現代世界資本主義の考察(下)

    金融主導型成長
    パーターンから新興国台頭

                                   安田 兼定


二、アメリカを回転台に金融再配分

〈なお不均衡の拡大〉
 一九七一年のドル金交換の停止によって、ドルは金の裏付けを失い、ブレトンウッズ体制は崩壊する。一九七三年には、主要資本主義国が変動相場制へ移行する。だからといってドル支配が直ちに終焉する訳ではなかった。後継体制が形成されていないからである。しかし、それでも、ドル基軸体制の根本的な欠陥の一つである、いわゆる「流動性のジレンマ」1)は解消せず、それどころかますますその欠陥を強めた。
確かにアメリカはドル金交換の停止・変動相場制への移行により、経常収支の赤字がたまるとドル価値の下落を容認し、企業の国際競争力を回復して、貿易収支などの改善で経常収支の赤字を削減するという「ドル安カード」を手に入れた。
実際、ドル安の時期は繰り返し現われた。ニクソン声明からカーター大統領のドル安容認の第一波(七一〜七八年)、プラザ合意からブラックマンデーの第二波(八五〜八七年)、クリトン政権の輸出競争力回復のための第三波(九三〜九五年)などである。
しかし、一九六〇年代まで恒常的に黒字であったアメリカの経常収支は、七〇年代にはその約半分の期間で赤字となり、一九八二年からは恒常的に経常赤字となる。そして、一九八五年アメリカは世界最大の債務国に転落し、八七年には経常収支は1595億ドルの最大赤字となる。第一の谷である(図表1〈『週刊エコノミスト』6月7日号 矢口満論文〉を参照)。
 その後アメリカは一九九一年の一時的経常黒字に向けて改善しつつあったが、それ以降ふたたび悪化し、二〇〇五年には第一の谷の5倍以上の第二の谷(二〇〇六年マイナス8026億ドル。対GDP比は約マイナス6%)に至る。
 世界金融恐慌以後は、アメリカ景気の後退にともなう輸入減少などでやや改善し、二〇〇九年マイナス3782億ドルとなったが、またまた二〇一〇年にはマイナス4702億ドルに悪化している。
 経常赤字が持続するということは、国内で生産する以上の商品やサービスを海外から輸入することであり、「アメリカ国民」(貧困層を除く)が他人の労働に依拠した「虚飾の繁栄」を享受することを意味する。
 しかし、この「虚飾の繁栄」を維持するには、経常赤字をファイナンス(資金調達)することが不可決であり、海外からの資本流入が極めて重要なポイントとなる。だからこそ、オイルショックの一九七〇年代から八〇年代初めには、「オイルマネーの還流」が課題となり、対日本との関係では、一九六〇年代から八〇年代に貿易戦争・日米構造調整(これは「前川リポート」につながる)などが重要課題となる。一九八七年一〇月のブラック・マンデーの真因も、米日独による協調体制を同年二月のルーブル合意でうたったのにもかかわらず、アメリカが自らの財政赤字削減に取り組まずに一方的にドイツの金利引上げを批判し、協調体制が崩壊したことにある、と言われる。日本がバブル崩壊後、デフレ状況に陥り、アメリカの最大の貿易相手国が中国に代わった今日では、アメリカにとっての最大の交渉相手は日本から中国に変更された。それはこの間の米中戦略対話やG20での人民元問題でのやり取り一つでも明らかである。

〈米赤字が輸入引き受け〉
 ドル基軸体制下の世界経済の不安定性、繰り返す金融危機2)は枚挙にいとまもないが、ともあれ世界金融恐慌の始まる年・二〇〇七年にアメリカに流入し続けた世界マネーの大枠は、図表2(『朝日新聞』08・10・23)のようなものである。
 図表2に示された数字を合計すると、流入額が計1兆1643億ドル、流出額が計4829億ドルである。EUからの流入には、ヨーロッパだけでなく中東などのオイルマネーも含まれている。アジアが多いのは、対米輸出の多さを背景とするが、アジア諸国の一九九七年のアジア通貨危機の教訓から、投機マネーの横暴に備えて外貨準備を蓄積し、その運用先として対米投資が行なわれているためである。中南米では反米政権やアメリカと距離を置く政権が多いにもかかわらず、同地域からの流入が多いのは、カリブ海の租税回避地を迂回して、世界のマネーが流入しているためである。
 この年・二〇〇七年のアメリカの経常赤字は、7266億ドルであり、図表2の流入額だけで十分ファイナスでき、11643―7266=4377(億ドル)の余剰が生まれている。この額は、アメリカからの流出額4829億ドルの9割方を占めるものである。つまり、アメリカはその高金利政策やドル基軸通貨としての魅力などによって、自国の経常赤字をファイナンスするだけでなく、アジア、中・東欧など世界各国に資本を再分配する「回転台」の役割を果たしているのである。
滝田洋一著『通貨を読む』(日本経済新聞出版社 2004年)は、一九九五〜九九年にかけた世界経済の構造を次のように描いている。「欧州など海外から米国へは、高い収益を求めて投資マネーが流れ込み、株高と高成長を演出した。経済成長と収益増加の果実を得た米国の企業や家計は、海外からのモノやサービスの購入を増やし、世界の経済成長をひとりで牽引した。そして、株高で膨らんだ投資資金を、先進国ばかりでなく新興成長市場などに幅広く再投資した」(P.91)。
その後の二〇〇一年、アメリカ経済はITバブルの崩壊で一時的に景気後退するが、この世界構造の基本は変わらず、アメリカ経済は二〇〇七〜〇八年の世界金融恐慌に至る過程でも同様の「回転台」としての役割を果たしている。

〈特徴は金融主導型〉
グローバリゼーション下の今日の資本主義の最大の特徴は、金融主導型資本主義という点にある。
今や、世界の名目国内総生産(名目GDP)に対する世界の金融資産(株式時価総額プラス債券発行残高プラス預金)の比率は、一九九〇年一二月1・77倍、九五年一二月2・17倍、二〇〇七年一〇月3・45倍に膨れ上がっている(水野和夫著『金融大崩壊』NHK出版 P.39)。別の統計では(名目GDPに対する金融資産〔株プラス債権プラス銀行資産〕の比)二〇〇七年時点でみると、世界平均が4・2倍、アメリカ4・4倍、EU5・5倍、イギリス6・8倍、フランス6・1倍、スペイン5・5倍などで、EUはアメリカ以上の金融立国である(『日経新聞』二〇〇九年四月一九日)。
BIS(国際決済銀行)の調査によると、世界54ヶ国・地域の中央銀行が参加して行なわれた調査によると、世界の一日平均の外国為替取引は、一九九二年8200億ドル、九五年1兆1900億ドル、九八年1兆4900億ドル、二〇〇四年1兆8800億ドル、二〇〇七年3兆2100億ドルで、この15年間で、3・9倍も伸びている。二〇〇七年の世界の輸出総額が約13兆0026億ドルなので、わずか四日強の外為取引で、二〇〇七年一年間の貿易額に匹敵する勘定である。
このように、今日の世界資本主義は、実体経済から乖離した金融経済が横行しているのである。今や主客は完全に転倒し、実体経済は金融経済に振り回されているのである。
このことは、一九九七年の通貨危機により、タイ、インドネシア、韓国などが経済危機に陥ったこと、二〇〇七〜〇八年の世界金融恐慌で、金融立国路線をとってきたアイスランド、アイルランドが国家破綻に追い込まれたことまた、今日のヨーロッパ各国の財政危機とユーロ危機を招いていることなどに典型的に見ることができる。
 ありあまる余剰資本、とりわけ投機マネーの横行により、金融危機が繰り返されるが、他面では、新興国台頭の背景には、従来にない投資が大規模に資本主義後進国になされたことも事実である。
 先進資本主義諸国の諸企業などによる新興国への投資は、先述したようにグローバリゼーションの進展とともに、一九九三年頃から急激に拡大する。そして、直接投資は従来圧倒的に「先進国」に集中していたのが、新興国や東アジアなどに大きく転換する。特に一九八八〜九九年の間に行なわれた製造業分野への直接投資1兆0840億ドルの内40・1%もがアジア地域に投下されたのであった。
 このことは、帝国主義諸国の産業構造の大きな変化とも密接に関連している。国内製造業分野での投資需要が減退する中で、利潤率の高いアジア新興国などへ「先進国」多国籍企業が大規模に進出したからに他ならない。
これは、アメリカにおいて顕著にみられた。「アメリカ製造業が(国内の―引用者)GDPに占める比率は、一九六七年にすでに3割を割り込み、一九八七〜八九年頃には2割をも割り込んでいる。その後も、傾向的に低落し、一九九一年18・0%、一九九六年17・3%となっていた。」3)のである。米系多国籍業の新興国などへの進出で、いわゆる製造業の「空洞化」が進んだのである。この状況を「穴埋め」する形で、アメリカ国内では「ハイリスク・ハイリターン」を狙った金融業が進出する。金融・保険・不動産業は、GDPに占める割合が一九八六年には15・5%だったのが、近年では2割を超すようになった。
注目すべきは、利潤割合である。アメリカ国内利潤の構成比は、一九九〇年に金融・保険・不動産業29・7%、製造業23・0%であったのが、二〇〇四年には金融・保険・不動産業が39・2%、製造業14・1%と大きく差をつけられる状況に至っているのである。
アメリカ資本主義は、グローバリゼーションを世界各地に浸透させる中で、内外において金融主導型資本主義の性格を徹底的に強め、従来以上に寄生性、腐朽性を推し進めたのである。それは、サブプライムローン問題での「貧困ビジネス」にみられるように、徹底した弱い者いじめの資本主義であり、悪臭紛々たる資本主義以外の何者でもない。

  終りに代えて―新興国台頭の諸要因

 一九八〇年代からのグローバリゼーションの凄まじい進展は、世界各国を新自由主義旋風に巻き込み、その結果は二〇〇七〜〇八の世界金融恐慌であった。恐慌後の経済的立ち直りの姿において、帝国主義諸国と新興国とでは対照的なものであった。新興国は文字通りのV字回復であったが、帝国主義諸国は大量失業の解決に見通しもなく、財政危機も深刻となり、経済は依然として低迷している。
 第一次オイルショック後の一九七五年から始まった主要国首脳会議(サミット)は、ついに二〇〇九年九月のピッツバーグ・サミットで、「主役の座」を降り、世界経済の運営を方向付けるG20(多くの新興国を含む)に引き継がれた。今や、新興国の参加なしには、実効的な政策協調ができないためである。
 台頭著しい新興国の発展は、グローバリゼーションを利用する形で行なわれたが、同時に、そこにはBRICsなど新興国自身がもつ諸要因が確固として存在している。それらは、紙幅の関係で詳述できないが、列挙すれば次のようなものである。
 主なものとして、@生産拠点としてだけでなく、人口大国を背景に大規模市場の発展性がみられること、A良質な労働力が豊富に存在すること(中国では高学歴化が進み、インドでは伝統的にすぐれた数学的素養が活用されている)、B多くの国々が、植民地あるいは従属国からの解放を基に、主権国家の地位を堅持していること(他国の多国籍業の活動許可条件を国家目的に適合させている)、C軍事力を強化し、帝国主義の侵略策動をはねつける力を保持していること―などである。
特にBについては、注目すべきで、帝国主義諸国の多国籍企業が新興国の低賃金を目当てとして進出したり、資本投資をしたりするのを逆利用して、他国籍企業活動のノウハウ獲得に熱心である。それだけでなく、蓄積した外貨準備で、積極的にアメリカ、EU、日本などで企業買収も行なっている。
 もちろん、新興国にもそれぞれの弱点はあるが、設備投資の余地が十分ある状況では、まだまだ経済発展の可能性がある。相対的に後退する帝国主義諸勢力と台頭する新興諸国との協調と対立は、今後とも目を離すことができないものである。(終り)

注1)ドルのような一国通貨を国際通貨として使用すると、その国(アメリカ)の経常収支が赤字にならなければ、国際的な流動性は増加しない。しかし、それを増加させると国際通貨(ドル)の信認が損われるというジレンマのこと。一九五九年にエール大学のトリフィン教授が唱えた。
 2)IMFの調査によると、一九七〇〜二〇〇七年の間の38年間に、208カ国で通貨危機が、124カ国で銀行危機が、63カ国で国家債務危機が発生していると言われる。
 3)『理論誌プロレタリア』8号 P.36