新自由主義教育20年、その現状と闘争方向

 学力テストの廃止を皮切りに新自由主義教育の解体へ!一人ひとりを大切にする教育の実現へ!
                          教育労働者 本田道夫


  (1) 学園の内外に矛盾を生み出す新自由主義教育

 三月三日、京都大学等の入試問題がインターネットの質問サイトに投稿された出来事で、19歳の予備校生が逮捕された。容疑は、予備校生が京都大学の入試で、「携帯電話の掲示板に試験問題を投稿。閲覧者に回答等してもらうなどして、公正な入試の実施を害したり混乱させたりし達の現状を見るならば、この行為によって、未来ある子どもの将来を奪う行動は避けなければならない。自我を確立する過程にある子ども達だからこそ「君にも未来がある」と諭すことが、教育労働者の態度だと思う。
 少年に全ての責任を押し付けるのは、大学の自己保身以外の何物でもない。少年をこのような行動に走らせたのは、社会であり新自由主義教育そのものである。少年の可能性を奪う仕打ちは、絶対に避けなければならない。
 新自由主義教育は、この出来事に象徴されるような様々な矛盾を、学園の内外に生み出している。新自由主義教育の現状を明らかにし、それとの闘争方向を提起する。


  (2) 新自由主義教育実施二十年、その現状

 第一に、新自由主義教育は、国際的な大競争時代に対応できる「たくましい日本人」の育成を掲げ、創造力・技術力・判断力・統治能力等、世界を相手に競争できる一握りのエリートを育てるとして推進されてきた。
 そのために、能力主義的な競争を教育の基本原理にすえ、学校間や子ども達相互の競争を煽り立てている。そして、幼いうちからそれぞれの能力に応じて選別し、きたえ上げて、エリートを育成しようと画策している。文部科学省は、教育改革国民会議や臨教審の答申に基づいて、学校選択制を導入し、学力テストや習熟度別学習システムを実施している。
また文科省は、総合制高校・「新しいタイプの高校」等の設立・中高一貫校等を設立して、教育の複線化をはかっている。東京都の品川区では、小中一貫校・幼小一貫校さえ追求している。中高一貫校は、二〇〇九年度で三七〇校が設置されている。しかも公立高校の伝統校や進学校が、中高一貫校になるケースでは、入試倍率が高まり、塾等特別な学習を子ども達に強いている。
 また、小学校・中学校9年間を一貫したものとしてとらえる観点から、4・3・2に改める等、独自の教育課程を組んだ小中一貫教育も、二〇〇六年度より品川区の全中学でスタートしている。そして、二〇一三年度までに、施設一体型小中一貫校六校の開設が、計画されている。
 さらに品川区では、幼小一貫教育のモデル実施を行ない、幼稚園や保育園でひらがなの読み書きや簡単な足し算・引き算を学ばせて、徹底した差別選別教育が進められている。保護者の中からは、「早期選別の教育になりはしないか」と懸念の声が広がっている。
 学校選択制は、一九九七年に文部科学省が「通学区域の弾力的運用」を求める通知を出し、ついで八九年に中央教育審議会が、弾力化の提言を行なっている。それによって、学校選択制導入は、二〇〇六年度で小学校14.2%・中学校13.9%にのぼっている。
 第二に、新自由主義教育は、新自由主義が社会構造の激変をもたらし、耐えがたい矛盾を引き起こしていることに対応して国民の意識と生き方をつくり出している。
 競争の激化と格差社会は、国民に強い不満を抱かせ、社会不安を拡大した。それにもかかわらず、その社会構造が、正義にかなったものとして受け入れる意識を育てる必要があった。そのために新自由主義教育は、「強者」の勝利を当然とし、「敗者」になることを全て「自己責任」として受け入れる生き方を、様々な場面で強要している。
 さらに新自由主義教育は、徹底した競争原理を基本に据え、排他的競争を勝ち抜くことこそ現実的選択であるというイデオロギーを生み出している。そのため、競争原理が張り巡らされた社会で、社会的繋がりを分断された個人は、排他的競争を受け入れる事によって生存条件を確保するしかない状態に追い込まれている。
 第三に新自由主義教育は、「日本人としての『誇り』や公共心」「国を愛する心」を育成しようと、様々な手立てを講じている。
 競争を激化させ、自己責任として受け入れさせ支配する社会、耐えがたい貧困と格差の拡大は、社会的モラルの低下と社会秩序の荒廃をもたらしている。それは、社会崩壊の危機を招くことにもなる。そのために新自由主義教育は、それに対処するために、「日本人としての『誇り』の意識や公共心」「国を愛する心」を喚起しようと画策している。文部科学省は、道徳教育を強めボランティア活動を推し進めて、子ども達を包摂しようと躍起になっている。マインドコントロールによって、一つの価値観を押し付ける『心のノート』は、そのために使用されてきた。
さらに、「君が代」斉唱「日の丸」掲揚の強制、社会科での「郷土を愛し、国を愛する心情の育成」等も通じて「国を愛する心」を育て、アメリカの世界戦略のもとに自衛隊が軍事行動を行なうための準備が着々と進められている。
第四は、教育への成果主義的管理とPDCAシステムの導入、教育免許更新制度の新設によって新自由主義教育に教育労働者を動員し、管理するシステムが整えられたことである。これによって、子ども達を幼いうちから振り分け、差別選別教育を推し進める強力な体制が整えられようとしている。そして、学力テストが重要な位置を占めようとしている。

  (3)学力テストを要にした新自由主義教育

@学力テストによる差別選別教育システムの整備

 OECD(経済開発機構)は、2000年からPISA型調査(国際学習到着度調査)を実施した。それは、「特定の文脈の中で複雑な課題に対応できる能力」を掲げ、「社会的・文化的・技術的な道具を活用する能力」、「多様な社会グループの中で人間関係を形成する能力」、「自律的に行動する能力」を評価するテストとして用いられている。文部科学省は、新自由主義教育に求められている一つ一つの能力を計測するためにPISA型学力テストを全校で実施し、国際的な競争に対応できる能力の育成、一握りのエリートの育成をはかろうと画策した。
 文部科学省は、「画一的知識詰め込みや、マニュアル操作に留まっていた教育」を転換する最も効果的な手法であるとして、2007年から全国一斉「学力テスト」を導入した。その結果、学習意欲の低下や格差・貧困による学力低下は、その政治的・社会的要因から切り離された。そして、最も大切な生きる力の育成での問題が、「人間関係形成能力」や「自律的に行動する能力」の欠如としてとらえられ、学力テストの質を転換すればそれが育成できるとされた。
 全国的な学力テストの導入によって、子ども一人ひとりの『学力』が評価され、ランク付けされた。これによって差別選別教育が強められ、子ども達が幼いころから競争を強いられ振り分けられる教育制度が、実現した。総合制高校、「新しいタイプの高校」、中高一貫校等様々な学校が、学力テストや運動能力等で子ども達を振り分け、新自由主義を担う労働力を育成する機関として、しっかりと位置付けられた。
 イギリスやアメリカ等の公教育では、統一学力テストを導入し、テスト結果を公表して学校を競争させる学校選択制の導入・バウチャー制度が採用されている。しかし、日本では実現されていない。文部科学省は、今のところ教育バウチャーには必ずしも積極的ではない。むしろ前者の差別選別教育(中高一貫校等)を進めているように思われる。イギリス、アメリカの教育が抱える矛盾・深刻な現状を見ているのだろうか。前述のように学校選択制導入は、2006年で一割五分にも達していない。
 学力テストの実施にともない、習熟度別指導がより拡大した。習熟度別指導とは、能力的に「上位」「中位」「下位」等のクラスに子ども達を振り分け指導する学習形態であり、能力別編成である。
 習熟度別指導が文部科学省の文書に登場したのは2001年1月のことだった。それ以降急速に普及し2003年には小学校の74%、中学校の67%にまで達している。小学校では主に算数、中学校では英語と数学で実施されている。クラス編成は、子どもと保護者の希望をもとに行っている学校が多い。しかし、能力別編成であることに変わりはない。この編成が急速に普及したのは、「『学力』向上を望む親達がいかに多いかを、マスコミを使って煽り立てた」結果でもあった。
 煽りと言うのは、アンケートでは、「子ども達の間に優越感や劣等感が生ずる」と心配する保護者が半数近くを占め、「色々な考え方の子ども達が一緒に学ぶ機会こそ大切」という答えが87%にも達しているからである。
 都道府県教育委員会は、「少人数指導」を導入して教員の定員増をはかるために、習熟度をセットにして要求し、予算化する方向をとっていた。それによっても習熟度指導は急速に拡大した。それはエリート教育を進める文部科学省の意図するところだった。
 習熟度別指導は、子どもの心を傷付ける差別選別教育である。エリートの育成をねらう文部科学省にとっては、「上位」のみが向上し、その他の子ども達には効果を及ぼさない習熟度教育は、その目的を果たしているに違いない。しかしそれは、真の生きる力を育む教育とは無縁の代ものである。むしろ多様な学力と個性を持つ子ども達が絡み合い、「学び合う」ことこそ意味を持っている。クラス集団等で「しんどい事」を語り、共に学び合うことこそが求められている。競い合う教育ではなく、共通の学習課題に向き合い、協力し合い共同して学び合う教育こそ求められている。クラスの人数を減らしたり、グループに分ける等、方法は様々である。しかし、競い合う教育を見直さない限り真の生きる力を育てることはできない。

A学力テストによる教育労働者管理の強化

 新しい教育労働者管理の核心は、目標管理システムと一体化した権力的教育管理システムの確立である。これには、PDCA目標管理の手法が導入されている。
 PDCAシステムとは、イギリスに起源を持つ経営手法の一つである。それは企画を担う機関が達成目標を設定し、実施機関にはその目標達成が義務付けられている。そして目標達成方法は大枠の規則や基準に反しない限り、実施機関の自主性・自立性に委ねられている。この方法は、現場では少なからず受け入れられる傾向があり、文部科学省は、たくみに教育労働者を新自由主義教育の担い手に仕立て上げている。また、文科省の意に添わない教育労働者を、教員免許更新制によって排除する仕組みも整えられている。
 この管理システムの要は、学力テストの実施である。学力テストの結果等をもとに達成目標が定められる。そして、教育労働者は、その達成にむけてあたかも自主的に目標を決め、計画・実施・評価・改善のサイクルをたどりながら、実践していくことになる。その結果が賃金にも反映する。この評価によって意に添わない教育労働者を不適格教員として免許更新制度により排除することも可能である。
 かくして学力テストは、新自由主義教育にとって重要な位置を占めることになった。

  (4)学力テスト廃止を皮切りに新自由主義教育の解体へ

民主党政権は、学力テストを悉皆実施から抽出方式に変えると表明した。当面この方針を直ちに実行するように求め、さらに学力テストを廃止に追い込むことが求められている。
そして競争原理ではなく協力・共同の教育の実現、様々な個性を持つ子ども達が共に学び合い、成長する教育に変えなければならない。また、教育管理システムや教員免許更新制度廃止を直ちに実行させ、一人ひとりの子どもを大切にした教育を勝ち取ることが求められている。ともに闘おう。(了)