欧州の債務危機で、世界は新たな動揺局面へ
  あわや欧州発の世界金融恐慌                
                                  安田兼定


 八月十四日、ゼーリック世界銀行総裁は、世界経済が「新たな、より危険な段階に入った」と、警鐘をならした。
 現実に、八月前半、米欧の債務問題(米は連邦債務の上限を巡る政争と米国債の格下げ)が世界の株式市場に波及し、さらにドル離れが進むなどして金融市場は大きく動揺した。
八月後半もまた、世界的な連鎖株安、金融不安が繰り返され、世界資本主義の動揺は収まらない。その中で、特徴的なのは、通貨分野では消去法的に円とスイス・フランが上昇し、金高騰が止まらず1トロイオンス=1900ドル台にまで跳ね上がっていることである。
だが、世界危機の新局面を作りあげた主因は、なんといっても欧州の財政赤字と金融不安による複合的な危機である。

<危機はイタリア・スペインへ波及>

欧州中央銀行(ECB)は、八月四日、ユーロ圏の政策金利を1・5%に据え置き、その後の記者会見でトリシェ総裁は、世界経済の動向に応じた路線転換の兆しを示した。
同日、欧州連合(EU)のバローゾ欧州委員長は、欧州安定化基金(EFSF 2010年6月に設置)の規模拡大を含めた再強化案を公表した。これは、ギリシャ発の複合危機がイタリアやスペインに波及していることを踏まえたものである。
実際、今年の七月中旬頃から、両国の10年物国債利回りは上昇を続け、八月の初め6%を突破し、危険ラインの7〜8%に接近した。ECBの国債買い取りにより八月八日以降、上昇はようやく食い止められ、小康状態を保った。
だが、欧州の財政危機に対する市場の警戒感は強く、国債の信用リスクを示すクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の保証料率が上昇し続けている。図(『日経新聞』八月一二日付け)に示されるように、スペインやイタリアのそれは、再び4%を超えようかという勢いであり、フランスもまた急上昇している。フランスの5年物国債の保証料率は、過去最高の1・7%台を付けたのである(最近の主要国のCDS保証料率は、アメリカ0・55%、ドイツ0・85%、イギリス0・86%、日本0・99%、中国1・09%)。
欧州の財政危機が主要国にまで波及しているのに対して、独仏などユーロ圏の政治指導者たちは、「経済政府」とか、「財政赤字の上限を法的に定める」とかの中長期策を言うばかりで、当面の具体策を示せず、市場は失望し、ユーロ安は進行するばかりである(八月一七日の東京外為市場で、一時、1ユーロ=1・43ドル台、1ユーロ=110円台)。
欧州諸国の国債下落の下で、イタリアのECBからの借入金は増え続け、ギリシャの国債利回りは再び上昇する(八月二四日の10年物の利回りは18%超)。ドルの3カ月物のロンドン銀行間取引金利(LIBOR)も0・32%となり、一年ぶりの高水準となる。ドルの調達コストの上昇である。ユーロを市場で調達できない銀行も増え始め、ECBの比較的高い金利の貸し出しを使う銀行も増えている。
財政危機は、次第に金融危機を深める。八月二九日、ギリシャの第二位と第三位の大手銀行の合併が発表される。

<ギリシャのデフォルトは確実>

九月二日、ギリシャ政府は、今年の財政赤字をGDP(国内総生産)比で7・5%まで圧縮する目標を達成できない見通しだ、と発表する。これは、労働者人民の緊縮生活への抵抗のみならず、今年のGDPの予想(マイナス3・5%)をはるかに上回る落ち込みが明白になりつつあるからである(図〔『日経新聞』十月一日付け〕を参照)。
同日、LIBORは0・33056%へと上昇し、約一年ぶりに0・33%のラインを上回った。ギリシャの10年物国債の利回りは連日上昇し、九月七日、一時、ユーロ導入後初めて20%を上回った。
財政危機は、銀行危機を促がし、イタリアの民間銀行は、ECBから八月に850億ユーロと、二カ月前の二倍以上の借り入れを行なった。ニューヨーク外国為替市場で、八日の午前、一時、1ユーロ=1・3931ドルと、二カ月ぶりのユーロ安となる。同じく九日午前、一時、1ユーロ=105円30銭となり、10年ぶりのユーロ安となる。
九月九日、フランスのマルセイユで開かれたG7の財務相・中央銀行総裁会議は、合意事項として、「世界的な成長減速の徴候、金融市場の緊張の高まりに国際協調して対応」、「成長に配慮した中期財政健全化計画を策定、実行」、「強固な銀行システムと金融市場に向け、必要な全ての行動を取る」などをあげた。しかし、従来の政策を確認しただけで、新たな具体策は見えなかった。
週明けの九月一二日、仏独の銀行株が急落する。BNPパリバの株価は、前週末比13・0%、ドイツ銀行が同8・9%の大暴落である。
同日、ECBのトリシェ総裁は、日米欧の主要国中央銀行総裁の集まる席で、“ユーロ圏の銀行に固定金利で無制限に流動性を供給する能力がある”と、強調した。浮き足立つ市場を沈静化するのに、躍起となる。
この頃、ギリシャ国債を保有する仏大手銀行3行の信用格付け引下げ(一四日、ムーディーズは、ソシエテ・ジェネラルとクレディ・アグリコルを格下げする)や独仏の有力銀行が米ドルの調達に支障をきたしているなどの噂が飛び交い、金融危機は独仏銀行にまで波及するようになる。
九月十三日、ギリシャの10年物国債の利回りは、一時、25%を超え、イタリアも同5・7%と再上昇する。借り手の信用リスクを取引するCDS市場では、ギリシャ国債の破綻確率はほぼ100%に跳ね上がる。

<欧州人民の抵抗闘争>

イタリアでは、ベルルスコーニ政権の打ち出した新たな緊縮財政案に対して、九月六日、ローマやフィレンツェなど主な都市で反対のゼネストが展開された。この日は、スペインでも同じく労働組合の街頭での抗議活動が行なわれた。
九月二日の“ギリシャ財政再建困難”との発表にヨーロッパ金融危機が深刻となるにつけ、ギリシャ政府は追加の赤字削減策を付加し、改めて目標達成を内外から迫られる。
九月一一日、ギリシャ政府は、不動産税の増税や代議士の報酬削減などを通じて、財政赤字を20億ユーロ(約2100億円)減らすことを発表する。二一日、ギリシャ政府はさらなる追加財政再建策を発表する。それには公務員3万人削減(賃金を6割にカットするとともに、一年以内の転職を促がす)や年金支給減額(月額1200ユーロ〔約12・5万円〕以上の受給者を対象に20%を減額)のほか、所得税のなどの増税策が盛り込まれた。
アテネでは、二二日ただちに交通公共機関の労働者たちが抗議ストに入った。ギリシャでは、これまでもひんぱんにストライキや抗議集会などが繰り返されてきたが、公務員労組は十月五日、全労組は十月一九日にそれぞれゼネストに入ることを発表した。
九月三〇日、公務員労組などは、主要な省庁の建物を占拠して、パパンドレウ政権の緊縮策に抗議し、EU調査団の活動に反対している。
これまでパパンドレウ政権は、何度も公務員削減(二〇一四年までに15万人の公務員削減の計画)や国営企業の民営化を打ち出しているが、労働者人民の強力な反対と抵抗で、これを打ち砕いてきている。しかし、財政再建をめぐる闘いは、いよいよ一つの大きな山場を迎えつつある。

<仏独など欧州銀行の損失増大>

ギリシャ問題の深刻化にともなう結果の波及先は明らかである。一つは、EU内でも経済規模の大きいイタリアとスペインの財政危機の深刻化である。もう一つは、大口の貸し手である仏独などの銀行の焦げ付きである。欧州の銀行間取引市場は、機能不全の危機にさらされる。
今や事態は、ギリシャのデフォルト(債務不履行)のレベルどころではなく、ヨーロッパの金融システムそのものを揺さぶる金融連鎖危機である。そして、ヨーロッパの複合危機は、世界に大きな影響を及ぼす。最も、経済成長が著しいアジアでも、欧州危機で株価は軒並み暴落し、経済成長の減速をもたらし始めた。
潮の引き目は明らかである。投機筋は、取引の焦点を円買い・ドル売りから、対主要通貨でのユーロ売りに転換し始めた。すでに、外国為替証拠金(FX)取引では、七月頃から異変が生じ、これまで通貨ペア別の取引金額で首位を保ってきた「ドル・円」が三位に転落し、代わりに「ユーロ・ドル」がトップに躍り出ている。
九月十五日、ついに欧州中央銀行(ECB)、米連邦準備制度理事会(FRB)、英イングランド銀行、日本銀行、スイス国立銀行は、欧州の複合危機を受けて、民間銀行のドル調達を支援するため、ドル資金を無制限に供給することで協調する、と発表した。期間は3カ月で、資金需要が高まる年末年始を支援する。担保と引き換えに固定金利、無制限で供給する。
同日、IMFのラガルド専務理事も、世界経済は“危険な新局面に入った”と厳しい認識を示し、“大胆な協調”を呼びかけた。
欧州の大手銀行もこの間、最大で昨年の五倍以上の規模で、FRBへの準備預金を行なってきた。ドル不足への備えである。
九月一六日、ポーランドのウロツワフで、ユーロ圏財務相会合が開かれ、異例にもアメリカのガイトナー財務長官が出席し、「政府と中央銀行は破滅的なリスクを除く必要がある」と強調し、ECBと各国政府の協調を訴えた。財務相会合そのものは、ギリシャのデフォルト回避に全力を挙げることなどを確認したが、具体策は乏しいものであった。
九月二一日、国債通貨基金(IMF)は、毎年公表する「国際金融安定性報告」で、欧州連合(EU)の銀行が二〇一〇年の債務危機以降のギリシャ・アイルランド・ポルトガル・イタリア・スペイン・ベルギーの5カ国の国債を対象に、現時点での潜在的な損失額を計算すると、2000億ユーロ(約21兆円)の損失を抱えている可能性がある、と発表した。対象国の銀行への貸し出しなどの「銀行間信用」を含めると、損失額は5割り増しとなるとも述べている。IMFは銀行部門の資本増強を強調した。
九月二二日の東京外国為替市場では、1ユーロ=103円67銭の円高ユーロ安となる。
九月二二日夜、G20財務相・中央銀行総裁会議は、共同声明を発表したが、内容的な新味はなく、会議では欧州の複合危機に対して、早急な対応を求める意見が相次いだ。
同日には、中国、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカのBRIKS5カ国の財務相・中央銀行総裁会議も開かれ、新興国が協調して欧州の国債を買い支える案には慎重な様子見の姿勢が示された。中国はこれまで、対米関係での思惑もあって、ギリシャ、ポルトガル、スペインの国債買い増しを表明してきたが、政府内では慎重論が拡大してきている。

<新興国は自国通貨防衛へ>

あわや欧州発の世界金融恐慌の危機は、日米欧の中央銀行の協調融資などで、とりあえず今回は回避できた模様である。懸案のEFSF拡充計画案についても、ユーロ圏の各国議会の承認がようやく進みつつある。(計画案とは、基金の規模を今の4400億ユーロから7800億ユーロに拡大し、基金を使って市場で流通する国債を買ったり、経営危機に陥った銀行へ資本注入したりできるもの)
しかし、欧州の複合危機の解決は、依然として容易なもののではない。第一に、肝心のギリシャでの財政再建がまだまだ不確かなこと(最悪のシナリオはギリシャが突然デフォルトを宣言することである)、第二に、経済規模でEUの第四位のイタリア、第五位のスペインが支援国に転落した場合、今のEFSFの拡充案では間に合わず、さらに2〜3兆ユーロへの拡大が必要なこと、第三に、金融政策は統一されているが、財政政策は各国バラバラだという基本矛盾が解決されていないこと―など、前途遼遠である。
欧州の複合危機とアメリカの景気後退の傾向により、世界資本主義全体の景気動向は後退しつつある。アメリカは、連邦債務の上限問題での政治混迷だけでなく、大量失業が依然として継続し、肝心の住宅市場の回復も未だなされていない。
問題は、欧米の景気後退傾向に連動して、新興国もまた成長鈍化に陥っていることである。今や、ブラジル、インドネシア、韓国などは、株価下落だけでなく、外国資本の引き揚げに直面し、流入規制から一転して自国の通貨安を警戒する段階に至っている。新興国も不安にさらされている。
経済協力開発機構(OECD)によると、「ブラジルやインドの景気先行指数は今春から急速に落ち込んでいる」(九月十七日付け『日経』)といわれる。九月二二日発表の中国の九月の購買担当者景気指数(PKI)も49・4で、好不況の分かれ目である50を三ヶ月連続で下回っている(製造業のPKIは2カ月連続で小幅改善)。
世界資本主義は、二〇〇八〜〇九年の世界金融恐慌によって、これまでの諸矛盾を解決しようとしたが、その打撃が余りにも強いため、各国は大規模な財政資金の投入で、景気回復を図った。だが、今回はもはや多くの国々で政府債務が積み重なる中で、この政策手段の利用は困難となる。世界資本主義の混迷は、深まるばかりである。(終り)
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