ギリシャの財政危機、当面は回避
  だが確実視されるデフォルト
                               堀込 純一

 六月二十九日、ギリシャ議会では、財政赤字を削減するための追加の財政再建法が、かろうじて可決された。一院制のギリシャ国会の定数は300であり、賛成155、反対138、欠席・棄権7であった。同法による財政再建計画は、増税や公務員人件費の削減、公営企業の民営化などを盛り込んでいる。
 ギリシャ議会は、翌日の三十日、財政再建法が定める緊縮策を実施する関連法案も、155人の賛成で、可決した。
これにより、2015年までの間に、公務員削減などで284億ユーロ(約3兆3000億円)の緊縮策と、公営企業の民営化による500億ユーロ(約5兆8000億円)の資金確保策などが執行される。
これで当面、EUやIMFからのつなぎ融資の条件がほぼ整い、ギリシャのデフォルト(債務不履行)危機は一服を迎えることとなった。しかし、これらの採決は、労働組合のゼネスト、若者たちの抗議行動の真っ最中に行なわれたことに見られるように、今後の実施場面での抵抗運動は引き続き継続されるであろう。
ギリシャの財政危機を緩和するつなぎ融資については、今後も同じような綱渡りが続くのは必至であり、EUなどはすでに第二次支援に取り組みつつある。市場関係者や専門家などの間では、いずれの形であれ、ギリシャのデフォルトを確実視する見解は高まっている。

  〈内外の重圧にはさまれた政府〉

世界金融恐慌を契機に財政危機が露呈したギリシャは、EU(欧州連合)とIMF(国際通貨基金)に金融支援を要請し、昨年の五月、総額1100億ユーロ(約12兆7000億円)の支援が決定された。この際、支援の条件として、「財政再建が予定通り進んでいること」があげられ、四半期ごとに欧州委員会・IMF・欧州中央銀行(ECB)が財政再建の進捗状況をチェックし、合格していればその期の融資を実行することになっている。
しかし、2010年の財政赤字が計画の上では、対GDP(国内総生産)比8・1%まで縮小させるのであったのが(2009年は13・6%だった)、実際には10・5%であったのである。
そこで、パパンドレウ首相は、四月十六日、追加的な財政赤字削減策を発表せざるを得なくなる。その概要は、歳出削減(社会保障費の削減、公務員の賃金カットなど)や国営企業の民営化などにより、現状の財政赤字−対GDP比約10%を2015年に1%前後まで圧縮するというものである。
同時にパパンドレウ首相は、ギリシャがかかえる国債の利払い・元本削減など投資家に負担を求める「債務再編」の可能性は全面否定した。というのは、この頃マスコミでは、ギリシャの債務再編1)が取り沙汰され始め、ドイツのショイブレ財務相も言及し、EUもギリシャへの追加支援(二〇一〇年五月のギリシャ支援につづく第二次金融支援―1100億ユーロと予想)を視野に入れ始めていたからである。
パパンドレウ政権の財政再建は、国内外からの重圧で極めて窮地に陥っていた。
国外的には、EUやECBなどの強い監視だけでなく、金融市場はつぎつぎとギリシャ国債の利回りを上昇させ(今年二月頃からうなぎ上り 図〔『日経』六月二十一日付け〕を参照)、独仏を中心とする債務再編論議が高まる。一時は、ギリシャの「ユーロ離脱」のニュースまで飛び交い、パパンドレウはその噂打消しに懸命とならざるを得なかった(五月上旬)。
国内的には、違う角度からではあるが、労働組合のストがしばしば展開され、失業・非正規労働の多い若者などからは連日のように、抗議集会やデモが繰り返されていた。支配階級の失策のツケを労働者人民が負うなどということは、全く以て理不尽なことである。国際機関がしばしば金融支援の代償として民営化を要求するのは、一九八〇年代の中南米の「失われた10年」以来の新自由主義の常套手段であるが、ギリシャの場合も同じである。これに対しても、労働者の怒りは強く、尤もなことである。たとえば、政府は国営企業の売却で赤字削減の財源を500億ユーロ捻出するとしているが、2万2000人の労働者を雇用し、毎年3億5000万ユーロを納税する電力会社や、少なからずの利益をあげている公営クジ会社の売却などには、多くの人民が納得せず反対するのは当然のことである。

  〈連立提案から中央突破へ〉

ヨーロッパでの財政危機は、ギリシャだけではない。とりわけアイルランドやポルトガルの財政危機は深刻でEUやIMFの金融支援をあおいでいる2)。この財政危機がスペインやイタリアに波及すれば、経済混乱はリーマン・ショックのレベルを越えるであろう。
財政危機のあおりで、既成の政権の崩壊が連続している。アイルランドでは、今年一月、共和党と緑の党の連立政権が崩壊し、二月二十五日の下院総選挙で野党が大勝した。三月九日には、統一アイルランド党と労働党の新たな連立政権が発足した。
六月五日には、ポルトガルで総選挙が行なわれ、与党の社会党は敗退し、これまで野党であった社会民主党が第一党となり、第三党の民衆党と連立政権を組むこととなった。
スペインでは、五月二十二日の地方選挙でサパテロ首相の社会労働党が大敗した。政党支持率では、中道右派の野党、国民党が社会労働党を15ポイント以上引き離している。社会労働党は新党首を迎えて巻き返しをはかるが、来年までに実施する総選挙で国民党が8年ぶりに政権を奪還する情勢が強まっている。
ヨーロッパの中道左派は、EUの欧州議会の第二勢力で、戦後ヨーロッパの福祉社会の基礎をつくったと言われる。しかし、世界金融恐慌を通して、多くの国々で財政赤字が積み重なり、高福祉・高負担の福祉社会は厳しい試練にさらされている。
残り少なくなった中道左派政権ではあるが、ポルトガルの敗北、スペインの退潮、これに続いてギリシャでも財政緊縮政策で、支持基盤の労働組合などからも激しい反対運動を突きつけられ、いまやパパンドレウ政権も窮地に立たされているのであった。
労働組合や失業した若者たち(ギリシャの失業率は、約16%弱)の抗議集会は絶え間なく続けられてきたが、六月に入ってさらに大きな攻勢がかけられた。六月五日夜、首都アテネの国会前広場には、8万人以上の労働者が集まって、政府の緊縮政策に抗議した。
同月十五日には、全国で24時間のゼネストが実施され、国会前広場には約2万5000人の労働者が結集し、デモを行なった。
内外からの重圧だけでなく、身内の閣僚からも反対意見が聞かれるようになったパパンドレウ首相は、十五日、野党第一党・新民主党のサマラス党首と会談し、「国や政治構造の改革のため両党が連立を組めるなら、職を辞してもよい」と、大連立を提起した。これに対して、野党は首相の辞任と中期財政計画の見直しを条件に、大連立に向け交渉する、と答えた。
そこでパパンドレウは同夜、ただちに野党との協議を打ち切り、内閣改造と早期の信任投票実施という中央突破の方針に切り替えた。そして、同月十七日、一度延期された内閣改造を断行し、ライバルのベニゼロス国防相を焦点の財務相に移行させた。新内閣の信任投票は、同月二十二日の未明に行なわれた。
こうして体制を改めたパパンドレウ内閣は、冒頭に述べたように、六月二十九日に財政再建法を、同月三十日に同関連法を僅差で可決成立させたのであった。

  〈直面するユーロ体制の大転換〉

この間の動向で注目すべきは、(ギリシャでの階級闘争の進展を除くと)ギリシャのデフォルト危機を巡るドイツとECB・フランスとの間での対立である。
ギリシャ財政危機は、昨年来、ユーロ安・ユーロ危機と相乗して、新たな国際的金融危機をひき起してきた。それが、その後やや安定したかと思われたが、アイルランド、ポルトガルへの国際機関からの金融支援が続き、やはりまたギリシャの財政規律が依然として緩く、財政再建計画が順調に進んでいないことが明らかとなる。これまでの支援だけではとても追いつかず、第二次の金融支援が不可欠となりつつあったのが、今年の四月中旬頃であった。
その一つのキッカケは、前述したドイツのショイブレ財務相の「債務再編」発言である。
同財務相の提案は、具体的には、金融機関が保有するギリシャ国債を別の国債と「交換」させて、実質的に国債の返還を7年間猶予する、というものである。これは、安易なギリシャ救済は、その救済資金が税金に依存しているため、国民の反発を恐れてのことである。
このドイツ案にはまず、トリシェ総裁などECBが猛烈に反発した。強制的に国債の条件を変えれば、今度は格付け会社が“ギリシャが債務返済能力をなくした”と判断し、それこそギリシャ国債の格付けを投機的水準からさらに下の「デフォルト(債務不履行)」のレベルに落とすからである。そうすると、ギリシャ国債を保有するECBも民間の金融機関も多額の損失を招き、金融危機の連鎖がヨーロッパ中へ、さらに世界中に拡大するからである。
ドイツ案に対しては、フランスも、自国の大手銀行がギリシャ国債に多額の投資をしている関係で反対した。
論議は結局、民間銀行の負担を強制せず、自発的なギリシャ国債の「借り換え」の線で妥協した模様である。しかし、民間銀行の「自発的な借り換え」といっても、あくまでも政治的な決着である。格付け会社が、これをどう評価し、どう判断するかは、未だ不透明な部分が存在するのである。
だが、今回の問題では、内部対立というレベル以上に重要なことは、ユーロ体制を前向きに変革するのか(各国の財政政策を統一化する方向)、あるいはユーロ圏を二つに分割するか(ないしは政策金利を複数の金利にするか)―ここ数年で決着せざるを得ない事態に直面していことが明らかになったことである。ここ数年で決着が問われるであろう。予断を許さないが、大きな変革に直面していることには変わりはない。(了)

注1) 債務再編とは、政府や企業など債務者が、借金返済や国債・社債の償還が困難になった場合、債権者との交渉により、返済条件を緩和することである。それは、例えば元本の削減や利払いの停止、支払期限の延長(債務繰り延べ)などがある。
2)アイルランドに対する総額675億ユーロの支援は、二〇一〇年一二月に合意された。内訳は、IMFから225億ユーロ、EUから402億ユーロ、二国間融資で48億ユーロ(イギリス38億ユーロ、スウェーデン6億ユーロ、デンマーク4億ユーロ)である。
しかし、銀行危機はなかなか収束せず、三月三十一日、アイルランド中央銀行は、今後の景気悪化に備え、主要行で計240億ユーロの追加資本が必要と発表した。これで銀行救済は700億ユーロ強となり、GDPの約半分になるのである(膨張した銀行資産はアイルランドのGDPの8〜9倍におよぶと言われる)。
ポルトガル政府は、巨額の財政赤字を背景にポルトガル国債の利回りが急上昇し、金融市場で資金調達をするのが困難と判断し、四月六日、ソクラテス首相はEUに金融支援を要請した。五月、EUはIMFとともに、総額780億ユーロの緊急融資を行なうことが合意された。内訳は、IMFが260億ユーロ、EUが520億ユーロである。