僚制度に不可欠な天下り

        官僚秩序を再生産する経済基盤


 ぐずぐずと引き延ばされていた内閣改造が、八月二日、ようやく行なわれた。
しかし、いかに自前の内閣が組閣されようとも、福田内閣は依然として、年金、「高齢者医療者制度」、非正規労働などの諸問題の解決が問われつづけ、さらにまた、新たに人民生活を直撃している石油・食料などの物価値上り問題などを抱えている。
秋以降の政治局面は、解散・総選挙を念頭に、新テロ特措法の延長とともに、来年度予算の編制内容が大きな問題となってくる。
自民党内は、今や、小泉構造改革路線のほころびが露呈する中で、さまざまな族議員たちが予算拡大を求めて、大さわぎとなっている。しかし、GDPの約一・五倍の財政赤字八百数十兆円(債務から資産を差し引いた純債務でみると約三百兆円)という重石の下で、恒常的安定的な財源の創出は極めて困難なことである。
そこで、自民党内では大別して、財政の無駄を省き、構造改革による経済成長で税収を増やす「上げ潮派」と、一直線に財政赤字を減らし財政を立て直し、社会保障の財政裏付けを確保するには大規模な増税が必要であり、そのためには消費税のアップが必要という「財政再建派」とが、熾烈な闘争を繰り広げている。
福田首相の出身派閥である町村派の政策委員会は、七月四日、「『増税論議』の前になすべきこと」と題する提言を発表している。それによると、特別会計の〇八年度から〇九年度への繰越金のうち、「労働保険」、「財政融資」、「外為資金」の三つの特別会計で、約五・三兆円を有効活用できるとし、道路特定財源の一般財源化の効果もふくめ、〇九年度に十兆円以上の財源を確保できるという。さらに、日本郵政株の売却や独立行政法人への出資引き揚げなどで、国と地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化を目指す十一年度までに、最大で約四十兆円の財源が確保できるとしている。いわゆる「霞ヶ関埋蔵金」は、最大で五十兆円だというのである。
この提言は、もともと町村派の代表世話人の中川秀直元幹事長(「上げ潮派」の有力者)の主張を色ごく反映したものであるが、町村派の派閥運営上の都合を踏まえて、「中川勉強会」ではなく、町村派の政策として発表されたものである。
しかし、この提言では、特別会計とか、日本郵政株の売却資金など一時的に活用できる財源と、その他の経常的に活用できる財源が混合して計算されている。確かに、日本の財政構造をいたずらに複雑化させている特別会計制度は、大幅に簡素化しなければならない。その上で、一時的に活用できるものと、本会計から経常的に支出されているものの内の無駄な経費を省くことは弁別しなければならない。(労働保険特会の圧縮は労資双方から反対)
そして、中川秀直元幹事長らのいう「埋蔵金」とは別に、経常的な財源となりうる有力なものがあることに留意しなければならない。それは、本紙四月一日号で報告したように、四六九六法人に天下りした国家公務員OB二万六六三二人(昨年四月現在)の存在である(衆議院調査による)。これらの法人には、年間12兆6千億円が支出されている(『朝日新聞』七月十八日付け朝刊)。 
問題は、一年間に費やされる約12兆6千億円の中身である。そのすべてが無駄とは言えないが、天下りとの関係で生じている主な無駄な項目は次のようなものである。@官僚OBの法外な給料や退職金である。短期間での退職金が数千万円にのぼり、それを目当てに渡り鳥のように転職するOBもいる。A無理やりに天下り先を創ったため、ウィキペデアをほぼ丸写しにしたような報告書しか作っていないような百%無駄な公益法人もある。B公益法人の多くが、天下りの官僚OBによる、税金を使った殿様商売のために、民間企業との契約は世間相場から見ればその多くが割高である。それは、実際の事業活動が民間企業への丸投げ、契約形態での随意契約の多さなどの実態に示される。
このような現状は放置されたままで、未だに徹底して調査されているわけではない。だが、それらの総計は少なくとも数兆円の規模にのぼると推定される。
日本の国家公務員は、欧米諸国よりははるかに少ない、とよく言われる。しかし、その実態は天下りした官僚OBを計算外にした場合である。また、天下り先の実態を精査して含めれば、欧米諸国よりもはるかに肥大化した政府であることは間違いない。
現役の国家公務員の賃金は、いわゆるボーナス四・五ヶ月分を含めても2兆円にも満たない額であることをみれば、いかに見かけ以外のところで無駄な経費が使われているかがよく分かる。(人事院の『平成19年度 年次報告書』によると、職員数二八万六六一七人の平均給与月額は、四〇万一六五五円であり、これを単純に計算し12倍すると、一兆三八六七億円で、これに年間四・五か月分の「ボーナス」五一八〇億円を加えると、約一兆九〇四七億円となる)
では、何故、官僚OBにこのような破格の待遇がなされているのであろうか。それは、日本の官僚制度の特殊性によるものである。
戦後日本の官僚は、戦前の「天皇の官吏」から、戦後は「国民のための公務員」に転換した。戦後憲法の第十五条は、「@公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。Aすべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。B……C……」と規定している。だが、実際には、戦後官僚制においても、戦前の体質、慣行は色ごく継承されており、軍人が政治家の統制に服するように、官僚が政治家の統制に服しているわけではない。
そして、公務員の人事処遇においても、ほとんど戦前の慣行が支配的である。すなわち、戦前の高等官(勅任官、奏任官)と同様の特権を持つ「キャリア」が特権的地位を占めている。それは、昇進スピードの速さに著しい。一般的にいって、「キャリア」は、入省後おおよそ二年ごとのサイクルで異動し、だいたい4年で係長、8年で課長補佐、18年で課長ポストに至る。その後、10年間ほど各局をまたいで課長職を歴任し、50歳頃に審議官、局次長、続いて局長に就き、ほぼ57歳頃に官僚の最高地位である事務次官に到達する。
しかし、「よく知られているように、このコースで事務次官までの昇進を遂げることを許されるのは、各年次に原則1人だけである。その他の『キャリア』は、ポストが減り始める課長職より上から、徐々に『肩を叩かれ』て、天下りしていく。」(川手摂著『戦後日本の公務員制度史』岩波書店 P.4)のである。
日本の官僚制度は、官僚機構内の上下秩序と規律を維持するために、課長職以上から肩たたきが始まり、最後には同期中、一人を除いてすべて天下りするということが不可欠のシステム上の一環となっているのである。であるが故に、現役の人件費以上の無駄な税金を使った天下り先が不可欠なのである。
先の通常国会で成立した公務員制度改革基本法の眼目は、各省が斡旋していた天下りをただ、一元化して行なうという代物でしかない。戦後官僚制の致命的欠陥を是正しようというものではない。
また、民主党は必要な政策を実施するための新たな財源を無駄な国費に求めているが、そのためには、消費税のアップに頼らない限り、現行の官僚制度を大幅に抜本的に改革しなければならず、その覚悟がどの程度あるのか、はなはだ疑問である。 (T)