民主党の戸別所得補償政策は中途半端
 水田機能をフルに活用し、自給率の向上を

 二〇一〇年の『農林業センサス』(速報値)によると、耕作放棄地は、前回の二〇〇五年よりもさらに1万ヘクタール多い約40万ヘクタール(ha)となった。一九七五年の耕作放棄地は、13・1万ha(うち土地持ち非農家所有3・2万ha、農家所有9・9万ha)であったのが、二〇〇五年のそれは38・6万ha(うち土地持ち非農家所有16・2ha、農家所有22・3ha)へと三倍近く増加していたのが、さらに増えたわけである。
 かつて高度成長期には、農地の減少は工場・住宅・道路などの建設によるものが多かったが、近年の特徴は、耕作放棄地が目立っている。耕作放棄地の主な原因は、農業所得の減少、農業経営の困難性増大、後継者難などであり、ことほど左様に日本農業の現状は深刻になっている。
 戦後農政は、自民党の選挙票目当ての農政のため、目先の利害に振り回されて(いわゆる猫の目農政)衰退してきた。それが、一九八〇年代から新自由主義が内外から圧力(臨調路線、ウルグアイ・ラウンドなど)を強めて、農業の荒廃を決定的なものにした。
 この結果、中小農家はもとより、大規模農家さえも農業経営が極めて厳しくなった。自民党はかつてと異なり、中小農家を公然と切り捨てる反農民の農政を明らかにしたのである。このことにより、自民党は〇七年の参議院選での地方一人区や、〇九年の衆議院選での敗北となる。
しかし、これにとって代わった民主党の戸別所得補償は不足払い制度としては、中途半端なものであり、農民が農業のみで生活しうる体制作り(構造政策)の点では、ほとんど政策らしきものも出していない。コメ作り農家に対する政策は、まさに自民党農政の裏返しでしかない。
 両者に共通するものの一つとして、日本農業を本格的に復興させる上で不可欠な、水田機能の全面的な活用を真剣に検討していないことがある。

〈水田機能の有利性〉

 日本の耕種部門では、コメ作りが圧倒的である。それには、訳がある。日本では、一粒の小麦は45倍になるが、コメならば一粒がなんと125倍にもなるからである。
 世界的にみても、モンスーン・アジア地帯が世界の面積の14%であるのにもかかわらず、世界人口の54%をも養っているのは、このコメの力である。
 しかも、モンスーン・アジア地帯の水田は、欧米など畑作地帯の灌漑農業と比較し、土壌流出、地下水枯渇、塩害、連作障害などの諸点で、はるかに有利なのである。
 植物が順調に生育するためには、土壌は、植物が水を吸収する保水性と、植物が呼吸できる酸素供給力のある通気性、そして植物が身につける栄養性を提供できる土質などが不可欠である。また、植物が生育しているのは、たいてい土壌表面の30cm以内程度である。
 土壌は、一般的には、風や雨によって浸食されやすい。とくにアメリカなどのような大規模畑作では、大型機械によって土が深く耕され、収穫後は農地が裸地として土壌が放置されるので、土壌浸食が進みやすい。
 水に関しては、灌漑農業は、莫大な水を必要とする。1トンのトウモロコシを生産するのに、約1千トンの水を要するといわれる。生活用水・農業用水・工業用水などを含めた世界の水消費量全体の約7割が、灌漑農業によって消費されている。20世紀半ばいこう、ポンプ能力など農業用水施設が充実したため、厖大な地下水がくみ上げられ、農業生産を発展させたが、その反面、場所によっては地下水を枯渇させる事態をまねいている。これまでに、アメリカ大平原のオガララ帯水層の約二割がくみ出され、その分減水したといわれる。
 塩害は、乾燥地帯で起こりやすい。モンスーン・アジア地帯などのように、降水量の多い地帯では、上からの水分の浸透力が高いため、地下水が上昇しにくく、土壌中の塩分は表面に出てこない。しかし、乾燥地帯では、排水を十分配慮しないで灌漑を続けると、地表から土壌中へ浸透する水と、塩分を貯めた土壌中の水が、毛細管現象で連結してしまい、塩分が地表に浮き上がらせられる。この塩分が堆積して、植物の生育を阻害するのである。
 さらに、畑作農業では、連作障害が生産を阻害する。同じ作物を連続して作付けると、特定の元素が枯渇したり、病虫害に対する抵抗力を弱めたりして、収量が極端に低下するのである。かつては、複数の作物を交互に栽培するという輪作によって、この連作障害を防いだ。しかし、工業的農法が一般化する中で、もうかる特定の作物を繰り返し作付ける単作化・専作化が進められ、輪作もなくなり、連作障害が起こりやすくなっている。そして、この連作障害を避けるために、あるいは抑えるために、農薬や化学肥料の投下量が激増することとなる。だが、農薬や化学肥料の多投は、そもそも土壌を劣悪化させるだけでなく、地下水なども汚染させてしまう。
 これに対して、モンスーン・アジア地帯の水田は大きく違う。水田は、水の流れによって、遠く内陸の森林から養分を導入し、それと同時に、その水の流れによって、病原菌や塩分を洗い流し、連作障害を防いできた。また、降水量の多さは、塩害発生を抑えてきた。しかも、水田は、雨水を貯め込み、表土を水で覆うことによって、土壌流出を防ぐ。また、水田は天然のダムの役割を果たし、さらにその浄化作用によって、安全な生水を形成することにも貢献している。

〈水田栽培を発展させ、減反廃止の準備を〉

 コメの生産調整は、一九七〇年代から始まるが、その初期においては、モンスーン・アジア地帯の水田機能の有利性を自覚しないで、欧米の真似をして休耕とした。欧米の場合は、連作障害を避けるために、休耕の意義はあった。しかし、日本の水田の場合、先述した優れた機能からして、全く休耕にする必要はない。さすがに、休耕による生産調整は数年して取り止めとなった。
 しかし、水田を利用した飼料米・飼料稲の栽培はほとんど奨励されなかった。飼料自給率の向上による輸入飼料の削減、畜産経営の発展という面は、きわめて立ち遅れたものとなった。穀物摂取がいきわたり、経済的に豊かになると、次は肉食が増えるという傾向性は、世界的なものといわれる。
 品種改良をさらに強め、飼料にむいたコメ作りを発展させることにより、飼料自給率を向上させるとともに、二毛作や主食用米以外のコメ作りを拡大して、食料自給率を高めるために、水田の全面的な活用を真剣に追求しなければならない。(H)