国際金融危機は新たな段階へ
   9月動乱で劇的な淘汰・再編
                                  安田 兼定


専業の大手証券会社が消滅
 米証券大手のリーマン・ブラザーズの破綻は、九月動乱となり、アメリカを中心とする金融機関の淘汰・再編をドラスティックに推し進め、世界的な金融危機を新たな段階へと押し上げた。
*九月十五日―リーマン・ブラザーズが破綻する。近年、住宅ローンや商業用不動産ローンの証券化業務に傾斜していたリーマンブラザーズは、サブプライムローン問題の露呈により、巨額の損失を抱え込むこととなった。米財務省やFRB(米連邦準備制度理事会)は、当初、民間金融機関によるリーマン買収を模索した。だが、民間側は、買収後に損失が膨らむのを恐れて公的支援を要求する。これに対して、政府側が応じず、交渉は十四日に決裂し、翌日、リーマンは破産法を申請し破綻となる。
同日、同じく証券大手のメリルリンチが、米銀バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)によって買収される。バンカメは、リーマンの買い手として有力視されていたが、金融商品の多額の評価損に陥っていたメリルリンチがリーマン破綻の見通しに危機感を抱き、十三日バンカメに合併を申し入れる。交渉はわずか二日というスピードでまとまり、事実上バンカメの救済合併となった。メリルリンチ買収後のバンカメは、資産約2兆7000億ドルとなり、シティグループを抜き、全米で最大の金融機関となる。
*九月十六日―アメリカ政府は、米保険最大手のAIG(アメリカ・インターナショナル・グループ、総資産1・06兆ドル・顧客数7400万人)の救済を発表した。AIGはもともと生命保険や損害保険などの金融サービスを本業としてきたが、その本業での利ざやが薄くなり、ここ数年はハイリスクの住宅ローン担保証券の投資や証券化商品の保証業務など、事業の多角化を進めてきた。だが、サブプライムローン問題でAIGが保有する住宅ローン担保証券の価値が下がり(六月末までの一年間で計上したサブプライム関連の損失は計440億ドル)、同社の格付けも低下し、結果として資金繰りが悪化するようになった。アメリカ政府とFRBは、十六日、最大850億ドル(約九兆円)のつなぎ融資を実施するなどの救済策を決定した。つなぎ融資の元利返済を確実にするために、AIG株式の七九・九%を取得する権利を政府が保有し、AIGは政府の管理下での再建にあたることとなった。
*九月十七日―米財務省は、FRBが市場への資金供給や民間金融機関への直接融資を拡大しているのをふまえ、米国債を臨時発行してFRBの資金供給を支援すると発表した。それは、通常の発行計画とは別に短期債を発行して、FRBに資金供給の原資を実質的に融通するものである。
*九月十八日―米欧日の六中央銀行(アメリカ、イギリス、カナダ、スイス、日本の各中央銀行と、欧州中央銀行)は、総額1800億ドル(約一九兆円)のドル資金を短期金融市場に供給するとした。リーマンの破綻をきっかけに、米欧を中心に銀行間でドル資金を貸し借りする短期金融市場がマヒ状態に陥ったので、これらの中央銀行が協調して、民間の金融仲介を肩代わりする異例の措置である。
*九月十九日―アメリカ政府は、金融危機の拡大を防ぐため、公的資金による不良債権買い取りを中心とする総合的な金融安定化対策の大枠を発表した。主な柱は以下のものである。@公的資金を使った不良資産の買い取り機関を創設する。A貯蓄性の高い投資信託MMF(マネー・マーケット・ファンド)の保護に、政府基金最大500億ドル(約五兆四千億円)を使う。B金融機関株式の空売りを全面禁止する。
同日、米証券取引委員会(SEC)は、株式を所有しないまま売り注文を出す「空売り」の禁止を発表した。それは、リーマンの破綻などで値動きが激しくなっている金融株の急落を防止するのが狙いである。SECは、七九九の金融関連株を対象に即日、実施した。
*九月二十一日―FRBは、米証券最大手のゴールドマン・サックスと同二位のモルガン・スタンレーが、業務形態を銀行持ち株会社に移行する、と発表した。金融危機が深刻化する中で、総合金融サービス会社として預金獲得などで財政基盤に安定性を持たせつつ、経営強化し、危機を乗り越えようとするものである。これにより、アメリカの大手専業証券会社がすべて消滅することとなった。すなわち、ベアー・スタンズは三月に実質破綻し、リーマン・ブラザーズも九月に破綻。メルリリンチはバンカメに買収された。そして今回、二社の銀行持ち株会社への移行である。

アメリカの金融再編は再編は銀行業へ拡大
*九月二十五日―米貯蓄金融機関監督局(OTS)は、米貯蓄貸付組合で最大手のワシントン・ミューチュアル(総資産3097億ドル―約三二・八兆円、預金量1880億ドルは全米で第六位)に業務停止命令を出し、米連邦預金保険公社(FDIC 日本の預金保険機構に当る)が管財人となった。ワシントン・ミューチュアルは、一八八九年創立の老舗だが、サブプライムローンなどを組み込んだ証券化商品の取引に積極的であったため、昨年10〜12月期から3四半期連続して赤字に転落していた。昨年六月には40ドル台であった株価も、九月二十五日終値では1ドル台にまで下落していた。FDICによると、預金保険の適用対象になる金融機関は全米で8400余りあるが、資本や流動性が不足し経営に問題がある金融機関は、六月末時点で117行(前年比で倍増)にのぼるといわれる。そして、これまですでに11行が破綻していた。破綻は証券会社から地方銀行に波及・拡大している。なお、破綻したワシントン・ミューチュアルは、即日、JPモルガンによって買収された。
*九月二十八日―アメリカ政府と議会幹部は、金融安定化法案をめぐる修正協議で大筋合意した。その主な内容は、@不良資産買い取りの原資となる公的資金7000億ドル(約七五兆円)のうち、2500億ドルを直ちに支出、A政府の要請に応じて1000億ドルを追加支出、B残りの3500億ドルの支出は、議会に拒否権、C金融機関の株式引受権(ワラント)を政府が取得、D支援対象となる金融機関の役員報酬を制限、E公的資金の支出を監視する第三者機関の設置、F投資家のリスク軽減のための保険制度を新設―などである。サブプライムローン問題を機に広がった金融危機を鎮めるために、公的資金を大規模に投入する新たな段階に入るというのである。
*九月二十九日―米欧日十カ国の中央銀行は、ドル資金の供給額を6200億ドル(約六五兆円)に拡大するとした。ヨーロッパの短期金融市場の銀行間取引金利はユーロ導入後、最高水準に跳ね上がり、白川日銀総裁も「ドル市場の流動性は枯渇した」と記者会見で述べた。
同日、FDICは、経営危機に陥っていた米銀ワコビアの銀行部門を米銀シティグループが買収すると、発表した。ただし、シティが将来損失をこうむる可能性があるため、購入額3120億ドルのうち420億ドルまではシティが負担するが、それ以上はFDICが負担する損失補てん契約を結ぶこととなった。破綻による混乱回避へ、政府が買収を支援する異例の措置である。(米大手銀行ウェルズ・ファーゴは、十月三日、151億ドルでワコビア買収と発表。シティのワコビア買収は部分的であり21億ドルにとどまっていた。)

ヨーロッパは素早く国有化
リーマン破綻は、直ちにヨーロッパに影響を与えた。銀行相互間の疑心暗鬼で信用収縮が極度に強まり、ドルの流動性が著しく弱まった。このため、主要中央銀行の協調したドル供給が行なわれている。ヨーロッパでも、昨年夏以来のサブプライムローン問題で金融危機が深まり、金融機関の淘汰・再編が進行している。そこへリーマン破綻となり、「アメリカの失敗」を教訓に、諸政府は国有化を含めた大胆な対処を行なっている。
*九月二十八日夜―ベルギー、オランダ、ルクセンブルグのベネルクス三カ国は、株価急落で経営危機に陥っていたフォルテス銀行に総額112億ユーロ(約一・七兆円。ベルギー47億ユーロ、オランダ40億ユーロ、ルクセンブルグ25億ユーロ)を投入し、見返りにそれぞれの国のフォルティスの事業の49%の株式を得る形で部分国有化すると表明した。オランダは十月三日、一〇〇%国有化に転じた。
*九月二十九日朝―イギリス政府は、住宅金融大手ブラッドフォード・アンド・ビングレー(B&B)の一部国有化を発表した。救済策によると、B&Bの210億ポンドの預金と約二百の支店網がスペイン最大手銀行サンタンデールに売却され、リスクの高い住宅ローン約420億ポンドなどは政府の管理下に置かれる。
*九月三十日―ベルギー、フランス、ルクセンブルグの三カ国政府は、ヨーロッパ金融大手のデクシアに公的資金と民間資金を合わせて計64億ユーロ(約九六百億円)を資本注入すると発表した。
 同日、ドイツ政府は、独不動産金融大手ハイポ・リアル・エステートへ、五兆円規模の緊急資金支援を行なうとした。
 同日、アイスランド政府も、中堅の銀行国有化を発表している。
リーマン破綻の影響を受けて、アイルランド政府は、国内六銀行の預金の全額保証を打ち出したが、これにはイギリス政府が大いに不満をもち「単独主義」と批判した。というのは、金融危機におびえたイギリス国内の預金がアイルランドへ逃避してしまうからである。

公的資金投入をめぐる混乱

*九月二十九日、アメリカ議会下院は、金融安定化法案を否決した。これを受けて、パニック売りが殺到。米ダウ工業株30種平均は急落し、終値は一万〇三六五・四五ドルとなった。下げ幅は過去最大の七七七・六八ドルの下げ(先週末比。下落率は六・九七九%で過去17番目)となり、二〇〇一年の9・11事件後に記録した六八四・八一ドルを上回った。九月三十日の日経平均株価も、一時五八〇円安の急落となり、他のアジア株、ヨーロッパ株も軒並み急落した。図は、九月末時点での、各国の年初来の株価指数の下落率である(『朝日新聞』10月3日付け朝刊)
*十月一日―アメリカ上院は、先に下院が否決した金融安定化法案を修正した法案を可決した。主な修正内容は、@預金保護の上限を10万ドル(約一〇五〇万円)から25万ドル(約二六〇〇万円)に引き上げ、A一部の個人や企業を対象とする約1500億ドルの税制優遇、など。
*十月三日―下院も修正案を可決する。
 金融安定化法案が、当初、下院で否決されたのは、有権者の率直かつ正当な考えが反映されたためである。片や弱肉強食の新自由主義の波に乗って、ボーナスだけでも50数億ドルも稼ぐ金融会社役員がいるかと思えば、他方には、その日の糧を確保するのにも苦労する厖大な層が存在する(米の九月の失業者数は947万人)という資本主義の冷徹な現実。この矛盾がありながら、あえて金融安定化を大義名分に大企業を救済するのは、まさに資本主義を延命させるため以外の何物でもない。かくも資本主義というのは、正義も理性も貫徹し得ない体制なのである。個人の責任ではなく、資本主義という体制が、厖大な人民の生活を破壊するのである。
 新自由主義の失敗は、明らかである。かつて29年金融恐慌に現れた「市場の失敗」を反省して、政府の役割を拡大したケインズ主義が、一世を風靡(ふうび)した。だが、そのケインズ主義もまた、財政赤字の累積、資本活動の制約などで「政府の失敗」となる。そこで再び、市場原理主義の新自由主義が台頭する。しかし、それもまた眼前で進行する国際金融危機が示すような失敗を見せ付ける。再び「市場の失敗」である。市場や政府の失敗の繰り返しではなく、資本主義という体制そのものの揚棄が問われているのである。
三月のベアー・スタンズ社の破綻は信用収縮危機によるものだが、リーマンの破綻は負債の増大が資産額を凌駕する事態によるものである。十月中下旬には、米大手銀行の第3四半期の決算が相次いで発表される。米証券大手を壊滅させたのと同様の巨額の損失計上・株価急落・信用危機の連鎖が広がる「十月危機」は、眼前に近づいている。(了)