拡大造林」と「近自然型造林」(針広混交複合林)の違いをぜひ知ってほしい。この本では、日本の森と林業を救うヒントを、ドイツのシステムの中に見い出しています。(H)