金融危機の深化と世界同時不況
  新自由主義で破綻国家も
                                 安田 兼定

 米証券大手のリーマン・ブラザーズの破綻を契機とする九月動乱は、国際金融危機の新たな段階を画した。
金融面で言うならば、アメリカの不良資産買い取りを中心とする金融安定化法の成立が混乱する間に、やはり金融危機に脅えるヨーロッパでは、一部銀行などの国有化、公的資金による金融機関への資本注入という段階に至っている(本紙前号を参照)。これに促されて、アメリカも金融安定化法を利用する形で、大手九行に先行して公的資金の注入を行なうことを決定した。
さらに、投機マネーが投資家に迫られて現金確保を急ぎ、中小「後進国」からの資本流出が一斉に始まり、これら諸国の経済危機が続出しつつある。
実体経済との関係で言うと、帝国主義国、新興国などを問わず、経済の減速あるいは後退が明確となり、世界同時不況が確実となってきていることである。
十月八日、米欧の六中央銀行(アメリカ、イギリス、ECB〔欧州中央銀行〕、カナダ、スイス、スウェーデン)のみならず、中国、アラブ首長国連邦、香港、クウェートでも協調した利下げが行なわれた。これは、金融危機の深刻化に伴う株価の暴落を抑え、実体経済に刺激を与える景気対策でもある。
しかし、株価は一時的に反騰しても、すぐにまた下落局面に移行し、焼け石に水という状況である。十月二十四日には、ニューヨーク・ダウが終値で五年半ぶりの安値8378ドルをつけ、同月二十七日には、日経平均株価が一時、バブル後最安値の7400円台をつけている。このように、株安は止まることを知らず、各中央銀行は間もおくこともなく再び利下げ行動に走らざるを得なくなっている(左表を参照、朝日11・1)。
それに加え、世界的な景気後退は止めることはできない。十月三十日、アメリカ商務省は、今年7〜9月期の実質GDP(国内総生産)の速報値が年率換算で前期比マイナス0・3%となったことを発表した。
アメリカの実質GDPは、昨年の10〜12月期にマイナス0・2%に陥ったが、今年の1〜3月期には0・9%、同4〜6月期には2・9%とプラスに転じていた。だが、4〜6月期のプラス幅は、輸入が減り輸出が増えるという一時的要因によるもので、GDPの7割を占める個人消費はこの間の緊急減税にもかかわらず、実質前月比でゼロ%台前半からマイナス0・1〜0・2%の間を低迷している。7月にはマイナス0・5%であった。
この7〜9月期のマイナスGDPは、個人消費がマイナス3・1%(前期比で年率、以下同じ)、民間設備投資がマイナス1・0%で、民間住宅投資にいたってはマイナス19・1%で、全体としてマイナス0・3%となった。輸出入収支では今期はマイナスに陥っている(約三五〇〇億ドルの赤字)。
アメリカではいまや、「米企業利益に占める金融業(保険・不動産業を含む)の比率は一九八五年の二割強から二〇〇四年には三割強に上昇。製造業は五割弱から三割強に下がった。」(『日経新聞』九月二四日付け朝刊)といわれる。その構造の下で、金融業はサブプライムローン問題でガタガタとなり大再編を強いられ、製造業は個人消費の低迷や世界同時不況により工場閉鎖・生産抑制などに追い込まれている(自動車ビッグ3の凋落を見よ!)。GDPの7割を占める個人消費は、文字通り住宅バブルの破裂に直撃され、中低所得者層を中心に低下している。
アメリカなどでは、住宅の時価とローン額(購入価格)の差額である純資産(エクイティ)を担保にした「ホーム・エクイティ・ローン(HEL)」が一般化している。アメリカの消費者は、バブル期には、このHELを使って住宅の増築・改修だけでなく、自動車の購入や借金の返済(借り換え)など「豊かな生活」を送ってきた。しかし、歴史の歯車は逆転し、バブルの崩壊により、住宅の差し押さえを受け、また消費生活全般の切り詰めに走らざるを得なくなっているのである。借金に依存した「豊かな生活」は、まさに歴史的転換点に入っているのである。
金融危機の実体経済への影響により、米企業の倒産件数も増大している。今年1〜3月の時期には、月々四千件台であったのが、4月以降は五千件台に増え、7月には前年同月比57%増の五六六四件に至っている。個人消費の冷え込みを反映し、小売や外食産業が目立つが、八月以降は住宅や自動車など不況業種にも拡大している。
これに伴い、失業率も俄然跳ね上がっている。〇六年、〇七年ともに四・六%だったのが、今年三月から五%台に上昇し、八月、九月は連続して六・一%となっている。
アメリカ経済の後退は、今後も10〜12月期マイナス1・1%、来年1〜3月期マイナス0・1%と、有力エコノミストによって予測されている。アメリカ経済がリセッション(景気後退)に入るのは、ほぼ確実視されている。
アメリカと共に、サブプライムローン危機の中心舞台であるヨーロッパの経済も深刻な低迷に陥っている。
ユーロ圏の実質GDPは、〇六年2・9%(前期比、以下同じ)、〇七年2・6%であったが、〇七年の10〜12月期0・4%、今年1〜3月期0・7%と減速し、4〜6月期になって、一九九九年の通貨統合いらい初めての0・2%減のマイナス成長となった。非ユーロ圏のイギリスもまた、4〜6月期の0・0%に続き、7〜9月期には0・5%減のマイナス成長となり、第四半期もマイナス成長が続くと予測されている。
ヨーロッパでは、イギリス、スペイン、アイルランドなどで住宅バブルが崩壊し、さらにサブプライムローン問題ではヨーロッパ金融機関自身が当事者でもあり、ここでも金融危機の影響が実体経済に及んできているのである。実際、「鉱工業新規受注が軒並み悪化し、特に欧州連合(EU)二十七カ国ベースでの景況感指数は十五年ぶりの低水準に落ち込んだ」(『日経新聞』十月二十九日付け朝刊)といわれる。金融危機による信用不安で、企業は設備投資や生産自身を手控える傾向が強まっているのである。
さらに深刻なのは、ユーロ圏やEU圏周辺の国々である。その一つの典型が、アイスランドである。同国は、北海道ぐらいの面積で、人口は約三十万である。もともとは漁業国であったが、一九八〇年代以降、規制緩和と外資導入政策で金融立国を目指し、〇六年までの十年間でGDPを二倍にし、一人当たりではルクセンブルグ、ノルウェーに次いで世界第三位の五万ドル超となった(日本は三・四万ドル)。
しかし、国際金融危機で外資が一斉に引き揚げると、各銀行はたちまち資金繰りにいきづまる。そこで政府は、大手三行を管理下に置き、海外口座を凍結した。しかし、三行の借り入れなどによる総資産は約千八百億ドルとなり、GDPの九倍に達する巨大な規模となって、とても政府レベルでは手に負えなくなる。
もう一つの典型が、ハンガリーである。中東欧諸国は、ソ連崩壊後の資本主義復活に伴い、民営化や外資導入が盛んに行なわれ、「欧州の工場」として高い経済成長をみせた(ここ数年は6%台の成長)。しかし、ハンガリーやポーランドなどでは、この一年で、株価指数はほぼ半減し、外資はたちまち流出してしまった。ハンガリーの外貨準備は、〇七年時点で、百六十三億ユーロ(約二兆二百億円)でしかなく、対外債務九百八十三億ユーロはその約六倍にもなるのである。
いずれも、新自由主義の導入とアメリカ的金融政策によって、苦境に陥ったのである。同様な中小「後進国」がつぎつぎと現われ、IMFはその救済のため、上限なしの融資を行なうとした。十月二十四日は、アイスランドに対して21億ドル(約二千億円)、同月二十六日は、ウクライナに対して165億ドル(約一兆五千五百億円)、同月二十八日は、ハンガリーに対して125億ユーロ(他にもEUから65億ユーロ、世界銀行から10億ユーロ)を支援すると、IMFはそれぞれの国と暫定合意した。ほかにも、ベラルーシ、パキスタン、セルビアなども支援を求めていると見られている。
IMFは、通常、「一回の融資額は加盟国の出資額の範囲内」という原則を堅持していたが、ウクライナなどへの融資はこの原則を曲げ、出資額の十倍近い額となっている。また、IMFは、十月に十九日には、出資金の最大五倍を貸し出す短期融資制度も新設している。これは貸出しに際しての金融・財政改革の実施などという条件をつけないため、融資を求める国々が更に増えるとみられている。
IMFは、近年、借り手の減少で多額の資金が余っており、貸付可能額は約2100億ドル(約二十一兆円)にのぼっていたが、急激な金融危機で、財源不足の懸念も強まっている。
日本は、サブプライムローン問題については、あまり関係が深くなく、被害も軽微だといわれていた。だが、国際金融危機が全世界に広がり、アメリカや中国などの景気後退・減速が明らかになり、外需頼みが強い日本でも、景気後退の様相がますます強まって来ている。
日銀の月例経済報告は、今年の七月頃までは、「景気はここのところ回復が緩やか」、「景気回復は足踏み状態」などといっていた。しかし、八月には景気後退を事実上認める動きとなり、十月には明確に「景気は、弱まっている」という判断を行なうようになった。
〇二年二月から約六年間続いた戦後最長の「景気回復感なき景気回復」も、ついに終ったのである。
なお、日銀が十月三十一日に発表した「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)は、〇八年度の実質GDPの伸び率見通しを、七月時点の1・2%から0・1%に下方修正している。国際金融危機が深化する中で、十月下旬、株安・円高のダブルパンチを受け、主要に輸出に頼る日本経済の景気後退を決定的にしたのであった。
景気後退の進行と共に、企業倒産の増大、輸出産業を中心とした生産抑制、さらには非正規労働者などの首切りが既に増え、新卒者の採用内定も次々と破棄されつつある。十月三十一日に発表された九月の有効求人倍率は、0・84倍と四年ぶりの低水準となった。これは、世界同時不況の下で、製造業の新規求人数が前年同月比で22・0%減と大きく落ち込んだためである。
厚生労働省が十月に、全国の中小企業4285社を対象に行なった緊急調査では、従業員の過不足を示す雇用DIは、正社員や契約社員・パートはマイナス(不足)だが、派遣と社員はプラス(過剰)だったといわれる。とりわけ、自動車など輸出製造業では、過剰感が大幅に強まっている。調査では、「賃金調整や雇用調整に踏み切った企業は全体の15・2%に上り、このうち23・4%が派遣社員など非正社員の再契約停止などを実施した。正社員を含む従業員の解雇に踏み切った企業も4・4%あった。」(『朝日新聞』十一月一日付け朝刊)といわれる。
中国経済統計局は、十月二十日、7〜9月期の実質GDPが前年同期比で9・0%増であったことを発表した。中国では、〇三年から〇七年にかけて連続して二ケタの成長を実現していたが、六年ぶりに一ケタ台に後退したのであった。〇八年は、通年でも一ケタ台の成長と予測されている。
この主な原因は、一つには、世界経済の停滞で輸出の伸びが鈍化したためである。1〜9月期の貿易黒字は、千八百九億ドルで、前年同期比で2・6%減少している。もう一つの主因は、輸出とともに高度成長を牽引してきた固定資産投資(設備投資や建設投資の合計)の伸びが鈍化したことである。1〜9月期の同投資は、前年同期比27・6%増と名目では高水準を維持した。しかし、投資財の価格高騰を考慮すると、実質では伸びが急速に衰えていると推測されている。
なお、昨年までバブル懸念が強かった中国の不動産市場も急速に冷え込み、八月、九月の不動産販売価格(主要70都市)は連続してマイナスとなった。
国際金融危機の深化は、中国のみならずBRICs全体の経済成長に影響を与えている。「先進国」のマネーが流出するとともに、新興国の株価が下落するだけでなく、これまで追い風となっていた資源価格の高騰も、現金確保のために投機マネーが商品市場から引き揚げたことや、世界同時不況が強まったことなどで急落し、不利な経済環境になっている。原油、銅、小麦、大豆などは、ピーク時の半値にまで下落しているのである。(原油価格の急落で、中東など産油国は財政が圧迫されている)
中国、インド、ロシア、ブラジルの経済成長もまた、世界同時不況に引きずり込まれ、後退局面に陥りつつある(右図を参照、朝日10・24)。
こうしたことは、BRICsなどの新興国が欧米の景気動向とは連動せずに成長をつづけるという「デカップリング」(分離)論の幻想を打ち砕いている。
一九二九年からの世界金融恐慌いらいの国際金融危機は、確実に世界同時不況を招き寄せている。  


 《雑感》

 様々な金融危機に対する態度

@カジノ資本主義化したブルジョア世界においては、経営破綻の国家救済に対して、「モラルハザード」論で抵抗する傾向が根強い。経営破綻しても結局国家が助けてくれるということになれば、無責任な経営が横行するという理屈は、一理あるように見えるが全くのまやかしである。それというのもこの論は、カジノ資本主義が社会に全く責任を負わない資本の運動だということを覆い隠しており、国家の救済を受け入れることによって社会的責任を負わされることに対する資本の恐れを背景にもつ主張だからである。
資本の目的は利潤である。とはいえ旧来の資本の運動は、物質的生産諸力の拡大再生産を実現し、物質的豊かさを追い求める社会の欲求に応えてきた。そのことで人間(自然環境)へのその敵対的性格を緩和・隠蔽し、前面化しても繰り返し包摂しえてきたのである。ところがいまや、産業が成熟し、社会の欲求(目的)が物質的豊かさの実現から、資本主義と両立しえない次元に離陸し始めた。産業の成熟によって、貨幣資本が産業から遊離し投機マネーに転化する流れが不可逆的となった。利潤目的(強欲)が社会と切り離されて独り歩きし、社会の破壊を代償に自己を貫徹しだしたのだ。そしてこれが資本の運動総体を規定するようになっているのある。
解き放たれた「強欲」は、当面政治的後退を余儀なくされているが、復権をねらって蠢き続けている。警戒しなければならない。
A世界的に支配階級の間で、破綻金融会社の国有化策が強まっている。日本では当面は、民衆に対するわずかばかりの所得補助による買収的懐柔策が前面に出ている。
 そもそもグローバル経済の基盤の上で産業が成熟したこと、新規投資領域としての新産業の勃興がかつてのように期待できなくなったことによって、一つの歴史的必然としてカジノ資本主義が生まれた。したがって金融システムの救済は、それが破綻会社の国有化という形をとろうと、カジノ資本主義の再建策を意味する。また自動車・家電のような耐久消費財産業を支える高速道路や住宅をどんどん建設しても、かつてのように失業人口を吸収し、経済を拡大する「効果」は期待できなくなっている。「グローバル・ニューディール」ならある程度の効果はあろうが、急速に限界に逢着せずにいない。要するに、既存のシステムの上に立った「バラマキ」では、展望はないということである。
 資本主義経済の「発展」の道は、投機マネーの自己増殖運動にかかっているのである。より巨大なバブル(より巨大な破綻)の道を歩む以外ない。国有化と所得補助は、政治的息継ぎ策でしかなく、既にカジノ化した資本主義経済を停滞させ、国家財政赤字を膨張させる。資本主義経済の「発展」の道は、政策的ジグザグを通して地獄へと転げ落ちる道である。
 とはいえわれわれにとっては、国有化と所得補助など懐柔策の方が良い。社会の建て直しに活用できるからである。
Bカジノ資本主義(金融危機)の袋小路から抜け出る道はあるのか?
 それは、「産業の成熟」が生みだす次の二つの条件によって準備されるだろう。
一つは人々の「欲求の変化」である。人々の物質的豊かさへの欲求は、労働手段の発展が社会の経済発展の主要な規定的要素であった階級社会の全時代を通して、とりわけ資本主義社会において、社会の発展を推進してきた。だが今日この領域で歴史的変化が起こっている。「産業の成熟」の上に立って、就労と失業への人々の分割と分業の各分節への人間の隷属を打ち破り、人間(=自然環境)を大切にする文化を創造していこうとする高次の欲求が醸成されてきていることである。これは、開発よりも環境という主張に象徴されるように、時代の趨勢となってきている。
もう一つは、資本主義の下では生きてゆけない人々が膨大に生み出されつつあることである。資本主義の下での産業の成熟は、一方における投機マネーと他方における絶対的過剰人口を生み出し、これを拡大再生産する。バブルが一時的に絶対的過剰人口の存在をある程度隠ぺいするが、バブルがはじけるとこれが顕在化する。多くの労働者は、自己の自由な発展への欲求と使い捨てられ生存さえも保障されない自己の在り様との矛盾の狭間で生きることを強制される。ここに、生存の必要から出発して、資本主義にかわる新しいシステムが模索される根拠がある。NPOや協同組合などの今日的発展である。
かつては、過剰生産状態は、物的生産領域における新産業の勃興によって克服された。今回のそれは、一人ひとりの自由な発展を保障し文化的豊かさを実現する領域における社会活動の勃興とその一環としての農業を含む産業配置の再編成とによって打開されることになるだろう。その桎梏として立ち現れる資本主義との闘争と民衆自身による新たなシステムの創造的模索とを通して、闘いとられるのである。今回の金融危機は、民衆の間に生まれつつあるこの流れを広く浮上させるに違いない。国有化や所得補助などの懐柔策は、こうした発展方向にできるだけリンクさせ活用してこそ前進的意味を持つのである。
われわれ左翼は、かつて国家権力の奪取と生産手段の国有化から出発して、社会革命の実現を展望してきた。現実には政治革命が勝利した諸国において、社会革命は観念的なものにとどまり、官僚ブルジョアジーが権力を簒奪することになった。しかし二十一世紀の現代に生きるわれわれは、資本主義の廃絶を目指す政治革命について、歴史上の諸革命の展開と同様に社会革命の一定の進行を基礎に構想することになるだろう。(M)