静岡空港
  公開審理で人権無視明らかに
    強権的審理指揮許さず、裁決申請却下へ

 静岡空港では、収用委員会での攻防と事業認定取消し訴訟を中心としながら闘いが続いている。地権者や共有者は、「土地収用裁決申請却下を実現する会」として一本化し、収用委員会での公開審理という場で闘いを繰り広げている。この間、公開審理は、九月六日第四回、九月二十日第五回と続けて行なわれ、更に十月六日に第六回目が予定される超スピードの審理である。
 九月六日の公開審理では、ガードマンの入場規制に対決しながら六十名以上が入場した。今回、地権者が始めて意見陳述を行なった。これは前回の第三回公開審理で、損失補償以外すなわち却下理由に関すること、事業認定の無効に関することの権利者意見陳述が一方的に打ち切られ、次は書面提出との審理指揮が行なわれたことを許さず、本来地権者の意見陳述=十八年間の思いと真実を語ることを最優先として臨んだためである。
 まず、予定地に茶畑を持つ檜林耕作さんが訴えた。「十八年間の長い間、一日として穏やかな日をすごすことはなかった。」「しかし、私の反対の決意は微動だにしません。それは私たちが主張することが、どこから見ても自然で正当であるということを確信しているからだ。」「昨年の三十五条調査で県職員らは、数にものをいわせ、私を取り囲み、身動きを封じて測量を続けた。憲法で全体の奉仕者と規定されている公務員の蛮行は暴力的であり、この屈辱的な場面は一生忘れない。」「空港計画さえなければ、私の周り、家族の周りの茶畑、自然は私たちを温かく見守ってくれるはずだった。」「私は残された人生を、今までの生き方を貫き最後まで歩いていこうと思う」と力強く述べた。
 続いてミカン畑や山林を持つ松本吉彦さんが、「静岡空港建設には住民参加や情報公開が全くなされていない。地元住民・関係者に何の説明もないまま空港建設地が決められた。更に何も知らされないまま買収範囲が百九十haから五百三十haになったと発表され不安になったが、資料も出てこない。後に我が家に関するところが予定地内に組み込まれており愕然とした。私達を人間として尊重するという基本的な考え方が全く欠けているとしか思えない。県から様々な策略、嫌がらせを受けてきたが、私は人間らしく生きてきた。これからもその一念で生きていく」と述べた。更に村田利廣さんが人権を無視した三十五条調査の不当性を述べた。
 午後からは、山林部分について本来地権者の松本さんが、「県は収用地・使用地・残地の境界もはっきりさせていない。損失補償かどうこうも言えない」と明白に述べた。共有地権者で不動産鑑定士の岩井さんが、県の損失補償額算定のデタラメさを暴露した。
 九月二十日の第五回公開審理では、畑部分の損失補償についての審理が行なわれ、地権者の村田さん、檜林さん、松本さんが各々、損失補償では豊かな畑・土地は補えないことを明確に述べた。「県民の会」は設置した看板について正しく評価するようにせまった。午後三時過ぎ、「畑部分については裁決に必要な意見は聞けた。結審する」と宣言し、委員が退席する暴挙。地権者は会場に座り込み、抗議を行なった。
 県収用委員会は、期日の間隔の短さ、事前協議の約束の無視など、強行な審理指揮を行なっている。「却下を実現する会」は公開審理に臨み、空港建設を不当とする県民の声を再度集約する方向を持ち闘っている。公開審理にかけつけ、また一方で続いている「事業認定取消訴訟」公判に対しても力を注いでいこう。
 来る十一月二十五日から二十六日には、第六回反空港全国連の全国集会が静岡で行なわれる。静岡空港の重要な局面を全国からかけつけて打ち勝っていこう。(渡邊)


関西新空港
  来年8月二期供用に反対し9・24現地行動
    無駄で危険で軍事利用

 九月二十四日午後一時より、大阪府泉南市の岡田浦浜で、「泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会」主催の「9・24関西新空港反対!泉州現地集会」が八十名の参加者で行なわれた。
 集会は、住民連絡会の小山広明さんの司会で行なわれ、まず代表の若野正太郎さんが主催者あいさつを次のように行なった。
 「関西新空港二期工事は、年間十六万回の離発着で滑走路一本では処理できないとの理由で整備が認められ、その後何らの理由もなく十三万回程度を確保するため供用開始と〇四年に改められた。この六月、北側国土交通大臣は、〇七年八月二日の供用開始を表明した。昨年は十一万六千回で、伊丹空港から路線を移しても増えず、更にこの二月神戸空港の開港強行により増加は望めないのに、供用開始表明を出した事は許せない。狭い空域に三空港がひしめく危険性は明白だが、三月には、伊丹発でTCAZ(衝突防止装置)が作動し、五月には神戸空港でTCAZが作動するニアミスが発生している。このようなニアミスの繰り返しは重大な危険性を持っている。関西新空港は民間空港でありながら、軍事物資の輸送に使われた事がはっきりした。しかも会社は、荷物の中味さえ問い合わせていない事も判明した。このような無駄で、危険で、結局軍事利用が明白な関西新空港の来年八月二期供用強行に反対していこう」。
 続いて、連絡会の元泉大津市議の高橋登さんが、空港建設が原因で泉南五市が大赤字になり、泉佐野市は債務団体に転落した問題を指摘した。
 続いて、参加した支援からの発言となり、「勝利号」で大衆的に参加した釜日労の山中執行委員が、「格差が拡大し、釜の労働者も野宿を更に強いられる中でも、戦争に反対し、釜ヶ崎だけでなく多くの仲間と共に闘っていく」と決意を述べた。労働者共闘の上田さんの後、神戸市議の恩田さとしさんが、二月に強行開港された神戸空港が半年もたたず利用者が大幅ダウンし、財政的にも破綻が更に明らかになっている事を報告。関西三里塚闘争に連帯する会より渡邊が、暫定滑走路の北伸工事強行への抗議と、三里塚闘争四十年企画の紹介を行なった。関西共同行動の星川洋史さん、市民運動の竹林伸幸さんが発言したあと、「羽田空港を監視する会」「空港はいらない静岡県民の会」「石垣島・白保に空港をつくらせない大阪の会」「新福岡空港ストップ連絡会」からのアピールが読みあげられ、連絡会が「基調報告」を提起し、元気よく、対岸の空港島へ向けシュプレヒコールをあげ集会を終えた。
集会後、参加者は、泉南市を樽井駅までデモを行なって「空港反対」を訴えた。その後、参加者の有志が、いつも新空港闘争の先頭で闘っていた釜日労の故藤井さんが眠る樽井にある墓地を訪れ、墓まいりを行なった。
(関西東峰団結小屋維持会 渡邊)