小泉三位一体改革と
   地方零落・格差拡大

                      堀込 純一


 今年の夏の参議院選で、自民党は歴史的な未曾有の大敗を喫した。とりわけ、一人区では、6勝23敗という圧倒的な敗北である。その敗北の根柢には新自由主義がもたらした非正規労働者の増大・雇用格差の拡大とともに地方間格差の拡大、地方の零落があったことは否定できない。また、この地方の零落、地方間格差を促進したものが、小泉三位一体改革であることも、明白である。

   地方分権の簡単な経過

 バブルの崩壊、ソ連圏の崩壊など、一九九〇年を前後して進行した諸事件は、内外の政治・経済の枠組みを根本的に変更させた。すなわち、日本資本主義は自らの延命のためにいっそう新自由主義、グローバリゼーションを取り入れていったのである。
 これに規定されて、革新政党のみならず、保守党政党までが地方分権を唱えざるを得なくなった。
 こうして一九九三年六月、衆参両院で「地方分権推進の決議」が、全会一致で決定される。まさに呉越同舟である。九五年五月には、村山政権の下で、ついに地方分権推進法が決議される。そして、一九九九年七月、関連改正法律四七五本からなる、いわゆる地方分権一括法が、中央省庁改革関連法とともに制定された。
 これは、日本近代に形成された中央集権国家の下での、中央政府と地方政府の関係における、従来の支配・従属関係を対等な関係に変え、従来の主な支配手段となっていた機関委任事務を廃止した。これは、近代日本が、フランスやプロシャ(ドイツ)の制度をモデルにした地方政治制度の二重性(地方政府は、自治体であると同時に、中央政府の出先機関という二重性。アメリカの影響の強い戦後改革でも存続した)を根本的に改革することを意味する。
 しかし、この時には、未だもって解決していない重要な課題として、地方の財政自主権確立の問題があった。かつてから「三割自治」と揶揄されるほどに、日本の地方政府は財政自主権が弱く、中央政府に従属する構造を再生産してきた。したがって、日本の地方自治の質的発展にとっては、自主的な地方財政を確立することこそ、機関委任事務廃止に続く、もっとも重要な課題なのであった。

   三位一体改革がもたらした弊害

二〇〇二年六月二五日、「骨太の方針2002」が閣議決定された。その主な内容は次のようなものである。
@国の関与を縮小し、地方の権限と責任を大幅に拡大する。国庫補助負担事業の廃止・縮減について、首相の主導の下、各大臣が責任をもって検討し、年内を目途に結論を出す。
A国庫補助金、地方交付税、税源移譲を含む税源配分のあり方を三位一体で検討し、それらの望ましい姿とそこに至る具体的な改革工程を含む改革案を、今後1年以内を目途にとりまとめる。
小泉三位一体改革は、本格的には、〇四〜〇六年度の三年間で行なわれた。その結果は、「※国庫補助負担金の廃止・縮減……約四・七兆円、※地方への税源移譲……約三・〇兆円、※地方交付税は大幅削減……約五・一兆円」であった。
 つまり、国庫補助負担金の廃止・縮減約四・七兆円から、税源移譲約三・〇兆円を差し引いた約一・七兆円と、地方交付税の削減分―約五・一兆円との合計約六・八兆円という規模でのしわ寄せが、財政再建の名分の下に地方側に押し付けられたのである。

   格差の拡大

 先ず第一は、補助金削減と税源移譲の引き換えは、左表に示されるような地方間格差を生み出した。
 都道府県47のうち、黒字はわずかに12都県で、赤字は35道府県、ほぼ四分の三が赤字に追い込まれたのである。
最も税源移譲の多い神奈川県と最も少ない北海道との差額は、一兆二一四億円という巨額なものである。税源移譲は、所得税から個人住民税への振り替えによって行なわれたため、結局、所得水準が高く納税者が多い都市部の多い県は、税源移譲が多いこことなった。
 近年、県民所得の格差が大きくなっている。都道府県別の一人当たり県民所得の格差は、統計数字が明らかとなった年のうち、最新の〇二年度から〇四年度まで、三年連続して拡大している。県民所得の下がった県も、〇三年度20県から〇四年度27県へと増大している。〇四年度で見ると、最大の東京都四二六・七万円と最小の沖縄県二〇四・二万円の差額は、二二二・五万円で、東京都は沖縄県の約2・1倍である。
このように、もともと県民所得の格差が大きいところに、小泉三位一体改革があり、各都道府県の税収格差は、また一段と拡大しているのである。

   地方交付税の減−老人直撃

地方交付税総額は、〇一年度から削減されている。削減による「地方の痛み」をやわらげるため、中央政府は臨時財政対策債を同年度から始めている。したがって、地方交付税総額と臨時財政対策債を合算すると、〇三年度までは対前年度比でプラスという形になっている。だが、この合算額で見ても、〇四年度からはマイナスが続いている。
合算額を対前年度比でみると、〇四年度マイナス12・0%、〇五年度マイナス4・5%、〇六年度マイナス6・5%である。この中で、〇四年度の合算額の削減(二・八兆円)が、とりわけ際立っている。このため地方では、きわめて大きな不満と怒りが渦巻いた。
〇四年度の地方交付税等の削減に対する地方の不満と怒りの原因は、予想以上に削減幅が大きかったことと、それだけでなく、中央での削減決定後もその実態が明らかになるまでにしばらくの時間がかかったことにもある。多くの地方自治体は予算編成の最終局面で、この事態に直面し、編成作業をやり直す自治体も多かった、といわれる。
前述のように税源移譲での地方間格差が凄まじいものであっただけでなく、本来ならば地方間格差を調整し是正する役割をもつ地方交付税自身が、〇四〜〇六年度において大幅に削減されたため、地方間格差はより以上に拡大した。それらは、まさに新自由主義の実態が「弱肉強食」にある、という通説を裏付けているものである。
『東京新聞』(今年五年一四日付け)によると、七七九の全市を対象としたアンケート調査をしたところ、回答したのは五四五市で、その6割(三二六市)が地方交付税削減の影響で、福祉などの住民サービスを廃止・縮小したという。特に、老人医療費助成、介護者見舞金など高齢者・福祉関連が多い。高齢者は、小泉政権時の税制改革でとりわけ課税が重くなった層であり(企業や金持ちは減税で優遇された)、高齢者は税制でも、福祉政策でも、小泉政権の弱肉強食政策の狙い撃ちになっているのである。

   地方共有税構想と「地方自治委員会」

前述したように、地方自治にとって重要なことは、中央政府の支配と統制から脱却して、自己統治を制度的に確立すること(機関委任事務を廃止)だけでなく、財政自主権を確立することである。
現行制度と照らし合わせて見た場合、地方自治体の財政自主権確立にとって大事なことは、垂直的調整と水平的調整をともに行なうことである。
垂直的調整に関連して言えば、戦後の「三割自治」に代表されるような、中央支配のために、実際の事務事業は、国:地方=3:7なのに、現実の税配分は、国:地方=7:3などというような逆さまな財政構造を利用した補助金制度は廃止すべきである。そして、地方と国の間での財源配分は、できるだけ実際の事務事業の規模に応じたような配分をするべきである。
ただ、地方自治体間の財政力は、不均等であり、これを是正するための地方交付税は、不可欠である。このことは、レーガン政権以降のアメリカの事例が示すように、財政の分権化でかえって福祉などさまざまな事務事業の地方ごとの格差がはなはだしく拡大している状況を見るならば、地方自治体間の財政力格差を是正する地方交付金制度は、まさに不可欠である。
その際、重要なことは、この間の、地方交付税交付金までが第二補助金に転落するという悲惨な状況を教訓とするならば、地方交付税交付金の財政規模は、できるだけ少なく、しかし、地方自治体間の財政力格差を是正しうる規模のものは、不可欠であろう。これが、必要とされる垂直的調整である。
垂直的な調整を前提とした上で、地方間の水平的調整もまた不可欠である。地方税収の格差は、歴然としたものである。とりわけ、東京都の突出ぶりは、唖然としたものがある。この間の、地方法人2税(法人住民税、法人事業税)の改革問題で、東京都、神奈川県などが反対する論拠は、垂直的調整ができていないから反対だというものでしかない。たしかに、垂直的調整はネグレクトできないものであり、早急に実現すべきである。しかし、だからといって、水平的調整そのものを否定すべきではない。諸外国では、地方税の税源は、地方的偏在性がないもの、あるいはあっても極めて少ないものを対象にすることが当たり前であり、また必然的なことである。地方税収の格差は、直ちに是正しなければならないものである。このような問題をこれまで放置してきたことは、関係者の怠慢でしかない。
この間の三位一体改革の過程で行なわれた議論には示唆に富む有益なものが少なくないが、その一つに地方共有税構想がある。これは、地方6団体の「七つの提言」で示されるものであるが、その内容は大要、次のようなものである。
すなわち、イ)現行の地方交付税を、国の一般会計を通さず、特別会計に直入する。ロ)現在の財源不足額を解消し、その後は三年から五年後に一度、法定率の変更を行なうとともに、必要に応じて地方税の税率変更も行なう。ハ)その他の年度は、財源不足があれば地方債または特別会計の基金で年度間調整をする。ニ)国による特例加算や特別会計での借り入れは行なわない。ホ)国の減税による財源不足は、国で責任を持つ。
 これらは、これまで国の支配と統制の下で苦しんできた地方自治体の経験から生み出された貴重な教訓である。まさに、地方自治を確立するためには重視すべき財政上の教訓である。ならば、これを制度化し、さらに発展させるためには、財政問題に限定させない新たな制度的な抜本改革が必要ではないのでなかろうか。
それは、例えば、国会に直属する地方自治委員会(仮称)の設置である。この地方自治委員会は、国会議員代表・地方団体代表・専門家などにより構成されるもので、形式的には、内閣と「同等」の位置・地位にあるものである。つまり、内閣の一部としての、かつての自治省や現行の自治庁のような組織ではなく、内閣と「同等」の地位を持ち、国会に直属するものである。
この地方自治委員会は、前述の「地方共有税構想」を実施するだけでなく、地方自治体のための情報収集と提供、さらに地方自治に関する法案の作成などを任務とするものであろう。したがって、組織規模は、内閣よりも、はるかに小規模で、かつての自治省よりも小規模で十分であろう。(以上)