ギリシャ・ソブリン危機がユーロ危機に発展
  財政赤字の責任は資本家達

                                            安田 兼定

ギリシャ財政危機に端を発するユーロ危機は、世界的な株安連鎖、ヨーロッパ銀行間の取引金利の急上昇、投機マネーの安全な国債や金などへの逃避、ヨーロッパでのドル不足など国際金融危機を醸成している。それのみならず、ユーロ安はドイツの輸出を加速させ、ユーロ圏内の格差をさらに拡大させるとともに、中国にとって最大の輸出先である対ヨーロッパ貿易を不利にさせ、また、オバマ大統領の輸出倍増計画に立ちはだかる格好となっている。
ユーロ危機は、金融面のみならず、実体経済面にも大きな影響を与え、「二番底」形成の諸条件を強めている。(ユーロ安とLIBOR〈ライボー〉については、左図〔『日経』6月3日夕刊〕を参照)

  ユーロ圏経済構造の矛盾をつかれる

 今回のユーロ危機が露呈させたものの中で、最大の特徴は、ユーロの弱点である。それは、端的に言って、通貨ユーロが域内で統一され、金融政策は統一されているのにもかかわらず、財政政策は加盟国の主権に属し、統一されていないことである。
 この問題について、関係者はユーロ発足時に全く無自覚であったわけではない。その証拠に、条約には「安定成長協定(財政協定)」が盛り込まれた。その内容は、各年の財政赤字の対GDP比を3%以内にすること、政府債務残高の対GDP比を60%以内にすることである。そして、財政運営の失敗をユーロ加盟国が尻拭いしないように、No Bail Out Clause(救済禁止条項)も条約に明記された。
 ギリシャの財政赤字が3・7%ではなく、実は12・7%である――とパパンドレウ新政権によって昨年秋に発表されたが、ドイツなどを先頭に救済措置をなかなかとらず、今でもドイツ国民の多くが救済に批判的なのは、こうした歴史過程があったからでもある。
 しかし、ギリシャのソブリン危機がユーロ危機に発展し、しかも国際金融危機を醸成する事態に至り、ギリシャ問題を放置しておくことができなくなる。
三月十五日のユーロ圏財務相会合では、フランスなどを中心に、ヨーロッパによる自力支援を準備することで合意がなされた。
ところがドイツは、EU(欧州連合)の執行機関の能力不足を理由にして、IMFを巻き込んでのギリシャ支援を強力に主張し、三月二十五日のユーロ圏首脳会議で、ユーロ圏三分の二、IMF三分の一の割合での支援という妥協案(支援規模は200億ユーロと推定される)が合意された。ただし、この合意は、ギリシャが国債販売を市場でできない場合の「最後の手段」である。
しかし、ギリシャのソブリンリスクとそれによるユーロ危機が進む中で、ポルトガルとスペインも相次いで財政再建策を打ち出す。
 四月十一日のユーロ圏財務相会合では、ギリシャへの緊急融資の規模が300億ユーロ(約3・8兆円)となった。したがって、IMFの三分の一を含めると、総額では約450億ユーロの規模となる。これを市場は、好感をもって迎えた。しかし、これは一時的なものであった。
四月二十二日、EU統計局は、ギリシャの09年の財政赤字の対GDP(国内総生産)比が、従来発表よりも悪く13・6%であると修正した。この発表で、ギリシャの10年物国債の利回りは、一時、9%に跳ね上がった。米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、同日、ギリシャ国債の格付けを「A2」から「A3」に一段階引き下げた。
 ギリシャ政府はこれにはたまらず、翌日、ついにギリシャ支援策の発動を国際機関に要請した。
 四月二十七日、米格付け会社S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)は、ギリシャ国債を三段階も格下げし「投機的水準」(BB+)にし、ポルトガルの国債も二段階格下げした(A−)。その後、スペインの国債もアイルランドや日本と同じ「AA」に格下げされた。
 ソブリンリスクの拡大に対して、ヨーロッパの信用不安が強まった。通貨ユーロ・ドルに対する不信もつのり、金が高騰した。
 信用不安の再燃で、財政再建が急迫となる。EUとIMFは、ギリシャ政府に対し、付加価値税(現行税率は21%)の再引き上げと「公務員改革」など赤字削減策の追加を迫った。財政赤字の対GDP比も、09年の13・6%から11年までに約10ポイント引き下げるという無茶な要求をしている。
五月初め、EU緊急財務相会合は、2010〜12年に300億ユーロの財政赤字を削減するというギリシャ政府の再建策を承認した。そして、EUとIMFで、計1100億ユーロの支援をすることが合意された。
しかし、投資家はギリシャの財政再建策の実現性を不安視し、10年物の国債の利回りは、10%に上昇する。つづいてユーロも下落し、世界的な株安連鎖となり、五月上旬は二月に続いて、「欧州発の金融危機」が広がった。ギリシャの財政再建が成功しないとギリシャの債務リストラが始まり、この結果、主な投融資を行なっているドイツやフランスなどの金融機関の損害が拡大し、リーマン・ショックの傷を完全に癒していない世界の金融機関を再び動揺させるからである。
五月七日、ユーロ圏16ヶ国の緊急首脳会議は、ギリシャ向けの支援策としてユーロ諸国が800億ユーロ、IMFが300億ユーロを正式に決定した(この規模は三〜四日後には、ユーロ諸国5000億ユーロ、IMF2500億ユーロと一気に七倍近くに跳ね上がった)。
それとともに、包括的な金融危機対策も合意した。その内容は、@ユーロ導入国の資金繰り難に備え、緊急支援の基金を創設する(「欧州安定化メカニズム」)、A欧州中央銀行(ECB)を含め、ユーロ圏の安定へ最大限の手段を活用する、B財政健全化加速へ必要な措置をとる、CEUの財政協定を強化し、違反国に効果的な制裁を用意する、D投機抑制へ金融規制・監督を強化する―というものである。
ここで注意すべきは、第一は、基金を創設し、ユーロを防衛するなどの金融面だけでなく、財政協定を強化すると、財政面の対策を明記したことである。これまでユーロ加盟国は、実体経済への配慮から財政収支基準を守れなかった国に対する制裁を一度もしてこなかった(例えば02〜05年の独仏)。だが、EUの欧州委員会によると、10年にはユーロ圏16ヶ国すべてが財政協定違反という異例の事態となる、という。もはや、財政面での問題を放置して置けなくなったのである。そし、EUの執行機関である欧州委員会は、単に制裁を強化するというレベルだけでなく、各加盟国の予算案を各国議会に提出する前に相互に点検し合う「事前評価制度」の導入も考えている。
 第二は、投機規制をうたったことである。
 EUはこれまで、金融規制については、国際的な金融取引に広く薄く課税する金融取引税(トービン税)、銀行の自己資本規制の強化、連鎖破綻リスクのある巨大金融機関の監督強化、国債のCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)取引の規制などを検討してきた。 
五月十八日のEU加盟国財務相理事会では、ヘッジファンド規制法案が決定された。その内容は、@登録制ではなく、許可制の導入、A投資家への情報開示、B運用資産に応じて資本金を上積みさせる自己資本規制の導入、Cレバレッジ規制、DEU域外の第三国に籍があるファンドには、第三国がEUと同等の規制を備えていること、E商品販売はプロの投資家に限定―である。
しかし、これらは詳細が未だ煮詰められていないので、具体的な施行にまではいたっていない。
「市場は投機によって成り立っている」と公言する金融業者や政治家もいる中で、どの点で妥協されるかも見通せないのが現状である。現に、五月十八日、ドイツがユーロ圏諸国の空売り禁止を発表しただけで、市場はユーロを大幅に下落させた(これにはEU各国もドイツの独走と批判)。

  財政再建に舵切る欧州諸国

 ユーロ危機が深まる中で、ギリシャ、ポルトガル、スペインはもとより、ヨーロッパ諸国はつぎつぎと財政再建への転換を強めている。(主なEU加盟国の財政状況は右図を参照)
フランスのサルコジ大統領は、五月二十日、財政再建のための緊急会合を開き、憲法を改正して、財政赤字の割合を一定以下に抑える規定を盛り込む方針を示した。また、税制優遇措置を撤廃する方向を示した。
ドイツでは、このような法律はすでに制定されているが、メルケル首相は十九日の演説で「(南欧だけでなく)ドイツも景気刺激策に頼りすぎてきた」と反省し、歳出削減を訴えた。
イギリス新政権は連立協議の中で、財政再建をもっとも重要な柱とし、オズボーン財務相は、五月二十四日、10年度中に62億ポンド(約8000億円)の歳出を削減すると発表した。
イタリアも、11〜12年度に、歳出削減と歳入増加で、計240億ユーロ(約2・7兆円)規模の財政再建策を検討しているといわれる。
アイルランドも09〜11年の三年間で、GDPの8%分相当の財政赤字を削減する方針を固めた。
OECD(経済協力開発機構)は、五月二十八日、世界恐慌によって財政刺激策がとられ、「先進国の財政は著しく悪化した」として、国際協調の下で財政再建を進めるべきとした共同文書をまとめた。OECDが、これほどまでに財政問題に踏み込むのは異例のことだといわれる。
世界恐慌に直面して、景気刺激策をとるのは、恐慌による均衡回復(資本主義の諸矛盾の暴力的解決)を部分的に財政で代位することである。落伍者の企業を財政で救うことである。それは、恐慌が企業の淘汰だけでなく、大量の失業者を現出させブルジョア秩序を大きく動揺させることを阻止し、治安を確保することが根本的な目的である。
だが、ブルジョアジーとその政治的代理人は、その大規模な財政支出のツケの大部分を労働者人民に押し付けようとしている。
ギリシャでは、五月五日の全国ストとデモに続いて2万の労働者が二十日にも抗議行動を展開した。ポルトガルのリスボンでは、二十九日、数万人の労働者が緊縮政策に反対してデモを行なった。六月には、スペインの労働者のゼネストも計画されている。
労働者を犠牲にした財政再建に反対し、資本家たちや投機家たちに責任をとらせて、市場主義の経済構造を根本的に転換する必要がある。(終)