シリーズA
憲法闘争の今


   
捨てられた中曽根前文案
     内部矛盾が露呈

 十一月二十二日正式発表の自民党「新憲法草案」では、その前文が、それまでの中曽根康弘元首相による復古調で天皇主義的な前文案をばっさり切ったものとなっていることが広く注目された。
 これは、前文部分に限らず「新憲法草案」が全体として、これまでの要綱案に比べ、与党・公明党や野党・民主党とのすり合せを意識したものとなっているからと言われるが、自民党の内部矛盾の露呈として指摘する分析も多い。
 〇五年一月段階では、中曽根の前文案(彼主宰の「世界平和研究所」による憲法改正試案)はこうなっていた。
 「我ら日本国民は、アジアの東、太平洋の波洗う美しい北東アジアの島々に歴代相承け、天皇を国民統合の象徴として戴き、独自の文化と固有の民族生活を形成し発展してきた。」(第一条は、「天皇は、国民に主権の存する日本国の元首であり、国民統合の象徴である。」としている)
 四月に入ると、中曽根が委員長の前文小委員会など各小委員会の案を持ち寄って、新憲法試案要綱が発表された。この要綱でも、
 「日本国民は多様な文化を受容して高い独自の文化を形成した。多元的な価値観を認め、和の精神をもって国の繁栄をはかり、国民統合の象徴たる天皇と共に歴史を刻んできた。」「大日本帝国憲法、日本国憲法の歴史的意義を踏まえ、日本史上、初めて国民みずから主体的に憲法を定める時期に到達した。」
 という調子であり、中曽根の案が通っている。
 ところが、九月総選挙での小泉の勝利をへての十一月「新憲法草案」では、「天皇と共に歴史を」、「高い独自の文化」、「和の精神」、「大日本帝国憲法」といった文言、第一条の「天皇は元首」、これらがすべて捨て去られた。その前文は、
 「象徴天皇制は、これを維持する。」「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支える責務を共有し」云々とのみしか語っていない。復古調ではなく、むしろ「自衛軍」明記に対応した文言のほうを重視している。
 こうした自民党改憲案の変化を、気鋭の政治学者・渡辺治氏は、自民党の変化と関連付けて強調している。渡辺氏によると、九月総選挙によって自民党に質的な変化が起きた、保守・利益誘導の党から親米・構造改革急進派の党に大きく変化したという。
 渡辺氏の分析はうなづける点も多い。旧来の保守反動派、族議員派は、郵政民営化法案の攻防を通じて守勢に追い込まれた。平沼赳夫(日本会議国会議員懇談会会長)、保利耕輔(与党教育基本法改正検討会座長)、中曽根の息子などなどが離党勧告や役職停止で処分された。これら自民党の内ゲバは現在、皇室典範改定問題という舞台に引き継がれており、また教育基本法改悪作業の進捗をもたつかせてもいる。
 しかし、何事もスパッとは変わらず旧来の要素が絡み付いてくるのが、日本政治の特徴でもあるだろう。派閥政治が崩れ去ったわけではない。旧竹下派は最近津島派として久しぶりに総会を開き、ポスト小泉に備えている。その小泉のバックである森派にしても、森前首相は「神の国」発言で有名だ。小泉がアメリカに懸念を抱かせてまで靖国参拝にこだわっているのも、右翼反動と新自由主義との分裂を防止する意図があるのかもしれない。
 この自民党・保守勢力の内部矛盾は、大きくは東アジア外交・対中国政策をめぐって更に大きくなる可能性があるだろう。
 敵が内部矛盾を抱えているときこそ、我々左翼は、異見を残しつつ大きく共同すべきである。左翼勢力・民主勢力が大きく団結・連合し、敵の連合を瓦解させるべきだ。(自民党ウオッチャー)