国際金融危機が自動車産業を直撃
  米の屋台骨揺らす減産と首切り
                               
                             安田 兼定


 米のサブプライムローン問題に端を発する国際金融危機は、深刻化する金融市場の動揺が実体経済に波及し、世界の主要産業の減産・人員削減をもたらし、その実体経済の景気悪化が今度は金融市場の危機をさらに促進するという相互作用の過程に入っている。しかもそれが、いわゆる「先進国」や新興国で同時的に進行しているのが、現局面の基本的特徴である。

   ビッグスリーの凋落は最終段階

 米欧発の国際金融危機で、世界の主要な産業の需要が秋ごろから急速に減少し、減産と人員削減が広まっている。
 自動車は、〇八〜〇九年と連続で販売・生産が縮小すると見通されている。中国、インド、ロシアなど、いわゆる新興国も含めた減産である。鉄鋼も、〇七年粗鋼生産額が13億2000万トンだが、〇八年は十年ぶりにマイナスになると見られている。半導体は、出荷額が〇九年に2・2%減と八年ぶりのマイナスという見通しである。
 とりわけ急速に生産が減少しているのが、アメリカの車産業である。アメリカでの新車販売数は、〇七年十一月から減少しはじめている(図参照 『日経新聞』2008.12.3.夕刊)が、前年同月比でみると、五月は、GM30・2%減 クライスラー28・2%減、フォード19・1%減であった。七月は、ビッグスリーの国内シェアは42・7%で、日本八社の43・0%をついに下回るようになる。七月に続き九月の落ち込みも激しく、アメリカ全体の新車販売数は、前年同月比でみると26・2%減で、一ヶ月の販売が百万台を割り込んだ。これは、一九九一年以来の低水準である。
十月はさらに激しく、全体で31・9%減の約八三・八万台(年率換算で一〇五六万台)で、単月ベースでの前年割れは、十二ヶ月連続となる。メーカー別にみると、GMは、45・4%減、クライスラー34・9%減、フォード29・2%減少。低燃費を武器に比較的好調だったトヨタも23・0%減となる。
十一月の落ち込みは、十月をさらに上回り、全体で前年同月比36・7%減の約七四・七万台(年率換算で一〇一八万台)で、一九八二年一〇月以来の低水準となる。メーカー別にみると、GM41・2%減、クライスラー47・1%減、トヨタ33・9%減(トヨタはローンの金利をゼロにした販売を米欧で行なう)である。他の日本大手メーカーも軒並み三割以上の減少となる。

    赤字経営で格付け悪化

自動車は、二十世紀アメリカ資本主義の象徴であり、アメリカ文化の象徴でもある。その自動車産業を担うビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)が、今や、経営危機の渦中にたたき込まれているのである。自動車産業は、一般的に地球温暖化問題などで世界的にその存在意義が問われているが、ビッグスリーは金融危機によっても直撃されている。アメリカ「製造業の屋台骨」(オバマ次期大統領)ともいわれるビッグスリーの存亡の危機は、アメリカ資本主義を土台から揺るがすものである。
クライスラーは、すでに以前から経営再建の途上にあり、今も赤字続きである。GM(ゼネラル・モーターズ)とフォードも、四半期別の最終損益をみると、急速に悪化している。〇八年七〜九月期でみると、GMは最終損益が二五億四二〇〇万ドル(約二四六〇億円)の赤字で5四半期連続の最終赤字となっている。フォードはGMほどの規模ではないが、それでも一億二九〇〇万円(約一二五億円)の赤字となっている。経営危機は、クライスラーとGMに顕著であるが、だからといってフォードが安泰などと言える状況では決してない。経営悪化が進行する下で、GMの債務超過額は九月末段階で五九九億ドルとなり、六月末の五七〇億ドルからさらに拡大した。
経営危機にたつビッグスリーは、すでにその格付けは「投機的水準」であった(GMとフォードがBマイナス、クライスラーがCCCプラス)が、米格付け会社ムーディは、十月二十七日、GMとクライスラーの格付けを「Caa1」から「Caa2」へとさらに下げた。格付けが「投機的水準」ということは、社債発行がきわめて難しいことを意味する。

   合併方針から政府支援要求策へ転換

ビッグスリーは、〇八年九月には、環境対応車の生産を大義名分に、低利融資枠五〇〇億ドルの実行を政府に求めてきた。米議会は、〇七年十二月に、エネルギー独立・安全保障法を成立させ、自動車産業へ二五〇億ドルの低利融資の枠を決めている。それに対してビッグスリーが五〇〇億ドルを求めるのには強い批判が出て、そこでビッグスリーは先に決まっている二五〇億ドル枠の融資実行を政府に優先してもらう手堅い方針を選んだ。そして、ブッシュ大統領は九月三十日に、低利融資に伴う予算措置を盛り込んだ法案に署名した。融資規模は二五〇億ドル(二・七兆円)で、利率は五%である。
GMは、この間、経営改善のために企業合併を目指し、合併提案をフォードに行ない、これは七月に物別れとなっている。そこで、クライスラーにも合併提案を行なうが、秋以降の急速な金融危機の影響で経営がもたないと、合併よりも政府支援を優先し、クライスラーとの合併協議は十月末には中断となった。
経営悪化の進行で、格付けもさらに引き下げられ、株価の暴落にも迫られて、GMなどビッグスリーは、政府に対して追加支援を求める以外に手がなくなった。特にGMは、十一月九日に決算発表をひかえ、年内の運転資金がギリギリであることは明白であり、クライスラーとの合併協議を中断し、政府支援に方針を転換せざるをえなくなった。

   支援法の廃案で政府裁量へ

議会首脳部がビッグスリーに対して、追加支援策を検討していることは、十一月四日の米紙デトロイトニュース(電子版)の報道で表面化した。
GM株は、十一月十日に、終値が3・36ドル(六二年ぶりの安値)にまで下落し、時価総額は約一九億ドル(約一九〇〇億円)に減少した。翌十一日には、2・92ドルとなり、ついに3ドルを割り込むほどとなった。
ビッグスリーの経営陣を招いての公聴会は、十八日(上院銀行委員会)、十九日(下院金融サービス委員会)と続いた。この中で、当面の「つなぎ融資」として、GMが一〇〇〜一二〇億ドル、フォードが七〇〜八〇億ドル、クライスラーが七〇億ドルを要請した。
だが、公聴会では、GMのワゴナー会長が「破綻の危機を招いたのは、我々の新車でも経営計画でもなく、世界金融危機」と強調し、議員のみならず世論の反発を買った。バンカメの最高経営責任者も、「三社もあるのは多すぎる」と言って、現状のままでの公的資金による救済に反対した。
欧州連合(EU)は、すでに十四日に、米政府の追加支援は「貿易自由化ルール」に合致するか否か調査する、とけん制していたが、十八日には、ドイツのメルケル首相が、競合するヨーロッパの自動車メーカーが不利になるような支援は認められない、と明確に批判した。
こうした内外の反発と批判により、議会審議は仕切り直しとなり、十月二日までに練り直した事業計画をビッグスリーに要求し、再度公聴会を開くこととなった。
この間、ビッグスリーといわば「運命共同体」となって政府支援を要求してきたUAW(全米自動車労組)も、大きな譲歩を強いられた。この中で、UAWは、レイオフ(一時帰休)中の労働者に賃金や福利厚生の大半を補償する「ジョブズ・バンク」制度の一時凍結や、二〇一〇年一月までに実施する予定だった医療保険基金へのビッグスリーからの資金拠出を先延ばしすることなどを表明した。UAWのゲトルフィンガー委員長は、「ビッグスリー側からの求めがあれば、給与などの協約を見直す考えがある」ことも示したといわれる(『日経新聞』十二月四日夕刊)。
ビッグスリーが新たに提出した再建計画のポイントは、次のようなものである。GMは、「サーブ」「ポンティアック」「サターン」事業の売却や大幅縮小、米国従業員の2〜3割削減、二〇一二年までにコストを約七十億ドル削減、政府への最大一八〇億ドルの支援要請、フォードは、子会社ボルボの売却検討、〇九年に十億ドルの追加コスト削減、政府への最大九十億ドルの支援要請、クライスラーは、他社との統合や戦略的提携、これによる三五〜九〇億ドルのコスト削減、政府への七〇億ドルの支援要請などである。
十二月四日、公聴会が再開された。三社合計三四〇億ドルの政府支援に対しては、あるエコノミストが、証言にたって「(三社合計で)五〇%近くの(国内)シェアを保っても破綻回避の費用は七五〇億ドル必要である。今後二年間でシェアが四〇%に下がれば、一二五〇億ドルに近づくであろう」と予測した。
公聴会を経て、民主党指導部は、八日、ビッグスリーの再建の可能性を見極められないままに、しかし雇用情勢の急激な悪化を前に、妥協案を政府に提示することになった。それは、つなぎ融資を最大一五〇億ドル(約一・四兆円)実施するとともに、他方で、三月末までに長期的な再建計画を新たに求めるというものである。そして、納税者の損失を防ぐために、大統領が経営監視人を指名することにした。
十二月十日、民主党指導部とホワイトハウスが合意した「自動車産業融資・リストラ法案」が下院を通過した。それは、融資額が一五〇億ドルから一四〇億ドルに引き下げられ、また、三社の再建計画が甘かった場合には、経営監視人には米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の活用も視野に入れた再建計画を提案する権限を持たせている。
だが、上院では反対派の抵抗が強く、流動的であった。結局、上院での民主党と共和党の法案協議は決裂し、事実上、廃案となる。
そこで政府は、十二日朝、緊急声明を発表し、政府が金融安定化法に基づく公的資金で支援するとした。
公聴会で明らかにされているように、GMは年末までに四〇億ドル(約三六〇〇億円)、翌年一月末までに四〇億円、さらに三月末までに合計で最大一〇〇億ドルが必要となっている。クライスラーも、三月末までに四〇億ドルを求めている。経営危機は、まさに一刻の猶予のない事態に立ち至っているのである。

   生きるために闘いを!

自動車産業は、金融危機の影響をもろに受けた。投機マネーによるガソリン急騰による車離れが〇八年の夏場まで、秋以降はリーマン・ブラザーズの破綻の結果、自動車ローンの審査が厳しくなり、さらに購買者数が少なくなっている。
この結果、自動車産業では世界的な減産と、無慈悲な首切りが強行されている。クライスラーは北米の約30工場を最低一ヶ月休止し、GMは北米24工場のうち、20工場で減産し、〇九年一〜三月期の生産を二五万台にする。これは、〇八年一〜三月期の半分である。日本のメーカー12社は、今年度の減産規模を二二〇万台とし、これは当初計画の一割減産である。ドイツ・ダイムラーは、年末年始の約一ヶ月間、ドイツ国内の14工場を一斉休業とし、一部の工場では〇九年三月まで時短勤務を導入する。
世界の新車販売台数は、〇七年で六五〇〇万台だったが、日米欧の市場はその五五%、約三六三〇万台を占めていた。それが、〇八年は前年度比約一割の減産の三二〇〇万台強へ、〇九年にはさらに一〜二割減の二七〇〇万台前後になるとみられている。二年で約九〇〇万台強も減産で、これは世界第二の市場をもつ中国一国分の減産となる。
世界的な減産の結果は、いうまでもなく関係する労働者の首切り、賃金カットである。今や、首切りは非正規労働者の問題などと言っている場合ではないのである。資本主義そのものを延命させるためには、資本はどのような卑劣な手段もいとわない。万国の労働者、団結せよ!生きるために、連帯した闘いを!