欧州債務問題
  ようやく「包括戦略」合意
  ところが火元で国民投票宣言

  混迷情勢一段と深まる

 EU27カ国とユーロ圏17カ国の首脳会議は、十月二七日未明、10時間におよぶ会議でようやく、欧州債務問題の解決に向けた「包括戦略」で合意した。
 合意内容の主なものは、@ギリシャ向けの二回目の金融支援として、民間銀行によるギリシャ債務の損失負担を前回の21%から50%へと大幅に修正、A欧州銀行の資本増強を総額で1064億ユーロ(約11兆円)必要とする、BEFSF(欧州金融安定化基金)の実質的な規模を十一月に1兆ユーロに拡大する、Cイタリアに対し、財政健全化のための構造改革を求める―などである。
 
  〈民衆に展望与えず〉
 ギリシャ国債に対する民間銀行の損失負担を、今年七月時点では21%としたが、それでは現在の165%(ギリシャ債務残高の対GDP比)が、二〇二〇年でも約150%レベルで高止まりする。よって、独仏首脳らにラガルドIMF専務理事も加わって、民間側の窓口である国際金融協会のダラーラ専務理事との直接交渉に乗り出し、ギリギリで50%カットの合意に至った。この「選択的デフォルト」で、ギリシャの債務残高は二〇二〇年には120%まで下がるというものである。
 しかし、この間のパパンドレウ政権の連続した緊縮策でギリシャ経済は疲弊し、労働組合員の激しい反対のみならず、小工商業者もまた消費が減って商売ができないとゼネストに賛成し、参加する始末である。もっと深刻なのは、ギリシャの未来に絶望し自殺者や海外移住者が増えていることである。もともとギリシャでは、自殺者は少ないのであるが、最近は急増しているという。
 ギリシャの今年のGDP(国内総生産)は、前年比マイナス5・5%程度まで落ち込む見通しで、来年もまたマイナス2・5%と見込まれている。ギリシャ統計局によると、今年七月の失業率は、16・5%と、前年同月の12%より大幅に増大している。15〜24歳の若者に至っては42%で、ほぼ二人に一人が失業者である。
 財政再建と称して、単なる緊縮策をとるだけでは事態の打開とはならず、労働者人民が希望をもって経済活動に献身し、借金も返済できるような展望が必要なのである。
 
  〈貸し渋りは必至〉
銀行側の損失負担50%によって、今度は損失負担をのんだ銀行側の手当が必要となる。
 このため、EUは来年六月を期限に欧州の大手70行に資本増強を求めた。欧州銀行監督機構(EBA)が六月末の資本と資産の価値を九月の市場価格で洗い直したうえで、9%の「中核的自己資本」を求めた場合の銀行の資本不足は、暫定値で1064億ユーロである。
これを国別で見ると、ギリシャ300(単位億ユーロ、以下同じ)、スペイン262、イタリア148、フランス88、ポルトガル78、ドイツ52、ベルギー41などである。
ギリシャの銀行で不足額が多いのは当然であるが、スペインやイタリアの銀行も上位を占めている状況を注目すべきである。両国は、財政危機が取り沙汰されているが、それだけでなく、すでにギリシャ問題で自らの銀行危機に陥っているのである。
それともう一つ注視すべきは、フランスである。フランスは、ドイツとともに、欧州財政危機では援助する側であるが、自国の財政危機が忍び寄ってきているうえに、すでにギリシャ危機に自国の銀行が引き込まれているのである。いつ援助される側に回ったとしても不思議はないのである。
 EUの「包括戦略」で、欧州銀行の資本増強が合意されると、さっそく独仏を始めとする欧州の大手銀行は公的資金を求めない態度をつぎつぎと表明している。それは、公的資金が注入されると、経営的には楽ではあるが、役員の報酬問題などさまざまな経営上の制約が生ずるからである。
 大手行は、公的資金の注入を避けるため、金融市場からの資本調達を図るが、しかし業界全体でも資本調達は数百億ユーロ以内に止まるとみられ、結局、資産売却や減配などで自己資本比率を9%以上にあげざるを得ない。しかし、これは日本でも一九九〇年代以降に見られたように、「貸し渋り」や「貸し剥(は)がし」となって、中小零細資本などの倒産、失業の拡大、不況の長期化に至らざるを得なくなる。

  〈頼りは加盟国以外〉
 欧州の金融安全網(セーフティネット)であるEFSF(欧州金融安定化基金)は、ギリシャ危機を契機に二〇一〇年五月に設立された。域内の信用不安国に融資するのが主な役割であるが、金融市場でEFSF債を発行し、市場から調達した資金を融資する。その際、ユーロ加盟国がEFSFに与える政府保証が信用の裏付けとなる。
 だが、信用不安国がギリシャからアイルランド、ポルトガルと増え、さらにイタリア、スペインへと拡大するにつれ、EFSFの融資限度額を当初の約2500億ユーロから今年七月のユーロ加盟国の合意で4400億ユーロに拡大した。さらに、EFSFの役割として、国債の買い支えや銀行への資本注入も行なわれるようにした。
それが今回、イタリアやスペインの危機が現実味を増し、さらにはフランスへも危機が拡大する模様となり、ついにEFSFが図(『日経新聞』十月二八日付け)にみられるように再拡充されることとなった。それは、現在の融資能力4440億ユーロを元手に、二つのレバレッジ手法を使うことにより、1兆ユーロ規模にEFSFの供給力を増大させるというものである。
一つは、国債を所有する投資家が損失をこうむった場合、その一部をEFSFが穴埋めする「債務保証方式」であり、もう一つは、IMF(国際通貨基金)、政府系ファンド、民間投資家などの資金拠出で、EFSFの子会社として特別目的会社(SPC)を設立して国債の買い支えをする方式である。
 後者の場合は、セーフティネットであるEFSFの信用を裏付ける政府保証額7261億ユーロ(ギリシャ、アイルランド、ポルトガルを除く)のうち、スペイン、イタリアの割合が32%弱を占めるのに(フランスを含めると53・7%)、その両国自身が危機の当事者となり、EFSFそのものの基盤が崩れつつあるために、ユーロ加盟国以外に助けを求めざるを得なくなったために編み出された処置である。
問題は、ヨーロッパ以外から、この方式にどれだけの協力が集まるかが第一である。次に、サブプライムローン恐慌を招いた原因の一つ、レバレッジ手法を使用する点で、麻薬的危険性を秘めたものであることが第二の問題がある。
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 「包括戦略」は、独仏の妥協でようやく合意された。その直後、ギリシャ首相の国民投票実施の宣言で、ギリシャはもとよりヨーロッパは、一挙に混迷状態へ陥った。
 しかし、欧州債務問題の火勢は、イタリア、スペイン、仏など大国へ波及しつつある。
 とりわけ、イタリアでは、国債利回りが急上昇し、ついにIMFの調査団が入ることが決まった。すぺいん、仏も安閑と葉はできなくなった。(H)