6・11「脱原発100万人アクション」全国で六万七千
  停止原発の再稼動阻止を

 新旧の原子力発電反対運動が共同で呼びかけた「6・11脱原発100万人アクション」は、全国108ヵ所・67000人、世界11ヵ国・20ヵ所で取り組まれたと発表された。
 東京では、芝公園に原水禁やたんぽぽ舎などが呼びかけで6000名。代々木公園に環境団体などが1500名。新宿中央公園に「素人の乱」など若者中心に数千名。これらが夕刻の新宿アルタ前に合流、通行人参加も含めて二万人が、新宿駅東口を原発やめろ!の解放区と化した。
 芝公園の集会では、郡山からのバスで40人をはじめ、文科省の子ども線量20ミリシーベルト撤回を求めてきた福島の運動、宮城県の女川原発反対同盟の阿部宗悦さん、青森県の大間原発反対運動など各地からのアピールが行なわれた。
 各地の6・11行動をみると、大間原発に海峡を挟んで20キロの函館市で400人。仙台市で、「脱原発こそ震災復興の切り札」、女川原発再開反対を掲げて450人。郡山市で300人。新潟市で柏崎刈羽原発廃炉を求めて200人。つくば市で東海原発廃炉を求めて550人。横浜市で3000人が「さよなら原発ウォーク」。浜岡原発廃炉を求めて静岡市では250人、名古屋市では800人。大津市で老朽原発・美浜1号機などの廃炉を求めて120人。津市で芦浜原発阻止の経験がある人など150人。大阪は別記。神戸市500人。広島市で上関原発建設の撤回を求めて300人。福岡市では、玄海原発の再開反対を求めて1500人、等となっている。
 人々の闘いは、浜岡原発の停止、上関原発の埋め立て中断をかちとった。しかし菅政権は各地の原発再稼動の方針を打ち出し、原発利権勢力は、玄海2・3号機の再開を突破口に巻き返しを図ろうとしている。停止原発の再開を許さず、政府に抜本的政策転換を求める「9・19五万人集会」などへ攻め上ろう。(W)

  「原発いらん!関西行動」第二弾に4500人

関西で最大のものとしては、「6・11原発いらん!関西行動第2弾 関電は原子力からの撤退を!」の集会が、大阪市・中之島剣先公園で行なわれ約4500名が参加した。第1弾の4・16集会(3500名・御堂筋デモ)に続き、「ストップ・ザ・もんじゅ」など原発集中地域の若狭地方を中心とした反原発諸団体の働きかけで、関西一円の市民団体・労組・個人が一体となって合流し、盛り上がる集会となった。
 集会は最初に、福井県小浜の住職であり、活動家でもある中島哲演さんが、福島の人々を犠牲にしての原発延命策動、沖縄の人々を犠牲にしての基地強化という、この国の歴史を変えようとアピール。続いて、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」からのメッセージに拍手で応える。俳優の山本太郎さんからのメッセージも紹介された。
 国会からは、社民党の服部良一、共産の宮本岳志らの議員が院内反原発の強化を訴えた。
 集会後の御堂筋デモは、「原発なくせ!命をまもれ!」の叫びを広げ、ナンバ駅頭では原発弁護の「在特会」の輩を圧倒し、大きな成功を収めた。
 なお、釜ヶ崎日雇労組は当日朝から西成センター前で情宣し、六十名で参加した御堂筋デモにおいても、福島原発現場での下請・非正規労働者への被曝強要、行政の放置の実態を糾弾して闘いぬいた。(関西I通信員)


東日本大震災・現地報告
        第四報(発信7月2日)

  「民間まかせ」でない雇用再生を

 仙台も梅雨です。雨が上がれば気温も30℃を超え、夏本番を思わせる毎日が続いています。震災直後、寒さにふるえていたことを考えると時がたつのが早く感じられます。
 南三陸町の避難所がある登米市では、ホタルが見れるようになった様です。
 復興に向けた動きも、6月中旬頃から大きくなっています。
 道路整備やガレキの撤去、各避難所への食料等の配達を行なっていた自衛隊の数が目に見えて減っています。7月1日に統合部隊が解散したようですが、今ではあまり目立たなくなっています。
 道路整備やガレキの撤去は、民間業者に変わり、食料等の配達も大手宅配業者が行なっています。
 大阪・釜ヶ崎の二大人夫出しである「渥美組」「シンメイ」も、現地に飯場を作り、全国から人間を本格的に集めはじめています。
 また、仮設住宅への入居が一気に加速し、多くの避難所が閉鎖され、日常的な生活活動が再開されはじめています。
 6月28日、気仙沼漁港では震災後初めてカツオの入荷・セリが行なわれました。南三陸では7月1日にタコ漁が解禁され、女川漁港では魚市場が再開されました。また養殖の再開に向け、集落一体となった港の片付け・整備が進んでいます。
 津波で根こそぎ消失した地域を除いては、片付け作業も目途が立ち、大手スーパーや地元の商店も営業を再開するようになりました。
 こうした中、女川には、ガレキの原野の中に「女川コンテナ商店街」が誕生しました。NPOに寄贈された8基のコンテナを利用し、地元の業者が出店して、けっこう人気になっています。
 しかし、こうした復興へ向けた動きとともに、福島第一原発の周辺住民をはじめとして、なお多くの人たちが避難所生活を余儀なくされています。仮設に移れたとしても、元の所に戻れるのかも明らかにされず、そして仕事の問題も、一部では行政の期限付き直接雇用はありますが、基本的には「自己責任」「民間まかせ」の構造は変わっていません。
 まだまだ支援が必要です。ガレキの撤去が進むのはいいのですが、それが道路にこぼれ、車のパンクが増えています。わたしも昨日、パンクしました。
 6月30日現在、死者15511人、不明者7189人です。(S)


6・18〜19移住労働者と連帯する全国フォーラム東海2011
    多民族・多文化共生へ

 六月十八〜十九日の両日、名古屋市の中京大学のキャンパスを使って、「第8回移住労働者と連帯する全国フォーラム・東海2011」の集会が開催された。主催は同実行委員会。会場は全国から500人を超える仲間が集まって、熱気に満ちた雰囲気に包まれていた。
 十八日、午後一時からの開会に引き続いて、メインの企画となった「リーマンショック後の東海地域から多文化共生の道を考える」シンポジウムが行なわれた。
 コーディネーターを務めた名城大学の近藤敦さんが、すでに日本社会に定住している外国人労働者とその家族が地域社会の構成員として共に生きており、そのために、教育・労働・福祉の分野で現実に起きている様々な問題を可視化して検討し、対応を話し合うことを提案した。
 パネラーの一人であり、愛知県多文化共生推進室長でもある寺島千秋さんからは、愛知県ではリーマンショック前にブラジル人を中心に外国人登録者は約23万人いたこと、リーマンショック後は20万人に減ったけれども、この経済危機後もこの地域で暮らすことを選択した人が20万人を超え、定住化が明らかになったことが報告された。
 また労働の現場では、日系外国人労働者は勤勉で安価な労働力として一九九〇年代半ば以降、急速に数を増やしてきた。ユニオンみえの広岡法浄さんは、ほとんどの外国人労働者が偽装請負や違法な派遣で働き、雇用者が雇用責任を免れる問題が起きていること、またリーマンショック時には、派遣法で三年以上雇用すると直接雇用の義務が発生するいわゆる「2009年問題」が迫っていたが、この経済危機にかこつけて一気にこの問題を解消するという、人権侵害の大量解雇が起こったことを指摘した。
 教育の分野では、南米国籍の外国人の子弟の高校・大学の進学率が低いこと、それが就職で正規社員への道を閉ざし、貧困の問題にもつながっていることが話された。医療・福祉の分野では、医療通訳の態勢を早急に整備する必要など緊要な問題が提起された。
 各パネラーの報告に示されたように、安価で勤勉な労働力として大量に導入された外国人労働者の受け入れ体制が未整備なままで、様々な問題が生じている。多民族・多文化共生が今、まったなしで日本社会に問われている。今回のシンポジウムは、改めてその問題を浮き彫りにした。
 集会はシンポでの討論の後、女性・労働・教育・難民・医療・反貧困など16の分科会をもって、より詳細な討論を行なった。
 第二日目は、一橋大学名誉教授の田中宏さんの記念講演「国・自治体・市民が今やれること」を受けて再開した。
 田中さんは、多民族・多文化共生の道を創り出す活動として、排除ではなく共生を基本として、自治体を通して先進的試みを積み上げていく必要性を語った。
 集会では最後に、移住者の生きる権利を奪わない活動を今後も継続していくことを決意し、七つの提言を採択して、今後の活動を展開していくことを誓い合った。(東海S通信員)


朝鮮高校に即刻無償化を!6・23近畿集会
  許すな民族差別の適用除外

 六月二十三日、大阪市のエルおおさか(府立労働センター)にて、「すべての子どもたちに、わけへだてなく!即刻、朝鮮高校に<無償化>を!6・23近畿集会」が900名近くの結集で開催された。主催は、同近畿集会実行委員会(大阪平和人権センター、各地の朝鮮学校を支援する諸団体、日朝国交正常化の早期実現を求める市民連帯・大阪、全港湾大阪支部、全日建ら労働組合など69団体の賛同で構成)。
 集会は最初に、無償化実現のために闘っているオモニや朝鮮学生などを記録した映像の上映、ウリハッキョに思いをかける詩の朗読が行なわれ、続いて主催者あいさつ、また同時に東京でも無償化要求集会が開催中であるが、その東京集会の代表からの挨拶が行なわれた。
 基調講演は、丹羽雅雄弁護士が以下のように行なった。
 このかんの経過は、2010年4月1日に高校無償化法が施行。これは、戦後初めて各種学校(外国人学校、民族学校など)で学ぶ生徒に対しても、1条校で学ぶ生徒と平等に就学支援金を支給する内容であった。しかし、文科省令で外国人学校の中では朝鮮高級学校のみが例外扱いにされ、当面、無償化から除外されてしまった。除外の是非についての文科省の検討会議が10年5月に発足、8月31日には、民族教育に対する政府の不当な干渉ともいえる「外国人学校の指定に関する基準」を公表、11月5日高木文科相が適用基準を発表した。これを受け、朝鮮高校10校が無償化措置を受けるため申請書を提出した。
 ところが11月23日朝鮮半島で延坪島砲撃事件が発生すると、翌日には菅首相が文科相に審査手続きの停止を指示、11月25日に文科省は審査停止を発表してしまった。その後、今年の3月25日には高木文科相が、「大震災の対応ということもあり、審査手続き等について非常に事務的にも困難な状況」云々と発表している。
 この朝鮮高級学校無償化排除は、国際人権法における、民族的マイノリティの教育への権利を露骨に侵害し、また個別人権条約の子どもの権利条約にも違反している。菅首相が行なった、審査事務手続き停止の指示は、政治・外交上の理由による超法規的指示であり、これは憲法と国際人権法に違反し、教育基本法十六条一項の「教育への不当支配」に該当する。
 以上の講演の後の各アピールでは、朝鮮高校卒業生で、京都朝鮮初級学校襲撃事件裁判に関わっている康仙華(カン・ソナ)弁護士、同じ卒業生の大学生二名など、七団体・個人が発言した。最後に政府要請文を採択して、閉会した。
 さて、この大阪の地でも、民族排外主義者・橋下府知事は、1992年以来続いていた「私立外国人学校補助金」を、他の外国人学校には支給を続けているのに朝鮮学校には停止している。なお東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県、宮城県も何らかの理由をつけて、この補助金を停止している。
 私たちは、国・自治体一体となった朝鮮学校つぶしを絶対に許してはならない。31校の外国人学校には無償化を適用して、朝鮮高校にだけ適用しないというのは、民族差別以外の何物でもない。日本政府は、在日の人々に対し、いまだに植民地政策を続けており、すなわち同化政策であり、民族のアイデンティティを否定し、民族教育を否定して朝鮮人として生きることを抹殺しようとしている。阪神教育闘争以来、日本政府の本質は、民族教育の否定、朝鮮学校つぶしである。
 私たちは、同化政策に反対して共生社会をめざし、朝鮮学校を支援する大きな波を作って、民族排外主義と闘っていこうではないか。それと共に、日朝の友好運動の前進、国交正常化の実現が必要だ。そのためにも朝鮮高校の無償化適用を実現しよう。(関西N通信員)