3・11東日本大震災・原発事故から1年
  脱原発の勝利から社会変革へ

 3・11東日本大震災・福島第一原発事故から、一年がたった。この天災・人災は、日本列島に住むすべての者にとって、戦後最大の衝撃と言ってよいものであった。震災直後の本紙四月一日号は、我々の心底からの叫びとして、「3・11以前と以後で、日本が何も変わらないということは最早ありえない。あってはならない。」と訴えた。
 何が変わって、何が変わっていないのか。人々の価値観が変わったとも言われる。絆、利他の精神の尊重、しかしそれらは漠然とした変化であり、現実の社会・政治の仕組みは何も変わっていない。目立った変化は、脱原子力発電の世論が、大量生産・大量消費社会への反省と結びつきつつ、圧倒的に成長したことである。これは、原発災害の甚大さの反映であるとともに、この一年の脱・反原発の無数の闘いがあったればこそであり、闘いの大きな成果である。
 しかし、その闘いはまだ勝利していないし、その闘いが、原発の背景にある既存の社会・政治制度を変える闘いに波及しているとも、まだ言うことはできない。原発推進の背景には、米国の核・原子力政策への追随をはじめ日米同盟関係を最優先とする外交、また電力会社をはじめ独占資本の利益と結託したブルジョア官僚政治、これらがあった。
 3・11以降、過疎地に原発をおしつけ、沖縄に軍事基地をおしつけてきた政治は今こそ一掃されなければならない、という声が多く上げられた。したがって脱原発とは、原子力を再生可能エネルギーに取り替えるだけのことではないはずだ。脱原発の闘いは、行き着くところ脱・日米同盟であり、脱・資本主義である。
 当面の脱原発闘争に勝利し、さらに日本全体の変革、新しい社会・政治をめざして奮闘しようではないか。(編集部)