福井・敦賀
 最高の危険と最大のムダ
   もんじゅを廃炉へ!12・3全国集会に1400名

 十二月三日、「もんじゅを廃炉へ!全国集会」が原発反対福井県民会議などの主催で、現地・福井県敦賀(つるが)市で開かれた。
 午前中は、白木浜海岸での抗議集会と、もんじゅ正門ゲートまでのデモおよび原子力研究開発機構(旧動燃)への抗議文提出が行なわれた。すでにこの時点で、昨年の倍の約1300名の結集であった。
 その後市街地に移り、プラザ万象で屋内集会が開催された。たちまち満席となり通路にも参加者があふれ、熱気に満ちた約1400名の大集会となった。
 「もんじゅ」(高速増殖炉原型炉、停止中)は、その存在の意味がとうの昔に失われている。核燃料サイクルの実現が不可能であること、さらに再処理が生み出していく最終核廃棄物の処理も不可能であることが明らかである。にもかかわらず、未だに政府がもんじゅの再開を目指す意味は何なのか。こうした疑問に、集会では3人の講演者が答えてくれた。
 最初に前福島県知事の佐藤栄佐久さんが、「プルサーマル凍結、欺瞞の原子力政策」の題で、福島県における原発建設の経過をふくめて講演した。実例をちみつに使った、みごとな弁舌であった。
 続いて、元もんじゅ設置許可取消訴訟弁護団の海渡雄一さんが、「どれもが半端、もんじゅ・六ヶ所再処理・プルサーマル」の題で講演し、三十年にわたる訴訟の争点を分かりやすく解き明かしてくれた。司法の場で、これほどまでに営々と脱原発が闘われていた事実を知り、改めてこの闘いの意義を再確認させられた。
 次に、元京大原子炉実験所講師の小林圭二さんが、「再・再開は、もっとあぶない傷だらけのもんじゅ」の題で、シュミレーション画像を使いながら、もんじゅ再々開の危険性を目に見える形で明らかにしてくれた。
 これらの講演は、この集会の呼びかけ文にある「ひずみエネルギーが蓄積された若狭湾の巨大地震が――。なかでも活断層の真上にあり、活断層に囲まれたもんじゅは、地震に弱く、プルトニウム放出の危険すらあります。」の訴えを、根拠をもって明らかにした。同時に「実質十六年間も停止し、何の研究成果も挙げられない――もんじゅにこれ以上の国費の無駄使いを許さず、即刻廃炉の準備を迫りましょう」の呼びかけが、いつものスローガンではなく、差し迫った必須の課題であることを明らかにした。
実に感動的で、かつ学習効果の高い集会であった。発言内容のパンフによる事前配布なども含めよく準備されており、大衆集会でもあり、巨大な学習会でもあるかのようであった。
屋内集会の後、参加者は敦賀駅前まで市街地デモを行なって、12・3は終了した。

八月八日に菅首相(当時)は、もんじゅについて、「原発に依存しない社会を目指す。見直しには、使用済み核燃料の再処理やもんじゅも含まれる」と会見で述べた。首相としてあえて、もんじゅを名指しにしたのには理由がある。
もんじゅは、過酷事故が起こった場合、その被害は福島第一原発事故の数百数千倍と考えられる。理由の一は、核分裂のスピードが速く、一瞬で制御不能になる。二は、冷却材にナトリウムを使っているが、ナトリウムは空気に触れたら燃え、水に触れたら爆発する。三は、発電の燃料にプルトニウムを使っている。このプルトニウムは1gで数百万人を殺せる猛毒である。それを、もんじゅは作り続ける。余りにも危険性が高いので、高速増殖炉計画は各国で中止されている。
また、もんじゅは1兆円の開発費をつぎ込み1ワットの電気も発電せず、年間百億円の経費を浪費し続けている。そのうえトラブル続きで何の研究開発データも得られていない。つまり、危険と無駄が一緒になった無用の長物としか言いようがない。核兵器級の高濃度プルトニウムが作れるという一点があるだけ、なのである。
このもんじゅの経過は、1995年8月29日に臨界、ところが同年12月8日ナトリウム火災事後で停止、2010年5月8日試運転再開、しかし同年8月26日に原子炉内に重さ3トン余の部品が落下し再び停止という具合である。この十五年危険と浪費だけが残り、その間、莫大な利益を欲しいままにしたのが東芝・日立・三菱である。
十一月下旬、税金の無駄使いを洗い出すためとして、政府の行政刷新会議が開催された。もんじゅも取り上げられた。「四十年たって成果のないものに、四十年先のためにカネを注ぎ込んでいいのか」という意見が出された。もんじゅは実用化が2050年に設定されており、その関連予算は、新年度予算案の文部省概算請求分では215億円である。
すったもんだの結果、この215億円に含まれている出力試験費22億円をどうするか?の議論にもなり、核燃料サイクル室長・西条は「いらなくなったら国庫に返上」すると発言してしまった。また財務省の高官は、「使うかどうか分からないが、付けておけという奇妙な予算」と本音を吐いてしまった。行政刷新会議は、もんじゅ抜本見直しを提言した。
ここに至って、もんじゅ関連予算は、その廃炉費用以外は一切認められない。野田政権が、菅政権の対もんじゅ姿勢をひるがえし、縮小してでも高速増殖炉開発を続けようとしているのは到底許されない。ここで、もんじゅを断念しないのならば、それは日本に核武装の意図ありと、世界に示してしまうだけとなるだろう。(関西M通信員)


東京12.10
 「がんばろう!さようなら原発1000万人署名」集会に5500名
   脱原発へ政治を動かそう

東京では十二月十日、「がんばろう!さようなら原発1000万人署名」集会が日比谷野外音楽堂でひらかれ、満杯の約5500人が参加した。主催は、原水禁や市民団体による「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」。
この集会は、同主催で六万人を集めた9・19明治公園の成果を受け、進行中の脱原発1000万署名の推進を中心課題とするもので、多くの市民団体・労組が合流した。
集会では、署名呼びかけ人の鎌田慧さん、大江健三郎さんがアピール。鎌田さんは、「もんじゅと六ヶ所を止めれば、日本は核武装できない。止めて平和の意思を示そう」と語った。
大江さんは、「9・19は自分が参加した二番目に大きい集会。一番は、2007年の沖縄での教科書検定意見撤回を求める十一万人集会。人口比でいうと東京での一千万人集会に当る。この一千万が動けば、ということで澤地久枝さんが一千万署名を提起した。今現在は200万筆に留まっているが、これから。この署名は、次の選挙に影響する。その後、立法ということを考えている」と述べた。
続いて、中尾こずえさん(駅前アクション)、平野都代子さん(生協パルシステム千葉)、谷大二さん(カトリック正義と平和協議会会長)が各立場から署名成功などを訴え、また福島からは大賀あやこさん(ハイロアクション)、竹中柳一さん(福島県平和フォーラム)が深刻な現地情勢を報告した。
集会後、再稼動反対・再処理工場いらないなどをコールして、銀座方面へパレードを行なった。この主催での次回行動は二月十一日の全国一斉行動、東京では2・11代々木公園(午後一時半)である。(東京W通信員)


第42回釜ヶ崎越冬闘争始まる
  釜講座は1・28講演会

 十二月十八日、「第42回釜ヶ崎越冬闘争支援・連帯集会」が地区内のふるさとの家にて開催され、約四十名が結集した。
 集会で、釜ヶ崎日雇労組の山中委員長は、「ダブル選挙で橋下が勝ち、右派の攻撃が強まるだろうが、釜の現場にとっては橋下であれ平松であれ、失業・野宿を強いる攻撃に本質的違いがあるわけではない。現場の団結で社会的就労を実現していくこと、我々の闘いこそが問われている」と述べた。こうした現場の意思を集会は確認して、越冬闘争に突入した。
十二月二八日〜一月七日の越冬闘争では、炊き出し・ふとん敷き、人民パトロール・医療パトロール、三角公園での催し等が貫徹される。一月四日には、反失業連絡会による対府・市要請行動(お礼参り)が闘われる。
 なお、釜ヶ崎と市民をむすぶ市民団体「釜ヶ崎講座」は、十二月三十日を越冬闘争参加の重点日とし、一月三日には恒例の「釜ヶ崎越冬ツアー」を行なう(午後一時、釜日労事務所前集合)。
また一月二八日には、第16回釜講座「講演のつどい」を、「東日本大震災と失業問題」のテーマで開催する(午後六時半、西成市民館)。講師は、宮城県の共生地域創造財団の`島一匡(はいじま・かずまさ)さん。年末年始をともに闘おう。(関西I通信員)


12・4三里塚・東峰現地行動
  共有地強奪許さず控訴審へ

 十二月四日、三里塚・東峰現地行動が「三里塚空港に反対する連絡会」の主催で行なわれ、東峰共同出荷場に百人近くの仲間が結集した。
この12・4東峰行動は、「成田空港年間30万回発着を中止せよ! 航空機騒音拡大・環境破壊を許さない! 東峰住民の追い出しをやめろ! 一坪共有地・団結小屋裁判の控訴審闘争勝利! すべての原発を停止せよ! TPPに反対する!」のスローガンをかかげて行なわれ、九月に次々に出された一坪共有地強奪裁判(千葉地裁)での三件の不当判決、その控訴審闘争(東京高裁)、また反原発運動の現況、十一月の野田政権のTPP交渉参加強行などをふまえた闘いとなった。
 集会では最初に、東峰住民の石井紀子さんから、「今日は快晴になったが、このかんの不順な気候で田畑の作物が心配です。わたしは、この東峰の大地に住み続けますので、今後も皆さんよろしく」との発言を受けた。
 つづいて、渡辺充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会)から、関西での取り組み、ならびに十一月二七日に開催された全国反空港連絡会・東京集会の報告、来年予定の全国シンポと各団体の国交省交渉についての決意表明がなされ、また、東峰団結小屋の共有地裁判での和解、その共有地の確保についての報告も行なわれた。
 最後に、連絡会の山崎さん(労活評団結小屋住人)より情勢・任務の提起がなされ、「原発でも、ここ三里塚でも、『国策』による攻撃が長年行なわれてきた。また米軍再編にせよ、TPPにせよ、この国策なるものの強行を許してはならない。全国の人々と一体になって、30万回発着阻止、控訴審勝利を勝ち取っていこう」との提起を確認した。
 集会後、開拓道路往復、東峰十字路経由のデモを力強く展開し、その後、後半集会に入った。
 七月に再開された木の根プール、その後の交流について、大森さんが報告した。連帯あいさつでは、成田プロジェクトの山下さんがバス・ツァーなどの取り組みを報告し、横堀団結小屋からは、周囲の誘導路建設の現状報告とともに、「あくまで案山子亭、鉄塔、小屋を守って闘う」決意が表明された。
 集会では、全国の反原発の闘いについての報告なども受けながら、団結ガンバローで締めくくられた。
なお、2012年三里塚反対同盟旗開きは、一月十五日の正午より、横堀農業研修センターにて開催される。(東京Y通信員)
 

南スーダン自衛隊派兵を中止せよ!
  米帝の対アフリカ政策に追従

 年明けから、自衛隊の南スーダン派兵が開始されんとしている。野田政権は昨年十一月一日、南スーダンの国連平和維持活動(国連南スーダン派遣団)への陸上自衛隊派兵を閣議決定し、この国連PKOへの司令部要員をすでに送り、十二月二十日には派兵実施計画を決定した。
その実施計画によると、第一次派兵としては、一月から中央即応連隊(宇都宮駐屯地)を主力に約200名を送り、第二次派兵としては、五月から北部方面隊を主力とした約300名の施設部隊(工兵)を派兵するとしている。首都ジュノバに活動基地を作り、おもに道路補修などを行なうとする。
 政権交代後の民主党政権による新規の自衛隊海外派兵としては、同じアフリカのジブチ共和国への航空・陸上自衛隊派兵に続くものである。我われは、恒久的な軍事基地としては自衛隊が初めて海外基地を保持することになっているジブチ派兵に抗議し、その撤退を求めると同時に、今回の南スーダン自衛隊派兵をただちに中止することを強く求める。
 2011年7月の南スーダン共和国の独立に伴って設置された南スーダンPKOについては、菅政権時には、国益上のメリットが不明として、大規模派兵には慎重論であった。しかし野田政権は、日米同盟の世界的役割の見地から派兵に踏み切った。
 南スーダンPKOは、長年の武装闘争と2011年2月の住民投票で独立をかちとった南スーダン人民にとっては利用できるが、米国がその意図をもって設置を主導したものである。米政府は、アラブ系でイスラムのスーダン政府に敵対し、黒人系で非イスラムの南部を利用せんとしている。他方、中国はスーダン政府を支援してきた。
 今回の自衛隊派兵は平和憲法無視であるだけでなく、米国の対中国・対アフリカ政策への追従としても、厳しく批判されなければならない。(A)