釜ヶ崎メーデー
  働いて生活できる仕組みを

 第41回釜ヶ崎メーデーは五月一日、早朝七時より労働総合センター下で開催された。それに先立ち、釜ヶ崎日雇労働組合など仲間たちは、センターのシャッターが開く五時から、メーデー集会への参加を呼びかける情宣を行なってきた。
 集会前段には、景気づけのために藤本氏が労働歌を歌唱指導しながら、あたりの労働者に釜メーデーへの決起を促す高揚感がかもし出された。
 いよいよ開始。メーデー実行委を代表して山田実氏が、一九七〇年の第一回釜メーデー当時を振り返りつつ次のようにアピールした。
「暴力団の攻撃や警察の弾圧に負けず、暴力手配師追放、日当を大幅に上げろ!などの要求を掲げて闘ってきた。当時、地域の総評の集会に参加すると、『身なりを整えて出直してこい』等の不当な発言も浴びて、労働者の中での差別・分断の構造も体で感じ取ってきた。」「こんにち正規・非正規の壁が崩れる中で、明日のメシが喰っていけない時代がやってきた。アブレと野宿の中で生き抜きながらも、闘いをやめなかったからこそ、諸要求の前進もあったし、今後の展望もつかむことができる。古い仕組みにしがみついても、今の資本主義の行き詰まりの中、成果は生まれない。団結しながら、新しい社会的仕組みの構築に力を入れていこうではないか。誇りをもって生きていける社会の獲得のためにガンバロー」と檄を飛ばした。
続いて支援・連帯発言が、キリスト教協友会、釜ヶ崎連帯委員会、釜ヶ崎講座、5・30反排外主義関西集会実行委から行なわれた。集会は釜日労、釜ヶ崎反失業連絡会の両者からの力強い発言で締め括くられ、約200名以上に増えた労働者は、地区内の三角公園へ向けたデモ行進に出発した。
仲間たちは三角公園で腹ごしらえの後、バス『勝利号』と電車に分乗して、160名が中之島メーデーへ合流していった。
このかん釜日労・反失連は政治課題では、沖縄反基地・普天間撤去、「在特会」ら排外主義集団反対、この二つの課題を中心に取り組み、また釜ヶ崎現地では労働・生活・健康相談など地道な活動を推進しながら、釜ヶ崎労働者の組織化に力を注いできた。メーデーでの支援・連帯各団体の発言も、上記二課題が中心で、それらの行動への参加人員は上昇の傾向にある。さらなる運動の拡大のため、共にガンバロー!
なお、当面の大きな取り組みとしては五月三十日、「排外主義を許さない5・30関西集会」が大阪市・扇町公園において(午後二時開始、デモ出発四時)、広範な参加の実行委員会主催によって行なわれる。(大阪I通信員)


中之島メーデー
  釜ヶ崎労働者も合流し
 非正規・日雇の闘いが前面に


 メーデーの一日、近畿各地でも様々な形での集会・デモ行進があった。いずれも「雇用の創出」が基調になり、労働者派遣法改正案が国会で審議される中、この点では姿勢に違いが出たが、非正規労働者の闘いが中心となった。
 大阪では、大阪城公園で連合系が約7万人、扇町公園で全労連系が1万人参加した。ひさしぶりに会場が中之島に戻ってきた「中之島メーデー」は、釜ヶ崎より合流した釜日労・反失連の160名の隊列を入れ、約1千人が参加し、西梅田公園までデモ行進した。
 京都での全京都統一メーデーには約8千人、神戸市での連合兵庫の集会には約1万人が集まった。兵庫では「被災者メーデー」も開かれた。
 「中之島メーデー」は、「競争より共生の社会を!」をメインスローガンに掲げ、「反貧困」「反差別」「反基地」を課題に、実行委員会の形で行なわれた。関生太鼓が力強く奏された後、大阪全労協の開会挨拶。連帯挨拶は、大阪労働者弁護団の大川一夫弁護士が派遣法改正の状況について報告。市民団体からは、「沖縄とともに基地撤去をめざす関西連絡会」の大川健夫さん、「関西共同行動」と「しないさせない戦争協力関西ネット」をあわせて星川洋史さんが、沖縄の基地問題での闘いを訴えた。政党・議員関係では、社民党から服部良一さん、新社会党から山下けいきさんが挨拶、また関西の市民派地方議員7名が壇上に立ち一言アピールを行なった。
 続いて現在争議中の争議団、当事者が演壇に並んだ。全港湾の朝日オリコミ、全日建関西生コンの石原産業分会、関西学院大学での心理相談員の雇用期限切れ解雇者などが発言した。
 その後、西成でぃごの会のエイサー演舞、全労協青年部による各労組幹部を回答者にしたクイズショー、韓国語による「イオンターナッショナル」の練習、などで盛り上げ、団結ガンパローとデモ行進に移った。
 昨年に続き、釜ヶ崎労働者の参加により、中之島メーデーも「非正規」「日雇い」などの労働者が中心ということを示したものとなった。(関西S通信員)


日比谷メーデー
   国鉄闘争解決への成果ふまえ

 今年の五月一日はメーデー日よりの快晴、東京・日比谷野外音楽堂の内外では「第81回日比谷メーデー」が開催され、全労協を構成する労働組合など1万2千名が参加した。
 集会では、主催のメーデー実行委員会挨拶を石上浩一・国労東京地本委員長、連帯挨拶を武藤弘道・都労連委員長が行なった後、社民党の福島みずほ党首などが来賓挨拶。政府閣僚の一員である福島さんは、派遣法改正、国鉄闘争の政治解決、普天間基地問題の三点で引き続き奮闘努力すると表明した。
 各労組員などによる「多民族・多文化メーデー合唱団」の歌などを挟んで、参加者からのアピールが行なわれた。NTT契約社員の八木幸枝さん(神奈川シティユニオン)、ガーナ出身で来日十五年の外国人労働者フィリップ・インビアタンドゥさん(全統一労組)、沖縄一坪反戦地主会関東ブロックの上原成信さん、国労闘争団全国連絡会議の小野浩二さんがそれぞれの闘いを語った。小野さんは、国労闘争団としても政府の解決案を受諾することを決め、引き続きJRへの雇用要求など闘いを進めていくと報告した。
 日比谷メーデーアピールが採択された後、霞ヶ関を揺るがす団結ガンバローを行ない、二手に分かれてデモ行進を貫徹した。
 そのメーデーアピールは、民主党連立政権との関係としては、「新連立政権は『コンクリートから人へ』をスローガンに……政治を進めていますが、反対勢力もあり必ずしも成果をあげているとは言えません。」「しかし社会転換は、大衆運動として成し遂げてこそ労働者の自立と解放の路を切り開くものであり、その役割を労働組合が担って闘いを進めることが必要です」としつつ、「労働者派遣法の抜本改正」や「普天間基地無条件返還・新基地建設阻止」を大衆の力で政府に迫っていくと表明した。
 日比谷メーデーは、総評の解体以降、連合にも全労連にも行けない労働組合が「統一メーデー」を求めて続けてきたこと、また、国鉄闘争の当事者組合の国労が主要な担い手の一つであることを特長とするが、今年は、その国鉄闘争の政治解決への成果を確認したメーデーとして印象深いものがあった。
 なお会場各所では、朝鮮高校の生徒さん五十名ほどが、高校無償化からの排除反対を訴える署名活動を展開し、メーデー参加者から温かく迎えられていた。(東京A通信員)
 

新宿メーデー
   野宿脱却の仕事を

 
第16回新宿メーデーが、五月一日、新宿・柏木公園において、新宿野宿労働者の生活・就労保障を求める連絡会(新宿連絡会)の呼びかけにより開催された。二百名の野宿労働者が参加し、成功裏に貫徹された。
新宿連絡会の笠井さんは、「新宿の地域では、野宿を強いられている仲間が依然五百名から六百名いる。最近は、野宿の仲間の存在が社会的に当たり前になって、中高年の失業問題に目が行かなくなっている。失業者を失業者のまま長期に固定化してしまえば、働く意欲すら失われてしまう。問題はそこにあるのに、誰しも気が付かぬふりをして、セーフティーネットだと問題をすりかえる。
今の福祉の実態は、宿泊施設と路上の間を行ったり来たりさせているに過ぎない。働く意欲のある人には、意欲に応える施策をやるべきだ。職安で紹介される仕事は、長期に路上生活を強いられてきた仲間がすぐやれるという仕事ではない。役人は、なかなかそこが分からない。
野宿の仲間がつながって声をあげていくことが大切だ。俺たちも社会の一員なのだ。路上から起って社会を良くして行こう」と訴えた。
集会後、「屋根と仕事をよこせ」のシュプレヒコールをあげながら、新宿の街中を元気にデモ行進した。(東京M通信員)