サブプライム問題と国際金融危機
    投機マネー放置の新自由主義
                                  安田 兼定

はじめに

 アフリカなど各地での食糧暴動につづいて、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリアなどの漁民や、イギリスのトラック運転労働者が、石油高騰に抗議して怒りのデモを展開している。イギリス首相は、「世界経済は第三次石油ショックに直面している」として、七月の洞爺湖サミットでの経済議題のトップにすべきと主張している。二月のD7(主要七カ国財務相・中央銀行総裁会議)では、サブプライム問題に関して、“各国が可能な範囲で努力する”という程度でお茶を濁していたが、過剰資本による国際金融危機と諸物価高騰などの諸問題は新自由主義の名で放置してはおられない事態がますます強まっている。

T サブプライム・ローンとは?

 金融機関の主要な貸出先が、プライム・ローンと呼ばれる。プライムは、「一次的な」「優良な」という意味である。これに対して、サブプライムは「二次的な」という意味で、サブプライム・ローンとは、二次的な貸出先、つまり「信用力の低い人を対象としたローン」を指す。今、問題となっているサブプライム・ローンは、その中でも「個人向け住宅ローン」のことである。
アメリカの住宅ローン市場は、二〇〇七年末の残高で、約10・5兆ドルの規模である(同年の新規融資は約2・5兆ドル)。この10・5兆ドルのうち、約6割が証券化(注)されており、この住宅ローン担保証券(MBS)の発行残高は、約6・4兆ドルである。このMBSのうち大部分は、連邦政府機関あるいはそれに準ずる機関が、発行・保証するMBSで、それらは総称してエージェンシー(agency)MBSと呼ばれる。これは、残高4・3兆ドルである。残りが民間MBSで、これは残高2・1兆ドルである。問題のサブプライム・ローンは、さらに少なく、この民間MBSの13〜15%でしかない。
 サブプライム・ローンは、何らかの点で信用力の低い人を対象としているので、信用力の高い人を対象としたプライム・ローンよりも、金利が2〜4%ほど高くなっている。これが、一般的なサブプライム・ローンである。だが、このように単に金利を上乗せするだけでなく、法外な手数料を上乗せするものもある。さらに悪質なのは、違法な金利で貸し付けるもので、これはいわば「ヤミ金融」に類する貸付である。アメリカでは、州ごとに規制する法律が違うので一概にはいえないが、大体の目安として、金利水準が約20%以上が違法な住宅ローンといわれる。これらの悪質な貸付は、「略奪的貸付」( プレデタリー・レンディング)といわれる。プレデタリーというのは、肉食性の猛禽類を指し、ハゲタカのようなイメージをもたれている。

U 連鎖株安と信用収縮危機
 
二〇〇一年ITバブルが崩壊すると、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)はこの一年間でフェデラルファンド金利の誘導目標を十一回も利下げをし(累計で4・75%)、年6・50%から年1・75%へと急速に引き下げた。そして、二〇〇四年六月まで1%台という超低金利がつづいた。これを背景に、住宅バブルが進行し、それは二〇〇五年後半にピークに達した。その後、住宅販売は激減し、二〇〇六年には、住宅ローン支払いの遅延者が激増、担保の住宅の差し押さえ処分が相次ぐ。
サブプライム問題が金融機関の問題に発展したのは、同年十二月であった。アメリカのサブプライム・ローン大手の会社を傘下に持つイギリスの巨大銀行HSBCは、住宅ローン問題の悪化で不良債権が増大し、株価が暴落した。アメリカの金融機関の株価も暴落する。
サブプライム問題を震源とする世界同時株安の連鎖的波及は、二〇〇七年には年頭から5〜6回にわたって繰り返され、世界の金融システムを大きく動揺させた。サブプライム問題に端を発した金融不安が信用収縮の危機へと発展したのは、二〇〇七年の夏、同年年末、今年三月と、立て続けに繰り返されている。
二〇〇七年七月下旬、アメリカの住宅ローン関連の金融機関の株価は、つぎつきと下落し、連鎖的な株安は、アジア株、ヨーロッパ株に波及する。とりわけ、ヨーロッパでは、アメリカのサブプライム問題などにより、フランス銀行最大手のBNPパリバ傘下のファンド凍結、ドイツのIKB産業銀行・コメルツ銀行などの収益圧迫、イギリスのHSBCの貸倒引当金の大幅積み増し、スイスの巨大銀行UBS傘下のファンドの大規模損失などの金融不安が高まる。
世界資本主義の中枢部での流動性危機の勃発で、欧・米・日・カナダなどの中央銀行は、八月九〜十三日の間に、協調して短期金融市場に、約42兆円に及ぶ大規模な資金供給を行なった。中でも欧州中央銀行(ECB)は、計二〇三五億一五〇〇万ユーロ(約三二兆八千億円)という最大規模の資金供給となった。
サブプライム問題の深刻さにようやく気づき始めたブッシュ政権は、二〇〇七年十二月六日、住宅ローン返済金利水準の凍結、政府保証による低金利融資の拡大、悪質業者の規制などの対策を発表した。FRBも同月十一日に開かれた連邦公開市場委員会(FOMC)で、フェデラル(FF)金利の誘導目標を0.25%引き下げ年4.25%とし、民間金融機関向けの貸出し金利である公定歩合も0.25%引き下げ、年4.75%とした。
そして、翌十二日、米欧の五つの主要な中央銀行は、緊急声明を発し、年末年始に向けて、短期金融市場へ協調して資金供給を行なう、と発表した。八月の金融危機に際しては、イギリス中央銀行は、協調行動をとらなかったが、百三十年ぶりの取り付け騒ぎを起こしたノーザンロック銀行破綻の教訓から今回は足並みを揃えた。
三回目の金融危機は、やはり世界的に連鎖した株安で明けた今年の三月に勃発した。世界的な株式の乱高下、高まる金融不安の中で、三月十一日、FRBは三度、信用収縮危機を抑えるために、ECBなど主要4か国・地域の中央銀行と協力して、短期金融市場への資金供給量を大幅に増やすと発表した。だが、世界的な連鎖した株安は止められず、東京も含めたアジア株、ヨーロッパ株、ニューヨーク株などは、軒並み下落する。そして、世界的な株価の下落傾向に対して、対照的にドルは急落し、原油・鉱石・穀物・金などは高騰する。   
三月十四日(金曜日)、アメリカ金融大手のJPモルガン・チェースは、ニューヨーク地区連邦準備銀行と連携して、資金繰りが急速に悪化した証券大手のベアー・スタンズに資金供給すると発表し、週明けの十七日には、買収を公表した。ベアー社の実質的な破綻である。このさ中の十六日、FRBは日曜日にもかかわらず、緊急理事会を開き、ベアー社問題で金融混乱が拡大するのを抑えようと、公定歩合を0.25%引き下げ、年3.25%とした。また、貸出し期間を最長90日まで延ばした。
三月金融危機で、サブプライム問題に関連する損失も、がぜん跳ね上がった。二〇〇七年七月、バーナンキFRB議長は、最大で千億ドル(約九兆七千億円)と予測していたが、アメリカのエコノミストの間では、一兆ドル(約九七兆円)という見方が出てきた。更に、アメリカ証券大手のゴールドマン・サックスのエコノミストは、総額一兆二千億ドル(約百二十兆円)にのぼる可能性を明らかにした。IMF(国際通貨基金)も四月八日に発表したリポートで、九四五〇億ドル(約九五兆円)を予測した。

V 投機マネーが商品市場もかく乱

二〇〇七年の八月危機以降、明らかに投資マネーの流れが変わった。サブプライム・ローンの債権は、多様な証券化商品に組み入れられ世界中に拡散した。誰がどのくらいリスクを持っているか、誰もわからない不気味さに、投資家はまず安全な米国債へ逃避した。だが、FRBは、流動性危機や景気減速に対処するために、金利を相次いで引き下げた。金利安からドルは一段と安くなり、投資家は国債にも止まれず、さまざまな商品市場に流れた。
二〇〇三年三月、イラク侵略戦争が開始された時には、ニューヨークのマーカンタイル取引所の原油先物相場は、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)期近物が、一バレル=三〇ドル前後だったのが、その後、急速に高騰し、二〇〇八年に入ると、しばしば一〇〇ドルを突破し、五月下旬、一三〇ドル台を乱高下している。
金相場も投機マネーの流入で高騰がつづいている。二〇〇七年十一月八日のニューヨーク商業取引所の金相場は、指標となる先物価格の終値が一トロイオンス=八三七・五〇ドルとなり、終値ベースの史上最高値を約二十八年ぶりに更新した。その後も金は最高値を次々と更新し、今年三月十四日には、ドル急落とは対照的に、四月物が一時、一〇〇〇ドル台の大台にのり、最高値を更新した。
大豆、小麦、コメ、トウモロコシなど主要穀物は、二〇〇六年の後半から値上がりしてきたが、二〇〇七年夏のサブプライム危機後には急激な高騰を示している。穀物市場は、株式やデリバティブの市場から見て比較にならないほど狭く、わずかな投機マネーが流れ込んでも高騰するのである。穀物急騰で、最貧国では値上りはもちろんの事、飢餓が拡大している。
石油や食糧など諸物価の高騰は、世界的にインフレ傾向を強め、サブプライム問題による世界経済の減速・後退傾向とあいまって、一九七〇年代とは異なる形ではあるが、スタグフレーションをじょじょに形成する可能性も強めている。
アメリカの住宅バブル―サブプライム問題を震源とする国際金融危機は、とりわけ世界資本主義の中枢部の金融ステムを大きく動揺させるだけでなく、原油、金、穀物、鉱石などの商品市場をもかく乱し、世界人民の生活を極度に圧迫している。これらはまさに、新自由主義のグローバル化によって、国際的な過剰資本の無法で利己主義的な活動が放置されているからである。(終)

(注)「金融の証券化(securitizationセキュリタイゼーション)」とは、かつては金融形態が銀行の貸付けに典型的にみられる間接金融から、証券発行によって市場から調節に資金を調達する直接金融へと比重が転換することを主に指していた。それが近年は、流動化を目的に債権や債務を証券化することであり、これにより貸付と証券発行の融合が進められている状態を意味するようになっている。
井手保夫著『「証券化」がよく分かる』(文春新書)によると、「証券化とは、金融機関や事業法人が、その保有する金銭債権や不動産等の資産を他の資産から分離して、その分離した資産が生み出す収益を裏付として社債や株式などの有価証券を発行し、投資家から直接資金調達するしくみのことをいう。」とされる。
 井出保夫氏によると、証券化の基本的仕組みは左図のようになる。
@証券化では、まずオリジネーター(原資産保有者)が証券化の対象資産をSPV(Spec
Ial Purpose Vehicle特別目的事業体。Vehicleとは媒介者という意)へ移すことが必要になる。このSPVは、倒産の可能性がほとんどないような確かなものを選ばなければならない。
ASPVは、当該の資産を裏付にした証券化商品を発行して、これを投資家に販売する。そして、証券化商品の販売によって調達した資金からオリジネーターに当該資産の譲渡代金を支払う。
証券化では、オリジネーターが自ら証券の発行主体となることは、まずありえない。というのは、オリジネーターの他の保有資産と証券化の対象となった資産が混合される危険性があるからである。SPV(特別目的事業体)は、証券化対象資産を保有する器の役目をもっているだけなので、通常、ペーパーカンパニーであることが多い。代表的なSPVには、SPC(Special Purpose Company特別目的会社)、信託銀行、「組合」などがある。「組合」は、民法上の任意組合と商法上の匿名組合に大別される。
BSPVは譲渡された資産のキャッシュフロー(資産から得られる現金収入)を原資として、証券化商品の投資家に対して、利息の支払いや元本の返済、もしくは収益の分配を行なう。
C投資家に対する元利金の支払いの信用力を高めるために、信用補完もしくは流動性補完などの工夫を施す必要がある。
D信用補完とは、なんらかの方法で証券化商品の信用力を補完することをいい、内部信用補完と外部信用補完がある。内部信用補完とは、優先劣後構造(発行される証券を優先的に利払いや配当を受けられる部分とその優先部分に劣後する部分に分ける)、キャッシュリザーブ(投資家に支払う元利金や配当などのために、SPVに積み立てておく資金)、セラーリザーブ(超過担保といって、オリジネーターからSPVに資産を譲渡する際に、自ら留保する部分〔セラーリザーブ〕を一定の水準以上に保つことを義務付けること)など、対象資産からのキャッシュフローを利用した信用補完のことである。外部信用補完とは、銀行や損害保険会社など格付けの高い外部の第三者の保証を使って、証券化商品の信用力を高めることである。
ESPVはペーパーカンパニーにしか過ぎないので、SPVに代って原資産から生じるキャッシュフロー(現金収入)を管理・回収する機能が必要となる。それを専門的に行なうのが、サービサーである。だが、実際には、ほとんどの場合、オリジネーターが管理・回収の業務を行なっている。