派遣法抜本改正から派遣法廃止へ、次の運動戦略を

非正規労働者の団結を
      いかに促進するか


                                 小林 紅次郎

 首相交代劇の中、今通常国会も終盤に入った。六月十六日までの会期であるが、延長せずに終了し、その後は参議院選挙へと政局はすすんでいく。
 民主、社民、国民新党の三党は昨年九月、連立政権の発足にあたって、労働者派遣法の改正について、「『日雇い派遣』『スポット派遣』の禁止のみならず、『登録型派遣』は原則禁止して安定した雇用とする。製造業派遣も原則的に禁止する。違法派遣の場合の『直接雇用みなし制度』の創設、マージン率の情報公開など、『派遣業法』から『派遣労働者保護法』にあらためる」という政権合意を確認した。
 確かに今回の労働者派遣法改正案は、政権合意を満たしたものなのかもしれない。しかし、今回の改正案の問題点は、製造業派遣が常用型で容認される等すでに本紙四月一日号で指摘したとおりであり、昨年通常国会に提出された(当時の)野党三党案よりも後退したものである。この改正案では、「派遣切り」に象徴される無権利状態の派遣労働者を救済することができないことは明らかである。
 民主党は重要法案としているが、鳩山辞任の影響で継続審議の可能性も出てきた。日本共産党は修正案を提出する構え。残り少ない会期で、十分な審議が尽くされるのか、抜本改正ができるのか、その道筋はつけられるのか、予断を許さない状況である。

  日雇・短期就労の権利確立ベースに

 労働者派遣法の抜本改正がすすまない理由は、大企業の抵抗があるからである。日本の大企業は「国際競争力の強化」を謳い文句にコスト削減を図ってきたが、その最たるものが労働コストの削減、すなわち賃金の抑制、引き下げである。かれらにとって、派遣労働者は、いつでも低賃金で使うことが出来て、不要になればいつでも使い捨てができる存在でなければならないのである。一時的、臨時的に派遣労働者を使うというものではなく、恒常的にこのような無権利・低賃金の労働力を欲しているのである。
 いま、かれらが考えていることは、「派遣村」で社会問題になった派遣労働者の保護を図れという声に応じるふりをしながら、可能な限り抵抗し、時間を稼ぎ、その間に、使い勝手が悪くなるであろう派遣労働者に代わる新たな方法で、無権利・低賃金の労働力を活用し続けることである。今後予測されることは、請負の拡大、有期雇用の活用、外国人研修生など外国人労働者の活用などである。
 このようにみた場合、われわれは、今後の雇用制度をどのようにしていくのかを見据えて、たたかうことが重要である。
 「派遣村」現象とは、「派遣切り」にあった派遣労働者が寮から追い出され、職を失うと同時に住むところも失い、ホームレスにならざるを得ないということである。労働者派遣法がこのような無権利な派遣労働者をつくりだすことによって、使い捨て可能な低賃金労働者を蔓延させてきたのである。「派遣村」現象の解決のためには、派遣という雇用就労形態のとりあえずの改善とともに、社会労働保険の確実な適用によるセーフティーネットの拡充という二つの側面からのアプローチが必要である。
 しかし、現在すすめられている派遣労働者対策は、「派遣村」現象の解決に役立つものであるかといえば、極めて疑問である。雇用就労形態の面からいえば、日雇派遣、登録型派遣をなくそうとするあまり、「日雇労働はあってはならないもの」という考え方をとり、直接雇用の日雇労働者や短期就労者の保障政策の拡充を図るのではなく、正社員化、常用労働者化を目指す雇用政策になっている。「就労・生活支援給付」の考え方が典型である。常用労働者化を目指すことは否定しないが、それは本人の努力義務とされ、常用労働者になれなかったのは本人の責任となりかねない。日雇派遣をなくしても、日雇労働はなくならない。日雇労働者の権利確立を図ることが、非正規労働者の権利確立のベースにならなければならない。
 セーフティネットの観点からみても、日雇労働者、短期就労労働者の保護はほとんど改善されていない。雇用保険の適用が「1年以上」の雇用期間の労働者から、昨年三月「6ヵ月以上」、今年三月「31日以上」に改善されただけである。日雇雇用保険は日々雇用労働者と2ヵ月以内の雇用期間の労働者に適用されるが、その受給資格要件である「2ヵ月・26日以上の就労」を引き下げてほしいという日雇労働者の要求は無視されたままである。昨年の雇用保険法改正の付帯決議で日雇雇用保険の改正について検討することが盛り込まれたが、連合も鳩山政権も無視したのである。日雇労働者の問題はそもそも政治の関心事になっていないし、日雇労働者の年金や医療保険などのセーフティネットも議論されていないのである。
このような日雇労働者や非正規労働者のセーフティネットが不十分な状況が、職を失った派遣労働者のホームレス状況を生み出しているのであり、日雇派遣をなくす、登録型派遣をなくすという間接雇用の規制だけでは解決できない問題である。むしろ、非正規労働者の雇用就労政策のあり方、社会労働保険のあり方を体系化し、政策実現を目指していかなければならない。
その基本は、派遣労働者をはじめ非正規労働者の団結をいかに促進するかである。なぜならば、非正規労働者の権利の確立と労働条件の向上は、非正規労働者自身のたたかいによるものであるからである。
労働相談など労働組合の日常活動によって、非正規労働者の組織化を個々に進めていくことは当然である。しかし、そうした努力だけでは、増大するする非正規労働者の全体に対応できないことは明らかである。非正規労働者を大きく組織し、労働運動の流れを変えていくような闘いの方途はないものだろうか。以下では、そうした闘いの方向を、制度・政策面から検討してみることとする。

   労働組合が行う労働者供給事業を

 非正規労働者の団結を促進するための一つの有効な方法は、雇用就労形態の改善においては、労働者派遣法を廃止し、それに代わり、労働組合が行なう労働者供給事業を活用することである。派遣を禁止して直接雇用(有期雇用)にすればよいわけであるが、この方法は、その直接雇用の形態を労働組合が行なう労働者供給事業にすることによって、現在の派遣労働者399万人(〇八年度政府統計)を労働組合に組織しようというものである。(先日、厚生労働省が発表した〇九年度労働者派遣事業報告の集計結果によると派遣労働者は230万人であり、この一年間で42・4%減少した。)
 1986年に施行された労働者派遣法の性格は、職業安定法第44条で禁止されている労働者供給事業の中から、供給元と労働者に雇用関係があり、供給先と労働者との間に指揮命令関係のみしか生じさせないような形態を取り出し、労働者保護が図られるよう種々の規制の下に労働者供給を適法に行なえるようにしたものということができる。しかし、いわゆる「派遣切り」が横行し、「派遣村」現象が起きていることは、労働者保護が図られない制度であったことが明白になったということである。そうであるならば、職業安定法の原点に立ち返って、労働者供給事業である労働者派遣を禁止し、職業安定法第45条で認められている労働組合による労働者供給事業を活用すべきである。
 労働組合が行なう労働者供給事業は、職業紹介が無料であり営利を目的にしない、供給は労働組合等の組合員に限られる、供給業務に制限はないという特徴がある。現在、79組合、47000人が労働者供給事業で働いている。労働条件を自ら決定し、供給先企業と供給契約を締結して就労するものであり、労働市場の民主化、労働市場への統制力の強化を図り、また労働者による職業能力を高め、労働者の生活安定、福祉の増進を図るものである。
 しかし、営利を目的にしないのだから、派遣よりは(いわゆるマージン率を低めに設定して)安い労働力を提供でき、コスト的には派遣事業よりも競争力があるはずなのに、労供事業は派遣事業に負けてきた。その最大の理由は、雇用と使用を分離することによって、雇用責任を負わずに労働者を自由に使用することができる派遣の方が企業にとって使い勝手がよいからに他ならない。また、労供労働者のセーフティーネットが十分でなく、日雇雇用保険、日雇健康保険の適用しかない。それも受給資格要件が限定的な現行制度では、労供労働者になって働こうとする労働者はわずかでしかない。
 労働者供給事業を普及させるためには、日雇労働者や短期就労労働者の社会労働保険制度の整備が必要である。また、労供労働者の福利厚生、雇用保険、教育訓練を可能にする基金制度、供給先の労働者との均等待遇などを義務付けた法整備が必要である。労働者供給事業を行なっている労働組合の集まりである労働者供給事業関連労働組合協議会(略称:労供労組協)が、このような主張を行なっていることは注目に値する。
 また、岩波ブックレット『労働、社会保険制度の転換を』に収められている「共同提言・若者が生きられる社会のために」では、加入要件の労働時間をなくす、収入要件、期間要件をなくす、保険料率の本人負担を短期就労の場合には逓減する、失業中の社会保険加入を国が肩代わりするなどの提言がある。正規労働者と非正規労働者の差別のない社会労働保険の一元化が図られなければならない。
 労働者供給事業を普及させ、産業別・業種別運動、あるいは地域運動の中に位置づけることによって、労働組合が関与する労働市場が形成され、労働者に有利な労働条件の形成に役立つであろう。(なお、一部には労供事業を行なっている労働組合の民主化という課題も存在するが、このことをもって、労働運動全体の中に労供事業を位置づけることの意義はなんら否定されるものではない。)

   検討深めるべき労働者代表制

 また、派遣労働者をはじめ非正規労働者の団結を促進するための、もう一つの手段として検討しなければならないのは、労働者代表制である。職場で非正規労働者が多数を占め、正社員労働組合が過半数労働者を代表していないことが、ありふれた状況となっている。この現況をふまえ、同一事業所で働くすべての労働者(直接雇用の正社員、パート、有期雇用労働者、また間接雇用の派遣、請負労働者)を代表する労働者代表を選出するよう、法整備を行なうことが必要である。
 2008年に施行された労働契約法の制定に至る議論の中で、労使委員会制度の導入を巡って議論があった。連合は労使委員会の設置に反対し、労働者代表制法案要綱骨子(案)を対置した経過がある。しかし、連合案は、「事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合には、当該労働組合を当該事業場の労働者代表委員会とみなす」とし、多数派労働組合に有利な制度になっている。また間接雇用の労働者を含めない代表制になっている。
 労働者代表制の法整備に当っては、労働者代表委員会の権限を労働基準法上の規定に限定し少数派労働組合の団結権・交渉権を保障すること、雇用形態等で差別せず雇用形態ごと性別ごとなどの利害を反映できる制度にすること、特定職場に関する事項については当該職場の意向を反映できるようにすること、労働者代表の選出ならびに活動について民主性を確保すること、などの十分な検討が必要である。そうした労働者代表制法を制定し、非正規労働者の意見反映を確保する方策は、非正規労働者の団結を促進していく道となりうる。
 このように、派遣労働者をはじめ非正規労働者の団結を促進するための制度づくりを行なうことによって、日本の労働者の3分の1以上を占めるに至った非正規労働者の大規模な組織化を展望することができる。派遣法抜本改正の闘いの次に求められているのは、そうした戦略をもった労働運動である。(了)