「大胆な金融緩和」は破局への道
 国債大暴落で財政破綻の危険

 安倍政権の「大胆な金融緩和」政策の下で、日本銀行の黒田新体制がスタートした。
 三月二十一日の記者会見で、黒田新総裁は、「デフレから脱却して、2%の物価目標をできるだけ早期に実現する」ことが使命だと抱負を述べた。時期については、「……2年程度で目標達成できれば非常に良いと思っている」と語った。そして、金融緩和の具体的な手段については、「量的、質的の両側面から大胆な金融緩和を進める」とし、そのためには「単にベースマネー(世の中に出回るお金)を増やすことにとどまらず、必要に応じてリスクプレミアム(上乗せ金利)を引き下げていく。(無制限緩和の)前倒しだろうと何だろうと必要なことはやる」と、言い切った。

〈大胆な緩和へ具体的諸手段〉

 大胆な金融緩和は、具体的には、@二〇一四年から実施予定の無期限の国債買い入れを前倒しし、今年からスタートさせる。Aリスク資産(株価指数連動型の上場投資信託や、投資家から集めた資金で不動産に投資する不動産投資信託など)や社債などの買入れを増額する。Bこれまで期間三年以内の国債の買入れに限定していたのを、5年物国債、10年物国債など、より長期の国債購入に転換する。Cこれまで、日銀による財政ファイナンス(穴埋め)という批判を逃れるために、国債買入れ額を日銀発行の紙幣額以内に制限する「銀行券ルール」を撤廃する。D日銀当座預金(注)の超過準備部分に付く利息(付利という)を撤廃する(これはまだ未確定である)―などを推定しうる。
 しかし、黒田新総裁の公約は、あまりにも無謀なものである。同じ近代経済学の立場にたつ学者やエコノミストでも、批判的な人は多く、中には、「金融緩和で日本は破綻する」と、断言する人もいる。
 「日本経済研究センターによると、2年後に消費者物価指数(CPI)が前年比2%上昇するには、実質国内総生産(GDP)が2年続けて4%成長しなければならない。」(『日経新聞』三月二十一日付け)といわれる。だが、最近の実質成長率は、2009年度マイナス2・0%、2010年度3・4%、2011年度0・3%、2012年度第1・四半期マイナス0・9%、同第2・四半期マイナス3・7%、同第3・四半期0・2%であり、それ以前の二〇〇一〜一〇年度でも、わずか0・75%(平均)でしかない。
 日銀の審議委員である佐藤健裕氏は、二月六日の前橋市の講演で、「(物価上昇率)2%を目指すには、4%程度の賃金の伸びが必要」という見方を示している。今春闘で、一部大企業と安倍首相の出来レースがあったが、それはパフォーマンス以上のものではなく、とても4%アップの賃上げにはほど遠いものである。また、ある専門家によれば、2%の物価上昇には、現行の失業率を4%台から2・5%程度にまで引下げなければならず、そのためには毎月11万人の雇用を増やさなければならない、という。
 日本経済の現状からすると、無理やり物価目標2%を実現しようとしても、とても不可能であることは、明らかである。

(注)銀行などの金融機関は、預金を受け入れることを業務の一つとしている。その場合、いつでも預金者の払い戻し要求に応えられるように、金融機関は預金の一定率を日銀当座預金として持つことを義務付けられている。これを法定準備預金という。日銀当座預金は、日銀が提供する安全性の高い決済手段であり、金融機関などの間の決済、日銀と金融機関の間で行なわれている取引の決済などに用いられている。
 なお、銀行など金融機関は、法定準備預金を超えて日銀当座預金をもつこともある。これを「超過準備」という。この場合には利息が付き、現行では0・1%である。付利を撤廃するということは、金融機関の資金が日銀に超過して預けられても、何らメリットがないようにして、市中での貸出しを促がすことを意味する。
 
 〈従来のの緩和政策ですでに水ぶくれ〉

 日銀は、これまで積極的に金融緩和を行なってきたが、民間金融機関の企業への貸し出しが伸びてこなかった。これは、厳然たる事実である。銀行など金融機関が直面している問題は、資金の「調達難」ではなく、資金の「運用難」なのである。資金はだぶついているのに、企業の設備投資や個人の消費などの需要が伸びないのが現状なのである。資金が不足しているから需要がないのではなく、設備投資や個人消費などの需要が伸びないのに金融緩和が続いてるからこそ資金がだぶついているのである。だからこそ、企業はもっぱら借金返済に専念し、金融機関や機関投資家などは、確実にもうけられる投資先を見つけることができないで、国債での利ザヤ稼ぎに落ち着かざるを得ないのである。
 日銀は、欧米よりも金融緩和が不足しているなどというデマゴギーが振りまかれている。だが、実際はどうであろうか。
 日銀の金融政策は、一九九四年十月に、市中金利が完全に自由化されることによって、従来の公定歩合(日銀が民間銀行に貸付を行なう場合の基準金利)をもって市中金利を操作する方法から転換した。それは、公開市場操作によって市中金利をコントロールする方式である。公開市場操作(日銀が市場で手形や有価証券を売買することで金融の調節を図ること)をする際に目標とするのは、短期金融市場の金利であり、具体的には「無担保コールレート翌日物」の金利である。コール市場とは、金融機関同士が短期資金の貸借を行なう市場のことであり、コールレートとは、そこで形成される金利のことである。無担保で借りて翌日に返す場合の金利が、「無担保コールレート翌日物」の金利である。
 一九九七〜九八年のアジア通貨危機や山一証券・北海道拓銀などの破綻後も不況が続き、一九九九年二月、日銀は「無担保コール翌日物」金利を0・15%に誘導することを決定した。これが、いわゆる「ゼロ金利政策」である。日銀は、二〇〇〇年八月には、ゼロ金利政策を解除した。だが、ITバブルの崩壊で景気が再び悪化し、二〇〇一年三月、量的緩和政策が導入された。量的緩和政策は、二〇〇六年三月に解除され、ゼロ金利政策に移行したが、同年七月にはこれも解除され、「無担保コールレート」の誘導目標は0・25%程度に引き上げられた。
 だが、リーマン・ショックの影響を受け、二〇〇八年十二月には、日銀は無担保コール翌日物金利の誘導目標を0・1%に設定することを決定し、ゼロ金利政策をまたまた余儀なくされた。二〇一〇年十月からは、「包括緩和」という名の追加金融緩和策が導入された。
 「量的緩和政策」とは、金融政策の目標を、コールレートではなく、日銀当座預金に置く政策のことである。世界の中央銀行はほとんどがリーマン・ショック以降、量的緩和政策を行なっているが、日銀当座預金に重点を置く政策は、日銀の特徴である。「包括緩和」策は、ゼロ金利政策に復帰(四年三ヵ月ぶり)すること、消費者物価指数が安定的にプラスになるまで、実質ゼロ金利政策を続けること、国債、社債などを買い入れる35兆円規模の基金を新設すること―などである。ちなみに、この基金は二〇一一年三月の東日本大震災の発生に伴い5兆円、同年八月の急激な円高対策として更に10兆円が積み増され、50兆円規模となった。(現行では、日銀が国債などを購入し金融緩和を図るための基金は、上限101兆円まで可能である)
 日銀が量的緩和政策を導入する直前には、日銀の当座預金残高は、金融機関すべてを合わせても4兆円程度であった。二〇〇七年からは、ゆうちょ銀行も準備預金を積み立てるべき銀行に変わったので、これを合わせても必要準備預金の総計は、6兆円ぐらいであった。
 それが、量的緩和政策で、日銀当座預金の残高は、二〇〇一年から急速に増大し、二〇〇四年には、33兆円規模となる。二〇〇六〜〇八年には減少し10兆円台に低下するが、二〇〇九年には再び20兆円規模となり、今年の三月二六日には、55・8兆円と過去最高に至っている。安倍政権―黒田新体制は、このように水ぶくれしている日本経済にもかかわらず、さらに「大胆な金融緩和」をやろうとしているのである。
 日銀が金融市場に出している資金の総量を示すマネタリーベース(金融機関が日銀に預けている当座預金残高プラス市中に出回る現金の残高)も、すでに二〇〇一〜〇六年の量的緩和政策時を上回り、最近では、約130兆円となっている。しかし、それでも消費者物価は、対前年比ゼロ%前後でしかない(『日経新聞』三月十八日付け)。
 また、日銀の資産は、対名目GDP比の推移でみると、図表(週刊『エコミスト』三月五日号)に示されるように、一九九七年後半頃に、約10%であったのが、二〇〇二年には25%を突破し、二〇〇四〜〇六年には30%ラインを前後するほどにまでなっている。その後、一時、20%ラインに縮小されるが、リーマン・ショックの世界金融恐慌でふたたび25%ラインを越え、さらに3・11ショックで、30%を越え、いまやアベノミックスで35%近くにまで膨張しているのである。
 欧米の中央銀行も、リーマン・ショック以降、急激に資産を膨張させているが、それでも、日銀の比率は多く、ECB(欧州中央銀行)よりも上回っている。
 
 〈カネのもてあそびで不動産・国債バブル〉

 そこにさらに、日銀が金融緩和をして、人為的に資金需要を引き起そうとしても、無理なことなのである。無理を承知で、さらに金融緩和をやるとすれば、円安での輸入インフレや、不動産バブルなどを引き起すことは、火を見るよりも明らかである。
 現に、すでにガソリンをはじめとする石油関連商品や、小麦など一部食料品は値上りしつつある。大企業などに広がる株価上昇も、その中心は外資マネーの集中的流入によるものであり、とりわけ車、不動産、金融部門が顕著である。昨年十一月の衆議院解散を表明して後の4ヵ月余りで、日経平均株価は43%上昇したが、個別に見ると、大和証券111%、野村ホールディングス102%、東芝78%、三菱地所と三井不動産66%、トヨタ自動車と三井住友FG59%などとなっている。
 もし、「大胆な金融緩和」によって、物価上昇2%が一時的ではあれ実現しうるとすれば、それは打ち続く公共料金の値上げ、輸入インフレなどに、消費税の増税が重なった時であろう。しかし、それでも全体的に見れば、それは「賃上げなきインフレ」にすぎないであろう。
 モノづくりやサービスの提供などでカネを稼ぐよりも、カネがカネを生む金融業は手っ取り早い。そこで得た金を更に膨らまそうとすると、とりわけカネがだぶつき、しかも低賃金でモノやサービスへのの人民の需要が弱い状況下では、土地や住宅に集中的に投資してバブルが生じやすい。バブルによるカネ稼ぎは、歴史的にしばしば見られたものである。
 今回、安倍政権の「大胆な金融緩和」を実施するものとして、黒田新体制がスタートした。「大胆な金融政策、機動的な財政出動」については、支配階級の大方も支持している。  
 しかし、アベノミクスは、乾坤一擲、一か八かの賭けに出たものである。日本資本主義のジリ貧を坐して待つのが、耐えられないのである。
 だが、アベノミクスは、もはやソフトランディング(軟着陸)での財政再建をほぼ不可能としている(本紙前号1面を参照)。公債残高が名目国内総生産(GDP)比で240%を超えるような状況で、不要不急の公共事業に固執するように従来の体質が全く変わっていないからである。
 「大胆な金融緩和」の名によるマネーのもてあそびは、不動産バブルや、国債大暴落の破局の道に踏み込むこととなるであろう。(了)