小泉の10・17靖国参拝を弾劾する
  違憲確定判決に挑戦

 十月十七日、小泉首相は靖国神社に五回目の参拝を強行した。歴史を反省せず、東アジア外交を更に破壊し、かつ今後の戦争遂行に備えるための靖国参拝に強く抗議する。
 この参拝は、その直前の大阪高裁判決に挑戦し、かつ、それを小手先でかわそうと私的参拝の演出で粉飾して、首相参拝の事実を積み重ねようとする暴挙であった。
 大阪高裁は九月三十日、小泉靖国参拝違憲訴訟(いわゆるアジア訴訟、その第二次で台湾先住民の遺族が原告に含まれる)で、小泉首相の靖国参拝は違憲との実質勝訴判決を出した。
 判決は、原告の宗教の自由などが侵害されたとはいえないとして損害賠償請求を棄却したが、事実認定として、一、小泉首相の靖国参拝は秘書官を伴い、公用車を使い、さらに公約の実行として行なわれ、「内閣総理大臣の職務と認める」とし、二、三度に渡る参拝で、国は靖国神社との間で特別の関わりを持ち、特定の宗教に対する助長・促進になっており、憲法二十条三項が禁止する宗教的活動にあたるとした。七月のアジア訴訟第一次での大阪高裁判決、九月二九日の東京高裁判決が憲法判断から逃げ回っている状態を打ち砕き、明確に違憲と判断したのである。
 台湾先住民原告は判決を検討して、完全勝利とは言えないが、「日本がすでに軍国主義の復活と人類平和に危害をなすことに気づいた」判決とも言えるとし、上告しないことを決め、判決は確定した。小泉首相の靖国参拝は憲法違反、が確定したのである。
 判決確定後の小泉の参拝は、きわめて反動的で愚かなものである。小泉首相は靖国参拝をやめよ!(アジア訴訟・一原告)

東京
 10・21国際反戦反基地集会
   労働者は反基地の先頭へ

 在日米軍再編成についての日米合意が強行されんとする緊迫した情勢下、東京では十月二十一日、日比谷野外音楽堂にて「10・21国際反戦反基地集会」が行なわれ約五〇〇〇名が参加、米軍普天間基地の新たな沖縄県内移設案を絶対許さないこと等を断固示威して集会・デモを行なった。
 この行動は、主催が平和フォーラムを中心とする実行委員会、協力がワールドピースナウとして取り組まれている。総評解散の後に形成された平和フォーラムとしては、初の10・21国際反戦デーでの取り組みであり、自治労、日教組など旧総評系の労働組合員が全国各地から参加した。
 集会では、平和フォーラムの開会宣言の後、WPNの栗原学さんがあいさつ、ベトナム反戦からイラク反戦へと継承される国際行動の意義について触れた。つづいて民主党の那谷屋正義さん、社民党の福島みずほさんの政党あいさつ。福島さんは、自衛隊イラク撤退、基地再編阻止の課題とともに、改憲国民投票法案を提出させないための共同の努力を強調した。
 この集会の特長の一つは、「アジア太平洋の仲間と共に、世界の仲間と共に、戦争勢力を倒すために闘おう!」(集会宣言)である。四つの国・地域から六名の海外ゲストが集会に参加し、登壇してアピールした。グアムからは、沖縄からグアムへの米軍移転(第三海兵遠征軍の司令部移転)が計画されており、チャモロ民族の地が戦争基地化されることとの闘い。オーストラリアからは、日本軍を「守る」ことを口実の一つとしたオーストラリア軍のイラク派兵を止めさせる闘い。フィリピン・ミンダナオ島からは、〇二年以降共同演習でフィリピンに舞い戻りつつある米軍との闘い。韓国からは、平澤(ピョンタク)の米軍基地拡張阻止闘争、ソウルの環境平和団体、民主労総・金属産別のご三人がアピールし、万雷の拍手を受けた。
 課題の焦点である辺野古からは、名護ヘリ基地反対協の安次富浩さんが登壇、「辺野古沖移設の断念は、私たちの闘いによる一つの勝利、これをはっきり確認しつつ、すべての県内移設案の阻止を。米日は沖縄北部へ何でも移設しようとしている。日本政府がすべてカネを出して。労働者のみなさん、もっと怒ってください。増税・福祉切り捨て、そのカネで米軍を支援している。かれらの再編協議に我々の回答を出す時だ!」と訴えた。
 東京平和運動センターによる首都圏の基地再編反対の報告のあと、沖縄平和運動センターの山城博治さんが沖縄での闘いを報告。カデナ統合案などに反対する二五日の中部での決起大会、そして県外移設を求める那覇での「10・30県民大会」への結集が進められている。山城さんは、十一月が正念場、行動を盛り上げ日米政府に勝利しようと力強く訴えた。
 集会は、海外ゲストの各言語でシュプレヒコールを挙げたあと、最後に日本語の団結ガンバローでしめくくり、銀座方面へのデモ行進を展開した。
 なお、この集会実行委員会の主催で翌日には「10・22国際反戦反基地シンポジウム」が社会文化会館で行なわれ、また関連企画として二十三日には「国際反戦平和音楽祭」が上野水上音楽堂で行なわれた。(東京W通信員) 

10・22熊本
  第八次派兵に抗議
    連合九州も3500人を結集

 十月二十二日、陸上自衛隊第八師団(熊本)が中心の第八次イラク派兵が強行された。十二月十四日の派兵期限切れを無視し、その延長を前提とした暴挙である。
 この日午前、師団司令部のある北熊本駐屯地では隊旗授与式が行なわれたが、駐屯地周辺では、「イラク派兵違憲訴訟の会・熊本」などの市民団体や労組員が抗議行動をくりひろげた。駐屯地近くの八景水谷公園に県外からの参加も含め約百名が結集、集会後、「自衛隊はイラクに行くな」「第八師団の派兵反対」「殺すな!死ぬな!」などと大書きされた横断幕を先頭に駐屯地までデモ。正門前では、参加者を代表して田中氏が「派遣は戦争への加担行為で、憲法9条違反だ」と、即時中止を求める申入書を読み上げ、自衛隊側に手渡した。その後、基地一周の抗議デモを敢行。学生部分は正門前で抗議を続け、機動隊と小競合いとなった。
 午後からは、連合熊本などで作る「自衛隊のイラク派兵に反対する県民の会」が主催して、白川公園に九州・沖縄各県から労組員・市民ら約三五〇〇名を結集、「自衛隊の即時撤退を求める九州ブロック総決起集会」を開いた。集会では、「他国民を殺したり、自衛隊員が殺されたりしないためにも、自衛隊のイラク派遣を直ちに中止するよう求める」とのアピールを採択。熊本市中心部の繁華街をデモして派兵反対を訴えた。(九州K通信員)


小樽
  10・8〜9第6回「非核・平和条例を考える全国集会」
    自治体平和行政の前進を

 十月八〜九日、北海道小樽市において第六回を数える「非核・平和条例運動全国交流集会」が開催され、のべ一三〇〇名の労働者・市民が参加した。第一回が北海道函館市を「発信源」として始まったことから言えば、「ふるさと」に戻っての新たな門出となる集会でもあった。
 非核・平和条例の制定を求める運動は、自治体による港湾・空港の管理権を根拠に戦争に協力しない自治体行政を条例として確立する運動である。その第一回の全国交流集会は一九九九年十月に「地域から平和をつくる」をテーマとして、市民条例運動の可能性と実践を具体的に議論し、函館での運動の成果を共有する全国交流として始まったものだった。しかしその後、函館市議会での議員構成の限界もあり、条例案提出とまでは行くことはできず、また全国的にも、この運動への逆風である有事立法の成立など小泉政権が進める戦争国家づくりに対抗戦略を組みきれず、ずるずると押し戻されそうな状況となってきていることは否定できない。
 その意味では、非核・平和条例運動は「これでなければ」という事ではなく、柔軟に、自治体からの平和行政を作りだし、地域において平和運動を地道に押し進めていくその基本的意義を確認しつつ、今日改めて、自治体行政の方向を多少なりとも変えていくことによって政治全体をも突き動かしていく闘争方向を確認する必要があると考えられる。
 そのような中での「第六回集会in小樽」では、記念講演として沖縄宜野湾市長・伊波洋一氏が、小泉政権が進める戦争政策・基地政策に行政の立場から対峙してきた経験と実践を問題提起し、また特別報告では小樽市総務部長・山田厚氏が出席して、九七年の空母ミッドウェー小樽入港時の対応について報告した。
 パネルデスカッションでは、苫小牧市の鳥越前市長が〇一年に米艦入港を拒否した経過を話し、まさしく現場の苦悶を通じた平和行政の有様を披露してもらった。
 二日目には、「非核平和条例運動の到達点と課題」「国民保護計画条例化と地域・職場の取り組み」の二つの分科会が行なわれた。後者については、政府は有事法・国民保護法に基づき、自治体に今年度中の「国民保護計画条例」策定を求めている。戦争をすることを前提とした条例制定に反対し、「国民保護」の前提から再検討されるべきだという議論であった。
 今回の受け入れ団体は、小樽市で活動する市民団体が窓口となったが、主体は北海道平和運動フォーラムであり、実行委員会構成も全道の各平和フォーラムが名を連ねている。まさしく全道規模の集会として企画されたことの重さは十分あると感じられた。
 アメリカ帝国主義は世界的軍事再編を唱えつつ、沖縄を世界軍事支配の拠点として強化しようとしている事実、それに小泉政権が完璧にリンクし、自衛隊の実戦派兵を含めた支援体制づくりを整えようとしている。このことを見据えた闘いを地域から作り出していきたい。(北海道M通信員)


大間原発10・19第二次ヒアリング
  海峡対岸からも抗議

 十月十九日、国の原子力安全委員会が主催する「大間原発・第二次公開ヒアリング」が、青森県下北半島の大間町総合文化センターで開催された。
 今回のヒアリングで安全審査のための作業はクリアされたとして電源開発(株)は大手を振って喜んでいるようであるが、まだまだ建設に向けた問題点は数多い。とくに、予定地買収がままならず、炉心位置を二百メートル移動しての許可申請であったことを考えても、大間原発阻止を闘う方向は十分ある。
 大間原発は、本州最北端に位置し、大間町の高台にその設置を計画している。他の原発施設が海岸沿いは当然のことながら、地域住民から隠された場所を設置箇所として選択していることとは大違いである。大間原発の予定地は、そこから周辺町村が一望でき、逃げ場所もない住民を威圧するに等しい場所でもあり、まさしく自然環境とのミスマッチを最大限強調するに等しい土地である。
 このような場所であることを踏まえ、海峡を挟んだ北海道・函館市の住民からこのかん一貫して出されていたのが、防災体制の地域に対岸が入れられていないことへの不満であった。とくに、説明会らしきものも開催されず蚊帳の外に置かれていたことである。第一回ヒアリング(一九九八年十二月)では対象地域として指定されず、函館市及び周辺住民の声が全く反映されなかった。が、今回は一転して、意見陳述人を出せる対象地域となり、四名の方々が発言している。
 その陳述で強調されていた意見は、「遮蔽物のない十七キロの距離の函館が、周辺環境監視地域に入らないのはおかしい。防災対策を重点的に充実する地域の範囲に」であり、また「フルMOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)を燃料として稼動する原発は世界で初めてであり、実証炉がない」と指摘し、運転・保守に不安があることを強く訴えていた。
 本来、ヒアリング自体が原発建設に向けたセレモニーであることは知っての通りである。この開催に対して当日、青森反核燃実行委員会や函館からの市民団体が抗議の集会を開催した。
 青森下北半島は「原子力船むつ」から始まって、六ヶ所村の核燃サイクル基地、東通原発と、まさしく核半島化している。国際的にも懸念されているが、プルトニウムを抽出する再処理施設が十二月にも稼動を強行しようとしている。日本の政治・経済全体に関わる一番醜いしろものが、下北に集中してきているのである。
 われわれは、一地域に核施設を集中させている政治のあり方への批判、そして世界の脱原発の流れに抗って突き進む日本の原子力政策の問題点を最大限大衆化し、原発阻止・核燃阻止の取り組みを進めていかねばならない。(北海道M通信員)


強制土地収用の測量・調査は実力阻止さる
  11・27静岡空港反対全県大集会

 現地での激しい闘いにも入った静岡空港をはじめ、一連の反空港闘争の現況を確認しよう。
 七月五日に事業認定が行なわれた静岡空港では、静岡県静岡空港建設事務所が、八月十七日より十九日まで「土地の境界確認の立会い」を地主・共有者に求めてきた。十七日、「空港はいらない!静岡県民の会」五十名は、座り込んで県調査員を追い返した。しかし県は、「土地収用法第三十五条の測量・調査」を行なうと通告してきた。「用地取得は話し合いで行なう」と表明してきた石川県政が、中部国際空港の開港にあおられ、全く無駄な「公共」事業を強行する姿が明らかとし、ごり押しの県政をさらに進めようとするものだ。
 地権者四名・共有地権者三五〇名・立木所有者一六〇〇名等は、種々な方法で強制土地収用攻撃に対し立ち上がった。十月五日より十日まで、「土地収用のための調査」は一日当たり県職員百二十名、業者三八〇名の計五百名、六日間でのべ三千名にもなる大掛かりなものだった。「県民の会」は五日、百三十名の仲間が地権者を先頭に阻止行動を行なった。県は抜きがけを計ったり、数を頼みに押し込んできたが、「県民の会」は体を張って調査・測量を阻止した。この闘いに、県は十日午後、三十五条による測量を中止、一方的に三十七条による外観測量(写真撮影)に切り替え、三時に「終了宣言」をして帰っていった。
 「県民の会」は、十日のオオタカの森の家での測量を阻止し、立木調査などの方針を断念させた宣言を発した。しかしながら県は、「調査の結果、あなたの氏名・住所が立木にあった」とし、勝手に「土地収用法による補償等」なる冊子を共有者の筆者へも送りつけてきている。
 十月二十日には、事業認定取消し訴訟の第一回口頭弁論が静岡地裁で始まった。
 十一月二七日(日)には、「土地収用阻止・静岡空港反対全県大集会」が午後一時・空港予定地内で開催となっている。共有地権者、また原告団の一員として、「県民の会」・地権者の闘いに連帯して闘い抜いていく。

 第5回「反空港全国交流会」が11・12〜13福岡で

 静岡での土地収用画策の開始と同時に、石垣島白保での新空港建設への沖縄県の動きも進んできた。九月九日より県内五ヵ所での環境アセスの縦覧を開始し、九月十二日には、とうとうカラ岳陸上案での新石垣空港の設置認可申請を行なった。
 三里塚では、暫定滑走路の北伸を決定し、東峰部落には部落を囲む新誘導路の建設案を提示し、北側延伸とセットで東峰部落の追い出しを図っている。また、管制塔元被告に対し、利子を含め一億三百万円の賠償の強制徴収攻撃をすすめている。円卓会議などでの「反省」を反故にし、ごり押しの手続きが進んでいる。
 このような動きに対し、九月十八日には東京にて、「管制塔占拠元被告への損害賠償請求執行に抗議する。元被告を支え、三里塚現地の闘いに連帯しよう9・18集会」が二百名で開催された。「正義は私たちにある」との訴えに、すでに六千六百万円余がカンパされているとの報告があった(現在は八千万円を越えた)。
 また十月二日には、「神戸空港の開港を許さない市民の集い」が神戸市の東遊園地にて、反空港全国連(関西ブロック)により開かれた。来年二月の開港強行に抗議し、関西三空港を闘う仲間と全国の闘いを結んで行なわれた。
 十一月十二〜十三日には、福岡で第五回「反空港全国交流会」が反空港全国連の主催で行なわれる。十一月二七日には、既述の静岡全県集会だ。
 さらに十二月四日には、三里塚・東峰現地行動が「暫定滑走路に反対する連絡会」主催で、午後一時・東峰共同出荷場で行なわれる予定である。
 無駄な公共事業、農業・漁業を破壊し、自然を破壊する空港建設、軍事利用の要となる空港建設に反対し、秋からの連続の闘いに起ち上がろう。(東峰団結小屋維持会・渡邊)