育鵬社・自由社版教科書の採択を
許さず、教育現場から一掃しよう!
教育労働者 浦島 学
昨年暮れ以降、自民党等右派勢力による不法・不当な「つくる会」系教科書採択策動が強められ、今年八月末には、育鵬社・自由社の歴史・公民教科書を採択する地区、学校の拡大が明らかになった。
これら「つくる会」系教科書は、日本の侵略戦争を正当化し、改憲して子ども達を戦争の担い手に育成しようと目論む反動教科書である。
採択は、来年から四年間、歴史を小学校3年生から6年生まで、公民を5年生から中学2年生まで使用することになり、子ども達をはじめ、教育労働者や保護者、地域住民を苦しめることになるのは、横浜市や杉並区の経験からも明らかである。以下、その採択状況、反動的な内容、今後の課題について検討したい。
反動教科書を子どもに渡させるな!
日本再生機構=「教科書改善の会」の育鵬社版と、「つくる会」の自由社版とが採択された地区・学校は、昨年までの栃木県大田原市、横浜市等に加えて、大阪府東大阪市教育委員会が育鵬社公民を採択、神奈川県藤沢市は育鵬社版歴史・公民教科書を採択した。また東京都大田区教育委員会は、育鵬社版歴史・公民を、東京都武蔵村山市は、持田教育長が主導し、育鵬社版歴史・公民を採択した。採択された地区・学校は多数で、神奈川県立平塚中等教育学校は、育鵬社版歴史教科書を八月二日に採択、埼玉県教育委員会は、県立伊奈学園中学(中高一貫校)に育鵬社版歴史・公民を採択した。愛知県では県立中高一貫校と県立特別支援学校で育鵬社版歴史・公民教科書の使用を決める等、採択された地区・学校は、愛媛県の今治市、上島町、四国中央市、島根県の益田地区その他各地に散らばっている。
私立中学校では、国学院大栃木中学校(歴史・公民育鵬社版)、日大豊山中学校(育鵬社版歴史)、三重県の皇学館中学校(育鵬社版、歴史・公民)、大阪市城東区の開明中学校(自由社版公民・歴史)等20数校以上の学校が採用を決めている。
育鵬社版歴史教科書の採択数は46330冊(占有率3・7%)、公民は49030冊(4・2%)にのぼり、育鵬社と自由社とでは歴史計47050冊(3・8%)公民計49690冊(4・2%)であることが、市民団体教科書ネットの十月十五日作成資料から明らかになった。
「つくる会」や日本教育再生機構=「教科書改善の会」は、首長に働きかけ「つくる会」系教科書を支持する教育委員を過半数獲得して、教育委員の投票で反動教科書の採択をさせるため、横浜市や杉並区の経験を全国に拡大してきた。そして日本会議等右派勢力を動員して「つくる会」系教科書の採択を画策してきた。
さらに昨年十二月、自民党は地方組織に向け、「教育基本法と学習指導要領に最も適合した教科書が採択されるためには、地方議会での取り組みが重要である」という通達を出した。そして、今年五月、「教育基本法および学習指導要領改正の趣旨を反映した採択への取り組みを進めることは、教育基本法を制定した我が党の使命」として一般質問と議会決議文案を提示している。さらに、日本会議地方議員連盟が六月四日に一般質問と議会決議の文案を発表し、地方議会での策動を指示した。これを受け各地方議会では、一般質問に名を借りた育鵬社・自由社以外の教科書への攻撃、反動教科書の宣伝、請願・陳情、決議の採択が行なわれている。かれらは教育委員会に圧力かけ、教育への不当な介入を行ない、なりふり構わぬ攻撃を仕掛けてきた。
こうした動きが、反動教科書採択へとつながっている事実を否定することはできない。安倍晋三元首相を中心とする日本会議国会議員懇談会や日本会議地方議員連盟、統一教会や幸福の科学等改憲勢力が公然化した行動に凶奔していたのだ。
しかし、東京都の杉並区は反動勢力の攻撃をはね返し、六年ぶりに「つくる会」系教科書採択を阻止している。
八月十日、杉並区では、反動的教科書の採択を許してはならないと、およそ260名の市民がつめかけ、教育委員による審議を見守っている。その結果、区長に新しく任命された二人の教育委員が、育鵬社版教科書では「自分で考える力がつかない」「学ぶ意欲がわかない」と発言、賛成は過半数に満たず、不採択になった。市民の粘り強い取り組みや、前山田区長等、反動的区長を変えていく闘いの大切さが示され、今後の教訓となっている。
さらに沖縄県八重山地区では、石垣市、与那国町の二教育委員会が、育鵬社版を採択したにもかかわらず、住民の粘り強い取り組みによって阻止されている。
教科書の採択は、採択地区の協議会や調査委員会、選定委員会が選定、各教育委員会に答申し、教育委員会が採択する。八月二二日、非公開の協議会開催と無記名投票によって、石垣、与那国二教育委員会が育鵬社版の採択をする。しかし、竹富町教育委員会は、全員一致で不採択を決めた。同一採択地区で結果が異なったため、沖縄県教育委員会は調整に乗り出し、九月八日、三市町全教育委員13名による協議を実施、育鵬社版不採択、東京書籍版の採択を決定した。
「つくる会」系教科書不採択を求める声は、八重山小中学校校長会やPTA連合会、県老人クラブ、県PTAまで大きく広がっている。これは、11万人が参加した2007年「9・29教科書検定意見撤回を求める県民大会」など、反戦・平和、反基地闘争、歴史の歪曲を許さない沖縄民族の闘争を背景にしている。
その後、三市町全教育委員協議の決定は無効だなどとして、文部省が不当介入しているが、断じて許してはならない。
今後、育鵬社版・自由社版教科書の拡大をこれ以上許さず、教育現場から一掃していく中期的な活動方針が求められている。そのためには、「つくる会」系教科書の危険な中身を学習して、広く知らせたり、教育委員会に対し、学校現場の意見を尊重して採択し、未来を担う子ども達に不適切な教科書を渡さないよう申し入れることが、基本的な活動となるだろう。創意工夫をこらし、反動教科書一掃の運動を粘り強く進めることが求められている。
「つくる会」系教科書の反動的中味
「つくる会」系教科書の内容の反動性を以下、四点にわたって見てみるが、総じて日本国憲法を否定し、憲法改悪を目論む教科書になっているということである。育鵬社・自由社版、歴史・公民の両教科書を一冊たりとも子ども達の手に届けさせてはならない。
@天皇中心に国民を統合しようとする教科書
「つくる会」系教科書は、神話があたかも歴史的事実であるかのような刷り込みを生徒たちに行なっている。
自由社版歴史教科書では「神話や古い伝承は、超自然的な物語を含み、ただちに歴史的事実として扱うことはできない。」としながら「神話が織りなす物語は一貫したストーリーに構成され、大和朝廷につながっている。」「アマテラス大神は太陽を神格化した女神で、皇室の祖先」等と述べ、いつの間にか神武天皇が初代天皇として位置づけられる。さらに欄外で、二月十一日は神武天皇が即位した日と説明、あたかも事実のように見せかけるトリックを用いている。育鵬社も同様である。
これは、天皇を現人神と信じこませ周辺諸国を侵略した過ちを<再び繰り返すことにつながっていくにちがいない。
さらに、「つくる会」系教科書は、聖徳太子を大きくクローズアップし、とりわけ自由社は、4頁も費やしている。十七条の憲法では、「人々の和を重視する考え方は、その後の日本社会の伝統になった」と述べ、さらに、仏教を保護し「神道をも尊ぶという姿勢は、我が国の伝統に大きな影響をあたえた」と記述している。時代背景が異なるものを超歴史的に論ずるのは有害であり、厩戸王子の政策を過大に評価し、皇室を賛美させることは、危険な道につながっている。
また、天皇号を天武朝から推古朝にさかのぼらせたことも恣意的である。「『東の天皇つつしみて、西の皇帝に申す』として両国が対等であることを表明し」た記述は、小国でありながら皇帝に劣らない天皇号を使用した太子を称賛する目的で書かれたものである。なぜなら天皇号は天武朝から用いられた事が明らかになっている。そして太子の手紙も隋書に裏付ける資料がなく、一、二回目の遣隋使は「倭王」と表記している。つまり、天皇を崇拝させるための手段と考えられる。
そればかりではない。教科書は、聖武天皇の治世や天平文化、桓武天皇の律令制度の立て直しなど、国家や天皇中心の叙述で埋めつくされ、あたかも、天皇の聖徳によって歴史が動いているかのように記述されている。
近代に入ると、教科書は、大日本帝国憲法を賛美し、「憲法を称賛した内外の声」の欄には、「聞きしに勝る良憲法である」なる文章を載せ、天皇主権の憲法を讃えている。さらに1945年ポツダム宣言受諾にあたっては、「聖断の後の昭和天皇の発言」を掲載し、国民を思いやって決断したとする文を載せている。
「つくる会」系教科書は、天皇を中心とした国家のもとに国民を統合し、支配しようとする意図が明白である。「つくる会」系教科書は、主権者が国民であることを否定し、天皇主権の社会を標榜している。
そればかりではない、国民の権利について公民教科書では、「社会の秩序を混乱させたり、社会全体の利益をそこなわない」(育鵬社)でと制約を強調し、「国家や社会秩序を混乱や崩壊に導くことのないよう戒める」などと記述し、基本的人権より国家や社会の利益を優先させ、天皇主権の国家に奉仕させようとしている。
A戦争の担い手に子ども達を育成しようとする教科書
663年唐と結んだ新羅に敗れた白村江の戦いについて育鵬社は、「親交のあった百済(ペクチョ、くだら)を失うことは…我が国の安全を脅かす出来事でした。百済からの救援の依頼があり」と記述し、自由社は「300年の親交のある百済が滅び…唐の支配下に入ることは、日本にとって脅威だった。」「日本の軍船400基は燃え上がり、空と海を炎で真っ赤に染めた。」と述べている。
また、元寇について、「フビライは…独立を保っていた日本を征服しようと企てた。」「日本側は、略奪と残虐な暴行の被害を受け…。」「これを国難として受けとめ、よく戦った。」と自由社は記述し、育鵬社は同様の記述の後、「これを否定し…九州の守りをかためました。」と記述している。他国が攻めてくる危機感と国防の必要性を強調し、他国の侵略がある、だから防衛することが必要だと子ども達に説いている。しかも、「炎で真っ赤に染めた」なる記述は、この教科書が科学ではなく、読み物として歴史を扱っていることを示している。つまり戦前・戦中の歴史教育、修身や道徳として位置付けている証である。
さらに、アジア太平洋戦争では、「我が国の勝利は、東南アジアやインドの人々に独立への夢と希望をあたえ…。日本軍の破竹の進撃は、現地の人々の協力があってこそ可能だった。」(自由社)と述べ日本の侵略を、欧米の植民地から解放する正義の戦争として、正当化している。両教科書が「大東亜戦争」と呼ぶのはそれを意図している。
そればかりではない。自由社版は韓国併合で「ハングルを朝鮮固有のものとして普通教育に取り入れた。」と書き、「朝鮮の鉄道・灌漑施設をつくるなどの開発を行い、土地調査を実施した。」と記述している。あたかもハングル教育を始めたのは日本と主張し、朝鮮語教育を禁止したことには、口をつぐんでいる。また、土地を収奪し、日本の会社や地主が広大な土地を所有したり、増産分を上回る米を日本に輸送したりした事実を覆い隠し、産業の発達に貢献したかのように装っている。民族の文化を奪い、過酷な支配の実態を隠蔽して侵略を正当化している。3・1独立運動で「朝鮮総督府は武力で鎮圧した以後は…文治政策に変更し…」(自由社)の記述もそのことを表している。
日中戦争では、「日本軍将校殺害をきっかけに戦闘が拡大…。ここに到って不拡大方針を撤回し…全面戦争に突入…」(育鵬社)、「中国軍が日本人居留区を包囲…日本人保護のため派兵した。」(自由社)と記述し、朝鮮・中国の抵抗運動が悪であり、日本は日本人保護のためにやむを得ず戦争を始めたと主張する。子どもを戦争へと動員するために、事実をねじまげ隠蔽して、戦争を美化し正当化するものである。
自由社は沖縄戦の悲劇で「追いつめられた住民が家族ぐるみで集団自決する悲劇がおこりました。」と記し、育鵬社は、「米軍の猛攻で逃げ場を失い集団自決する人もいました。」と『集団自決』を記述した。それはあたかも住民の自発的意思によるものとして書かれ、日本軍の強制で起きたものである事実を否定している。沖縄の人々への差別もそこにはある。軍隊の本質と沖縄の人々への差別をおおいかくし、子どもを戦争にかり立て、差別を助長する教育こそ「つくる会」系教科書である。
B民族差別を煽り、差別を助長する教科書
自由社は、「日本文明の伝統で」日本が中国からの文明を謙虚に学び、「伝統を見失うことなく、自立した国家をつくりあげ」「世界で最も安全で豊かな今日の日本」を築きあげたとしている。一方、高麗は元に言われるままに協力したと言い、日中戦争は、自力で近代化できない中国、朝鮮を導こうとしたことが原因で起こったと記述する。朝鮮、中国そしてアジア人民を蔑視する思想で貫かれた教科書である。
また、女性差別の実情も何ら取り上げてはいない。自由社版では、「平等権」という言葉が無く「平等」そのものが権利であるという視点すらない。日本国憲法は、「平等権」で「性別によって差別されない」と記しているにも関わらず、女性差別の実情を何ら取り上げてはいないのである。育鵬社版も「平等権」の言葉はあるが男女の賃金格差等について記述はない。
かれらは、地方議会などで、男女共同参画に反対し敵対してきた。「つくる会」系教科書は、差別を助長する反動的な教科書なのだ。
C原発を礼賛し、環境破壊を容認する教科書
原発について育鵬社は、歴史教科書「コラム 核と世界」で「チェルノブイリで原子力発電所が爆発し、原子炉から漏れた放射能が、広範囲に飛び散るという事故が世界を揺るがし」とのみ記述している。そして、自由社は、事実にさえ触れず無視している。2社以外の教科書が、原発の安全性の問題や廃棄物処分に触れ、危険性を具体的に記述しているのに比較して、大きく異なっている。
さらに育鵬社は、別の文で「原子力発電は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素をほとんど出さず、原料を・・・繰り返し利用できる利点があります」として、「今後は、安全性に配慮し」と、あっさりまとめている。両社は、原発を容認し、原発の再稼働、核武装をねらっている。自由社も、福島の原発事故を無視し、「二酸化炭素等を排出しないが、安全性、放射性廃棄物の処分等難しい問題もある」とのみ記述する。この取り上げ方こそが福島の惨状を軽視している証である。かれらは、原発を礼賛し、環境破壊を容認している。
反動教科書を一掃しよう
以上のように「つくる会」系教科書は、天皇を中心に労働者・大衆を統合し、天皇主権に導き、基本的人権を否定し、子ども達を戦争の担い手に育て上げようとしている。それは、日本国憲法の主権在民、基本的人権の保障、戦争放棄、立憲主義の4つの柱の否定であり改憲である。両教科書の危険な内容を学習し、多くの人々に知らせ、運動の輪を広げねばならない。
四年後を考えると、反動教科書が採択された地区では、首長(教育委員の任命権者)を交代させることが問われている。それ以前に、市民運動の不在状況の克服が問われる地区も多いだろう。また教育労働者には、検定教科書に依存するのではなく、自主教材で教育実践を豊かにする力量が問われている。
中期的な方針としては、右派勢力の策動の拠り所となっている改悪教育基本法を放置しておくこともできない。教育基本法は再改正されねばならない。教育労働者は広範な人々と手を結び、反動教科書一掃の先頭に立って奮闘しよう。(了)