貿易収支の赤字定着化の原因とその影響
 国債暴落からインフレ・円安へ (下)
                            安田 兼定

〈承前〉

前号で述べたように、日本の貿易収支の赤字が構造化・定着化するのは、必至である。貿易収支の構造化は、それに伴い経常収支の赤字化、ないしは黒字の縮小をもたらす。
日本資本主義のこのような大変化は、労働者人民の生活に多大な影響をさまざまな面であたえる。その一つが、財政危機の深化による日本財政のギリシャ化である。国債が国内だけでは消化できず、大きく海外市場に依存するようになり、高い利子のために国債利払い費が膨張し、借金は「雪だるま式」に膨れ上がる。このため、労働者人民の生活や福祉は大きく切り詰めざるを得なくなり、路頭に迷う労働者も大幅に増えざるを得なくなるのである。

〈いよいよ正念場にさしかかる財政危機〉

世界一の財政赤字を積み上げてきたのに、どうにか破綻を免れてきたのは、従来の説明では、大きな理由として二つあった。
一つは、中央・地方でかかえる財政赤字は、個人の金融資産1400兆円によって、充分に賄える範囲内である、というものである。
もう一つが、日本の経常収支は黒字基調であり、国債消化を高い利子の外国市場に依存する必要がない、というものである。
しかし、今日の日本資本主義の状況は、この二つの歯止め要因を無力なものにしつつある。それは、財政の現状を見るだけでも、一目瞭然である。
2012年度予算案は、新規国債発行額を44・3兆円とし、税収の見通しを42・3兆円とするように、新規国債発行額は税収を上回る形となっている。このような異常な事態はすでに四年も連続して続いている。
うちつづくデフレ、それに2008〜09年にかけた世界恐慌で、極端に税収が落ち込み、これにより2012年度予算の国債依存度は、過去最悪の49.0%となっている。歳出の財源(すなわち歳入)の約半分が、国債に依存するという変則的な形態なのである。このため国債発行残高は、2012年度末には過去最高の709兆円になる見通しである。「国の借金」(国債残高に、借入金や政府短期証券を加えたもの)で見ると、すでに昨年2011年9月末段階で954兆円となっており、2012年度末段階では、1000兆円を超えるのは確実である。(国と地方、それに社会保障基金をあわせた一般債務ベースの純債債で、日本は、2010年に対GDP比104・6%でイタリアを抜く)
 そして、理論誌『プロレタリア』9号の三枝知徳論文「ソブリンリスクの深まりと日本国債暴落の促迫性」によると、「1400〜1450兆円の個人資産といっても、そのすべてが国債など政府資金に回せる訳ではなく、個人の住宅ローンの支払などを考慮すれば、国債などに使えるのは、1000兆円程度」といわれる。
 以上から、第一の理由は、今や極めて論拠があやしくなってきたのである。
第二の論拠は、これまで日本は貿易収支の黒字基調の下で、経常収支の黒字が続いてきたので(それに日本は世界一の対外純資産国)、少々の財政赤字でも、その穴埋めは充分にできるというものである。
しかし、この論拠もまた、経常収支の黒字縮小で、じょじょにあやしくなってきている。
それに加えて、この論拠はあまりにも単純すぎるのである。すなわち、日系多国籍業が海外でも巨額の利益を得ているからといって、日本の財政赤字を引き受けるとは、とても言えないからである。利潤追求を目的とする資本は、トコトン利己主義的なもので、これまで随分と国家の財政援助や保護をもらっていたからと言って、決して「恩返し」などという非合理的な行為をするはずがないのである。資本はあくまでも、儲かるか儲からないか―これが唯一の行動基準である。
 それにもかかわらず、従来の自公政権も、今の民主党主導政権も、企業の「国際競争力の強化」を名分に、大企業などへの優遇措置さらには法人税率の軽減を推進してきている。だが、多国籍企業は国境の枠を超えて利益をあげているのであり、税制上の優遇措置の見返りとして、日本社会に貢献することなど決してありえない。
 放漫財政によるこれまでの巨額な財政赤字の蓄積に、さらに東日本の復興予算が加わり、財政危機が一段と深化する中で、貿易赤字の定着化傾向と経常収黒字の縮小は、いよいよ日本財政の存立を問われる正念場に直面させつつある。

〈金利上昇で国債利払い費の増大〉

 経常収支赤字は、フロー(ある一定期間の資金の流れを示す。これに対し、フローの対語であるストックは、ある時点での資産の量を示す)で見ると、国内において「貯蓄」よりも「投資」の方が上回る状態を意味する。つまり、一般的に言えば、企業や政府の「投資」が、家計の「貯蓄」を上回るため、企業や政府は、国内で不足する分の資金を海外から調達しなければならないのである。
 日本の場合、企業というよりも、政府の借金が厖大に増えて、国内貯蓄からの調達では賄えない状態に迫りつつある。
 日本の国債(政府債務の一部)は、1965年以降、一貫して増大しているが、国債の利払い費は、1986年に10兆円台に乗せていらい2001年まで代末頃にかけて、年々10〜11兆円台の水準であった。だが、その後も国債残高は増え続けたにもかかわらず、利払い費は低下し、しばらく7〜8兆円台のレベルであった。
 これは、1999年2月からのゼロ金利政策、2001年3月からの量的緩和政策がとられ、一時的な中断がありつつも、基本的に継続され、長期金利が低下したためである。
 それだけでなく、うちつづくデフレにより、企業の投資機会が低下し、企業部門が資金余剰状態を招き、そのため、利益率は低くても、国債購入により確実に利益を確保する経営方針を取ったためでもある。
 だが、近年、ヨーロッパのソブリンリスクに伴う金融危機や、アメリカの経済停滞などで、円が相対的に浮上し、日本経済の長期停滞にもかかわらず、円高・ドル安をつづけ、日系多国籍企業などの対外直接投資がこれまでになく増大している。
国際協力銀行が海外に複数の拠点を持つ製造業977社を対象にした、2011年度の製造業海外直接投資アンケート調査によると、海外事業を強化・拡大すると答えた製造業は87・2%を占め、前年度よりも4・4ポイント上昇している。これに対し、国内事業の強化・拡大と答えた企業は過去最低の25・9%にとどまっている。
 同調査によると、製造業の海外生産比率も上昇し、2011年度の実績見込みは、過去最高の34・2%となった。2014年度の計画値も、38・5%に高まった。中でも、電器・電子の業種は53・7%に達し、全業種で初めて半分を超える見通しとなっている。
 最近は、ヨーロッパの金融危機が小康状態となり(だが再び危機に陥ることは必至)、アメリカ経済もやや上向きになって、1ドル=70円後半の水準から80円台前半となっているが、実勢からすればまだまだ円高である。従って、低金利での国債消化という状態はますます困難なものとなりつつある。
超高齢社会の持続による国内市場の縮小や、昨年の東日本大震災にともなう福島第一原発の事故により、とくに国内のエネルギー政策が不安定なこともあり、国内製造業の空洞化はさらに進展し、海外投資が増大せざるを得ない。「貯蓄」の減少傾向に加えて、日系多国籍企業などの海外進出が活発になればなるほど、国債消化は国内だけでは不可能となり、海外も含めた金融市場に深く依存し、利払い費は増大し、日本財政はますます国際金融市場に振り回されざるを得なくなるであろう。
 2012年度の国債発行額は、一般会計の新規発行44・3兆円にとどまらない。財投債15兆円や復興債2・7兆円に加えて、借換債112・3兆円もあり、発行総額は174・2兆円に上る。発行される国債の満期は半年から40年まで様々な種類があり、すべてが同じ金利幅で上昇するわけではない。金利幅は、今後ますます上昇するのは必至であり、利払い費が「雪だるま」式に膨れ上がるのも、必定である。

〈国債バブル崩壊は必至〉
 
 財政赤字が年々増大するのに対して、貯蓄が減少する(団塊の世代のリタイアと貯金の取り崩しや、デフレ下の賃金カットなど)ないしは停滞しつづける関係において、国債の大部分を国内で保有する今までの構造は、おそらく数年以内に破綻する可能性が極めて高くなっている。
 このことは、経常収支の赤字化を意味する。したがって、日本経済は、財政赤字とともに経常赤字という「双子の赤字」を抱えることとなる。このような国の国債を従来のように「安全資産」と見なしてリスク分散のために利用する海外投資家はほとんどいなくなるであろう。
さらには、日本が「対外純債務国」に進展すれば、日本の金利にはプレミアム(割増金)の上乗せが海外投資家たちから要求され、長期金利(今は1%前後だが)は大きく跳ね上がらざるを得なくなる。
 経常収支赤字国から「対外純債務国」までの間には、やや間合いがあるだろうが、経常赤字国としての定着が明確になる頃には、日本の「国債バブル」(国内総生産〈GDP〉の二倍にもなる巨額の財政赤字に対して、10年もの国債の利回りが1%前後の低金利などというのはバブル以外の何物でもない)がはじけるXデーが到来することであろう。
 では、Xデーとは、いつのことか。
 考えられる想定のうちで最も可能性の高いのは、国債募集額に応募額が達しない「入札未達」のときである。「入札未達」は、巨額の借金をかかえる日本政府の資金繰りがつかなかったことを意味するのであり、これで日本政府の信用は一気に失われるであろう。事態は、国債の暴落にとどまらず、直ちに円や株式の暴落へと波及し、市場はパニックに陥るであろう。
 こうなると、国債はいくら高金利でも買い手がつくのは困難となり、政府はついには財政法第五条を改悪し、「禁じ手」とされる日銀による国債の直接引き受けを実施するであろう。つまり、日銀が金融機関保有の国債を買い上げるだけでなく、無制限に紙幣を供給する体制の構築である。
 戦後憲法に規定されて1947年4月に施行された財政法は、その第五条で「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。」と、定めている。
 これは、日中戦争から第二次世界大戦にかけての日本軍国主義・侵略主義を財政的に支えたことを教訓として、日銀が直接に国債を引き受けるのを原則的に禁止したものである。
この財政健全主義を放棄することは、ふたたび軍国主義の財政的基盤を創り上げるだけでなく、利益誘導型政治を延命させるために、インフレ経済を作り出すものである。インフレの常態化は、やがてハイパーインフレをもたらすことは紛れもない。これが歴史の教訓である。

〈消費増税は財政問題の解決にはならない〉

 今国会に上程される消費増税法案は、日本の財政問題を根本的に解決するものにはなりえない。何故ならば、消費税は、そもそも低所得者の生活を破壊する「逆累進性」という致命的欠陥を持っており、今度の法案もこの問題を解決していない。それに、中小零細の企業や商店などは、お得意先との関係でアップした税率分を価格に上乗せすることがほとんどできず、倒産する業者が続出するであろう。まさに、消費増税法案は、弱い者いじめの生活破壊法案である。
 これらに加えて、今度の消費増税法案は、財務省主導で作られたものであり、「政治主導」という民主党の公約が破綻した上でできたものである。したがって、これは、旧来の政治、戦後政治を裏からリードしてきた官僚政治の賜物であり、そのような法案は、大企業の利益となっても、大多数の人民の利益とはならないからである。
 野田官僚制内閣の反動性は、自公政権の延長線上にあるのだが、昨今の事例で言えば注目すべきものとして二つある。
一つは、AIJ問題である。AIJが企業年金を食い物にした事件は労働者の老後生活を根底から破壊するものであるが、この事件に厚生労働省や旧年金機構のOBたちが絡んでいた。すにわち、企業年金基金に大勢のOBが天下りしており、AIJへの委託に一役かっていたのである。
 もう一つは、東日本大震災からの復興のために作られた復興庁が復興・復旧を遅らせる要因の一つになっていることである。復興庁が各省庁の出向者の寄せ集めで、しかも復興資金の使途について、従来と同じように中央省庁の許可や指導があって、タテ割り行政が跋扈しているのである。このため、地方自治や住民自治が依然として妨害を受けているのである。
財政の再建の目標が、 このような官僚内閣制を延命させるためにあるのであるから、それは全くたまったものではない。財務相主導の消費税増税、人民生活をさらに破壊する消費増税に断固として反対しよう。   (終)