G20・G8
欧米間の妥協の産物―「成長に配慮した財政健全化」
恐慌からの脱却に四苦八苦                  
                                   安田 兼定


 六月二十五日に、カナダのムスコカで主要国首脳会議(G8サミット)が開かれ、これに続けて二十六〜二十七日には、20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が、カナダのトロントで開催された。
 G20は、昨年九月のピッツバーグ・サミットで、「国際経済協力に関する第一のフォーラム」と位置付けられた。G8は、今回、主に安全保障と経済開発を論ずる場とされた。しかし、現実には、その役割分担は不明確で、両者とも経済問題が主であった。

〈景気刺激か財政再建か〉

 この一連のG8・G20では、世界経済の現状を「回復にばらつきがあり脆弱」としながら、最大の論争点は、恐慌からの脱却を目指し、景気刺激策をやり遂げるのか、それともヨーロッパのように直面する金融危機に対処するために、財政改革に力をいれるのか―の問題であった。アメリカと新興国が前者とすれば、後者はヨーロッパであった。
そして、討議の結果での妥協のキーワードが、「成長に配慮した財政健全化」であった。すなわち、「財政再建を行なうことが経済回復に悪影響を与えるリスクと、財政再建を実行しないことで成長を阻害するリスクがある。両者のバランスをとりながら、主要国は二〇一三年までに財政赤字を少なくとも半減させ、一六年までに政府債務の国内総生産(GDP)比を安定化または低下させる……」(G20首脳宣言)として、先のキーワードにいたったのである。
 この中で、日本のみは、例外扱いとなった。その理由は、積み重なった日本の財政赤字があまりに巨額であること、国債の95%を国内で消化していること―である。菅新首相は、作り立ての新成長戦略と財政運営戦略を引っさげて、「成長と財政再建」を両立させるよう、諸外国を説得するとしたが、日本と各国の置かれた状況があまりにも違いすぎて、同一レベルでの論議とはならず、例外扱いになってしまった。この点について、ロイター通信は、「ほかの先進国に比べて『質の悪い』財政状況を浮き彫りにした」と厳しく論評している。
 金融規制については、「バーゼル銀行監督委員会が検討している新しい自己資本規制の枠組みは11月のソウル・サミットで合意する。移行期間を経て12年末までを目標に段階的に実施」するとしている。なかなか進捗しない銀行規制ではあるが、しかし規制の全体像が見えないとかえって金融市場が混乱しかねず、11月合意を打ち出したのであった。
また、銀行に課税し、その収入を積み立てて基金となして、金融機関の破綻処理の費用に当てる「銀行税」については、新興国などの反発が強く、また米欧間でも違いが多く、次のような抽象的な表現で終わった。すなわち、「危機時に納税者の負担なしに金融機関を処理できる枠組を設計・実施する」(同前)と。
 さらに、新興国の独自の問題としては、「いくつかの新興国市場では、社会的なセーフティーネットの強化、金融市場の発展、インフラ支出の強化、為替レートの柔軟性の向上などを実施する」(同前)とした。会議前に、とりわけ米中間では大きな問題となっていた人民元のドル連動見直し・人民元の切上げ問題は、事前の十九日に中国人民銀行が「弾力性強化」の措置をとっていたので、G20での争点とはならなかった。
 表面的にみれば、無難に終わったかのように思えるG20であるが、しかし、市場の反応は直ちに現われた。
 二十九〜三十日の株価は、世界的にほとんど下落した。連鎖株安である。下落率は、インド1・35%、ロシア0・17%、ドイツ3・33%、フランス4・01%、イギリス3・10%、ブラジル3・49%、アメリカ2・64%(以上二十九日の終値)、日本2・13%、韓国9・47%、中国(上海)28・7%(以上三十日)などである。
 今回の世界的な株安連鎖の要因は、さまざまあるが、大きなものとしては、G20首脳宣言が重視するヨーロッパの財政再建・ユーロ危機、アメリカや中国の経済回復の先行き不透明などがある。

〈アメリカの経済  回復が息切れへ〉

 アメリカの今年1〜3期のGDPは、年率換算で前期比3・0%増となり、3期連続のプラスとなった。しかし、確定値による発表では、0・3ポイント下方修正の2・7%増となった。
 六月二十八日に開かれた米連邦公開市場委員会(FOMC)は、景気認識で慎重となり、前回四月の「経済活動は強くなっている」から、「景気回復は継続している」に変更された。金融情勢では、ヨーロッパの財政危機・ユーロ安の影響を初めて指摘し、国内のフェデラルファンド金利の誘導目標を現行の年0〜0・25%で据え置くとしている。GDPの7割を占める個人消費については、「家計支出は増えているが、高失業率や緩やかな収入の伸び、住宅価格の下落、貸し渋りの影響でその勢いは抑えられたままである」としている。
 世界金融恐慌の引き金となった米住宅市場の緩やかな回復傾向は、四月末の住宅購入減税の廃止で、大きく後退している。
 五月の住宅着工件数は、前月比10・0%減の59・3万戸(年換算)と大きく減少し、主力の「一戸建て」に至っては、前月比17・2%減となった。住宅着工に先行するとされる「着工許可件数」も、前月比5・9%減で、二ヶ月連続の減少となった。同じく五月の「新築一戸建て住宅」の販売件数は、年率換算で30万戸となり、前月比32・7%減となった。このマイナス幅は、統計上でさかのぼれる一九六三年以降で最大であり、水準は過去最低となった。住宅価格は、今でもピーク時に比較すると、3割下回る水準であるといわれる。
 商業不動産も空室率の高いオフィスビルが目立ち、その価格もピーク時から3割下回っている。
たしかに、ヨーロッパの財政危機・ユーロ危機が、金融面や貿易面から、アメリカにも少なからずの影響を与えつつある。しかし、なによりも最大の問題は国内経済の回復が、ここにきて息切れしてきたことにある。リーマン・ショック以降の大規模な景気刺激策(昨年度の財政収支の赤字は1・4兆ドルで前年度の約3倍)は、個人消費においては今年の夏には終わる予定で、このため、経済回復の息切れが顕著に見えてきたのである。
 しかも、六月四日発表の雇用統計では、非農業部門の雇用者が前月比43・1万人増加したが、失業率は9・7%で相変わらず好転していない。しかも非農業部門の増加は国税調査のために、大量の臨時スタッフを雇用したためで、これを除くとわずかに2万人の増加でしかない。大量失業は、個人消費の伸張に限界をもたらすのは明らかである。

〈リーマン・ショックに匹敵する欧州危機〉

 ユーロ危機は依然として継続しており、外部から見るよりもかなり深刻なようである。六月はじめに公表された欧州中央銀行(ECB)のリポートですら、「大手銀行の破綻リスクは、リーマン・ショックを上回った」としているからである(『週刊エコノミスト』7月6日号)。
 六月七日に公表された国際通貨基金(IMF)の年次審査報告では、ギリシャの財政危機をキッカケとするユーロ危機の原因について、「財政的には持続不可能な政策の実施、金融システムの改善の遅れ、通貨同盟に必要な規律や柔軟性の確保が不十分だった」と、指摘している。
 財政面で見ると、財政危機はギリシャ、ポルトガル、スペインなどの南欧諸国だけでなく、ハンガリーなどの東欧諸国にも飛び火しつつある。ハンガリーも、五月に政権が交代し、六月四日に、政府関係者が「財政状況が従来かんがえられていたより深刻だ」と発言したからである。
 EUの加盟財務相理事会は、八日の会合で、EU統計局に加盟国の統計データを監査する権限を与えることで合意し、さっそくブルガリアに調査団を派遣する意向を示した。
 しかし、ギリシャのみならずスペインの国債利回りも、高水準に至り、EUの支援発表から一ヵ月後の六月中旬で4・8%台と、一ヶ月の間に1%近くも高騰している。
 財政危機が金融危機に直結するようになったヨーロッパでは、ここにきて財政再建の波が多くの国々に押し寄せている。その特徴は、南欧諸国だけでなく、いわゆる「勝ち組」といわれるドイツやオランダにも波及していることである。そして、財政削減の対象は、公務員の賃金カット、人減らし、年金など社会保障の改悪で共通し、消費税の増税を進める国々もある。このため、労働組合のゼネスト・デモは、ギリシャ、ポルトガル、スペイン、フランス、イタリア、ルーマニアなどに拡大している。
 他方、ギリシャなどの教訓から、EUは十七日の首脳会議で、来年から各国財政の事前評価と財政運営の相互監視を行ない(仕組みは左図を参照。『日経』六月十八日付け)、違反国への制裁を強化することで合意した。その後の作業部会などの動きからすると、制裁は、@今まで無利子だった「制裁金」を有利子にする、A農業や漁業などのEU補助金の支給を停止する―などである。
 金融面で見ると、サブプライムローン問題に端を発する世界恐慌に直撃されたヨーロッパの金融システムは、アメリカよりもはるかに整備が遅れている。そのことは、第一に、アメリカ以上の住宅バブルであったといわれるスペインで金融再編が遅々として進んでいないこと(ようやく45の貯蓄銀行が12行に集約される見通し)、銀行界の09〜11年の貸倒損失予想が約11兆円に引き上げられたこと(GDPの約1割)、第二に、ドイツでは多くの州立銀行が、南欧諸国向け国債と住宅関連の分野で損失を抱えていること、第三に、フランスもまた同様で、金融大手のクレディ・アグリコルの傘下のギリシャのエンポリキ銀行の10年の純損失が拡大(当初予想の二倍以上の約830億円)し、銀行大手のBNPパリバの格付けが下げられたこと、などに端的に現われている。
 にもかかわらず、ヨーロッパ金融界の情報開示は決定的に不足しており、投機マネーのターゲットは、南欧諸国からフランスに進められつつある。ユーロ危機と金融不安に苦しむ金融界は、融資よりも自己資金の避難に懸命である。ECBや各国政府は、防戦一方でユーロ安を容認せざるを得なかったが、国債の空売り規制や銀行税の実施など投機マネーの規制で意思統一を進めている。
この間、実施していた金融機関の銀行の資産査定(ストレステスト)も、六月十七日のEU首脳会議で、七月に公表することを決定した(昨年十月には公表しなかった)。そして、ストレステストを踏まえて、公的資金の注入を検討するとした。その後、ストレステストの対象範囲を、当初の20〜30行からドイツ州立銀行なども含めた100行規模に広げることとした。

〈二番底の可能性深まる〉

 ヨーロッパの金融危機は深刻である。ギリシャの債務繰り延べの確率は高く、他の諸国の財政再建も、たとえ順調にいっても長期間にわたるであろう。この長期間の過程で、ほとんどの国々が投機マネーのターゲットなりうるのであり、恐慌過程を脱したとしても、不況過程はこれまた長期となるであろう。
 ここにきて、アメリカ経済の息切れははっきりとしており、中国もまた物価上昇圧力にさらされ、経済成長が鈍化しつつある。四月の消費者物価指数は、前年同月比2・8%上昇と、一年半ぶりの高い伸びを示した。たしかに、中国の10年のGDP成長率は、実質9・5%、インドも8・5%(10年4月〜11年3月)を見込まれ、ブラジルもまた好調である。
 しかし、中国の物価上昇圧力は、原材料・燃料価格の値上げだけでなく、昨年後半から農民工などの賃上げが各地に拡大しており、資本家たちがこれを価格に転化する動きが強まっていることでも明らかである。政府もまた、中華総工会を通して、農民工たちを組織化し、賃上げ闘争をコントロールしようとしているが、他方では、来年から新たに始まる五ヵ年計画では、所得倍増計画を進め、内需拡大、和諧社会の進展を推し進めようとしている。
四月からは、住宅ローン規制が始まり、五月の不動産販売額は前月比25・0%減に落ち込んだ。人民元のドル連動も、最近修正した。七月十五日からは、鋼材、非鉄金属、プラスチックなど406品目について、輸出時に税金を還付する措置を撤廃する方針である。
中国政府は、物価(内需拡大)か輸出か―いずれを重視するかの問題では、前者に傾きつつある。
中期的に見ても、1980年からの「一人っ子政策」で若手労働力の急減が現われ、東南アジアや南アジア諸国との競争激化の観点からすれば、「労働集約型産業」から「付加価値の高い産業構造」への転換が迫られている。
 ヨーロッパでの財政再建、ユーロ危機に加え、アメリカの息切れ、中国の成長鈍化が進むと、「二番底」は確実に強まるであろう。               
                                          (終)