恐慌による市場収縮・生産減少・人員削減続く

  凋落するアメリカ金融・自動車

                             安田 兼定


  ダウ7000ドル割れ安値へ突入

二月中旬、ニューヨーク株式市場は大幅下落が続いていたが、三連休明けの十七日、ダウ工業株三十種平均は、前週末比二九七ドル八一セント安の七五五二ドル六〇セントで取引を終えた。これは、リーマン・ショック後の最安値である七五五二ドル二九セント(〇八年十一月二〇日)にほぼ並ぶものである。ダウ平均に採用される三十銘柄のうち、小売り大手のウォルマートを除き、二十九銘柄が下落した。
 翌十八日、ダウは一時、七五〇〇ドルを割り込む。そして、十九日には、金融株などの下落で、ダウの終値が七四六五ドル九五セント(前日比八九ドル六八セント安)となり、ついに6年4ヶ月ぶりの安値となった。
二十三日には、ダウの終値は前週末比二五〇ドル八九セント(3・4%)安の七一一四ドル七八セントとなり、終値としては九七年五月七日以来11年9ヶ月ぶりの安値水準となった。
 三月二日には、ダウはとうとう七〇〇〇ドルの大台を割り込んだ。保険大手AIGの5・四半期連続の大規模な赤字などによる。
このような結果、アメリカ株式市場の時価総額は、ダウが過去最高値をつけた〇七年十月九日(21兆ドル弱)と比較し、二カ月弱で約10兆ドル(約九三〇兆円)も減少したとみられている。(右図参照。『日経新聞』二月二十二日)
ニューヨーク株の大幅下落にともない、アジア、ヨーロッパの株式相場も軒並み急落させ、昨年秋以来の安値を更新するか、それに近づく水準となった。唯一堅調なのは中国だけであり(プラス20・9%)、ほとんどの主要市場が二割前後も下落している。(左図参照。『日経新聞』二月二十五日)
世界的な株安が進行する中で、一月二十八日、IMF(国際通貨基金)は、サブプライローン問題の影響による世界の金融機関の損失は、計二兆二〇〇〇億ドル(約二〇〇兆円)に達するとの予測を公表した。また、〇九年の世界の実質経済成長率は、前年比0・5%で、第二次世界大戦後、最悪の事態に立ち至ると見通した。世界的な経済悪化の進展で、金融機関の損失は、ますます膨れ上がっているのであり、まだまだ膨れ上がるのである。
それだけではない。二月二十六日、FDIC(米連邦預金保険公社)は経営に問題があると判断した米金融機関が〇八年末時点で、二五二行(預金保険を適用する約八三〇〇の商業銀行と貯蓄金融機関のうち)にのぼると発表した。同年九月末時点で一七一行だったから、わずか三ヶ月間で約一・五倍に急増しているのである。アメリカでは、破綻した銀行が、〇七年で三行、〇八年で二五行と急増したが、今年もすでに二月二十日現在で、一四行に上っている。

  仕切り直しの金融安定化策もたつく

 この間のダウの続落で注目すべきは、金融株と自動車株である。
 オバマ新政権の金融安定化策は、予定よりも先延ばしになっていたが、二月十日、ガイトナー財務長官から発表された。
 ブッシュ前政権で迷走した金融安定化策は、新たに仕切り直しとして策定され、@新たな資本注入、A不良資産買い取り、B貸し渋り対策、C住宅ローン対策が主な柱である。
 @は、金融機関に包括的な資産査定を行ない、必要な金融機関に新たに資本を注入する。ただし、貸し出し増加と、早期に民間資金に置き換えることを条件とする。Aは、財務省、FRB(米連邦準備制度理事会)、FDICが、共同で不良資産買い取りの官民投資基金を設立する。不良資産の買い取り規模は、五千億ドルから始め、最終的には一兆ドルに拡大する。Bは、FRBと協力し、資産担保証券を保有する投資家に融資するFRBの新制度を、中小向け融資や学生ローン・自動車ローンなどにも拡大する。規模は、一兆ドルまでに拡大。Cは、住宅危機に対処するために、住宅ローンの返済負担軽減と金利引き下げを柱とする包括策を数週間内に発表するというもの。
 だが、皮肉なことに、この新たな金融安定化策が発表されると金融株の下落が促進されている。それは、財務長官も自覚するように、十日に発表した政策が細部の詰めがなされていないためである(当初予定よりも遅れての発表だが)。また、不良資産の買い取り額がどれほどまでに膨れ上がるのかオバマ政権もわからないため、苦肉の策として民間参加の官民共同の不良資産買い取り機構の設立となったが、株式市場では「不良資産の買い取り規模が一兆ドルでは不十分」、「肝心の買い取り条件が示されていない」などの不満と失望があるのである。
さらに、グリーンスパンFRB元議長や金融通として知られるクリストファー・ドッド民主党議員などの「一部国有化」発言が、投資家をおびえさせ、金融株を押し下げている。十九日のニューヨーク株式市場では、金融株が下落率の上位を占め、バンク・オブ・アメリカが前日比14%安、シティグループが13・8%安、アメリカン・エキスプレスが8・7%安であった。
二十日のダウも大幅に落ち込んだが、この時には、シティグループが前日比22%安の一ドル九五セント、バンク・オブ・アメリカが同4%安の三ドル七九セントにまで下落した。(ニューヨーク株式市場では、一般的に存続可能な企業の目安は5ドルとされる。大手金融機関も公的資金の投入でかろうじて生きながらえているのである)
金融機関の国有化は、株主が所有する株券を紙くずと変えるか、その形態によっては株式価値の大幅な希薄化となる。このため、アメリカでは国有化は、タブーとなっている。したがって、市場の動揺を抑えるために、オバマ政権は、国有化の打ち消しに必至である。二十三日には、財務省、FRBなど金融当局は、異例の共同声明を発して、国有化を否定した。
だが、財務省は、二月二十七日、三度目のシティグループへの政府支援を発表した。今回は、政府からの資金拠出はないが、政府が保有するシティの優先株のうち、最大二五〇億ドルを議決権のある普通株に転換し、実質的に政府管理下に置くことを鮮明にし、株式市場の動揺を抑えるものである(政府はシティ株の最大36%を保有)。

  アメリカ製造業の屋台骨
  自動車衰退の食い止め困難

 ゼネラル・モーターズ(GE)の株価は、昨年十一月十一日に3ドルを割り込み、65年前の水準に引き戻された。株価下落の基調は、その後も変わらず、今年二月十八日には、前日比5・5%安(二ドル〇六セント)、十九日も同2・9%安と二ドルを割り込み、一ドル台で低迷している。
 注目されていたGMとクライスラーの再建計画提出は、予定通り二月十七日に行なわれた。計画の要点は、両社合わせて約五万人の首切りと、新たに二一六億ドル(約一兆九八〇〇億円)もの追加融資の要請である。しかし、この再建計画は、肝心の債権者や労組との合意が無いままのものであった。
 世上、再建計画のポイントは、@巨額債務の削減、Aいわゆる「労務コスト」の削減、B経営再建の実現可能性の明確化―であるといわれる。
 @の巨額債務は、GMの場合、六〇〇億ドル(約五・四兆円)にのぼるが、政府は特に利率が高い無担保債務(約二七五億ドル)の三分の二を「債務の株式化」で圧縮することを求めている。
しかし、金融機関などの債権者は、GM株が極度に安いうえに、再建が実現するか否か不透明なため、譲歩するとしても、株式化は「半分が限度」として折り合いがついていない。
Aも、多くの労働者の首切りの上に、残った労働者の賃金と労働条件が大幅に低下するため、労組との交渉がなかなか進展しないでいた。GMは、対債権者、対UAW(全米自動車労組)との交渉を有利にすすめるために、米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の申請をちらつかせた。結局、両者との交渉は成功しないままに、再建計画は提出された。 
だが、UAWとの交渉では、工場労働者の賃金引下げに関しては、十七日、「暫定合意した」とマスコミでは報じられている。また、UAWが主導するビックスリー退職者向けの医療保険基金(二〇一〇年に発足)へのビックスリーからの負担金拠出(フォードが約一三〇億ドル、GMが約二〇〇億ドル、クライスラーが約九〇億ドル)については、二月二十三日に、フォードとUAWとの交渉で、「拠出手法の見直し」で「暫定合意」されたといわれる。
 Bは、さらなる人員削減、工場閉鎖の拡大や、一部不振な事業の売却・清算などとともに、環境対応車の開発や新興国戦略などをうたっている。しかし、GMは傘下の有力企業であるサーブ(スウェーデン乗用車)やドイツ・オペルの分離の危機も食い止められない状況である。
さらに問題なのは、自動車市場そのものが急速に縮小しており、この点への配慮が決定的に不足していることである。今年一月の米新車販売台数(速報値)は、前年同月比37・1%減の65・7万台であり、年率換算では一千万台を割り込んでいる(新車販売市場規模の米中逆転)。この数字は、GMが政府に昨年提出した再建計画での「悲観シナリオ」一千五十万台をさえ下回るものである。
 サブプライムローン恐慌に直撃されたアメリカ自動車産業は、瀕死の状態で生産調整や人員削減などを進めると共に、政府の支援を求めてきた。これまでの支援額は、環境投資支援が二五〇億ドル(昨年九月に決定)、GM本体への支払い済みが一三四億ドル、GM関係の金融会社GMACへの六〇億ドル(GMへの緊急融資一〇億ドルを含む)、クライスラーへの支払い済みが四〇億ドル、クライスラー・ファイナンシャルへの一五億ドルで、計四九九億ドルである。それがその後、自動車部品メーカーへの最大二五五億ドル(要請中)、二月十七日の再建計画提出で明らかとなった追加支援額二一六億ドル(GMが一六六億ドル、クライスラー五〇億ドル)を合計すると、最大九七〇億ドル(約九兆円)にのぼる。
 このような厖大な規模に達する政府支援によっても、アメリカ自動車産業の再建はきわめて厳しい。格付け会社ムーディーズは、「GMへの破産法適用の確立は、70%である」といっている。(了)