自民党「憲法改正」素案 憲法三原則を全面破壊
  憲法改悪阻止闘争の本格化を

 自民党憲法調査会が十一月十七日、「憲法改正草案大綱」素案なるものを明らかにした。年内にもこの「草案大綱」を決定し、自民党は来年十一月の自民党結成五十周年に合わせて、党の憲法改正案をまとめるとしている。
 この改憲草案大綱は、きわめて挑発的な内容となっている。それは日本国憲法の三原則(国民主権、基本的人権、平和主義)を「発展」させると言いつつ、実質的にはすべて破壊するものである。国民主権については、「天皇は日本国の元首」と明記し、「我が国の歴史・伝統・文化に根ざした固有の国柄」を踏まえるなどとして、国民主権から天皇主権に実質的には逆行するものである。基本的人権については、「新しい人権」を装飾的に語りつつ、「国民は国家独立と安全を守る責務を有する」とし、「国家緊急事態の布告」によって「基本的権利・自由は制限できる」と明記している。有事法制で言う「国民の協力」を、改憲で「国民の責務」に格上げしている。総じて、国家体制への「国民の責務」を強調し、主権者国民の権利宣言としての憲法を否定している。国家権力の権限を制約し、人権を保障するという近代ブルジョア憲法の基調からすら著しく後退する代物である。
 焦点の平和主義についてはどうか。「自衛または国際貢献のために武力行使を伴う活動は必要かつ最小限の範囲で行なう」と明記して海外派兵での武力行使を合憲化し、「個別的または集団的自衛権行使のための必要最少限度の戦力を保持する組織として自衛軍設置」と明記して、自衛隊が米軍とともに海外で戦うことを合憲化している。第九条は完全に破壊される。
 この改憲草案には、憲法九条の破壊にとどまらない自民党の反動性が浮き彫りになっている。しかしこうした自民党の改憲草案は、今後の与党・公明党や野党・民主党とのすり合わせへ向けて、いわば言いたいことをすべて言ってみたという性格のものであろう。日本の支配階級は復古主義を求めているわけではない。かれら帝国主義ブルジョアジーの要求は、自衛隊派兵と武力行使を合憲化することによって、資本主義的グローバリズムにおける資本投資などの安全保障を図るという点に中心がある。自民党の改憲草案が全面的に反動的であるからといっても、攻防の焦点はやはり九条にあるということを憲法改悪反対運動は曖昧にすべきではないだろう。九条の否定、「戦争をする国家」作りが、民主主義全般の後退につながるという関係にある。
 一方、最大野党の民主党も、すでに今年六月二十三日に民主党「憲法提言中間報告」なるものを発表している。民主党は来年三月に最終報告としての「憲法提言」を出し、再来年の〇六年までには党の憲法改正案をまとめるとしている。中間報告では、「憲法の中に国連の集団安全保障活動を明確に位置付ける。」「武力行使については最大限抑制的であることを宣言し、書き入れる」などと唱え、つまり国連決議の下での対外戦争への参戦を容認しているのである。
 また、国会に設置されてきた憲法調査会は、五年の「調査期間」が今年度で終わるが、年初から五月三日までには衆参憲法調査会の「最終報告」を出すとしている。自民・民主の動きと並行して、社民や日共の委員の少数意見を圧殺しつつ、第九条を始め憲法改正を行なうべきだという報告になることは目に見えている。
 このように憲法改悪策動が、策動というレベルを超えて具体的に進められ、その改悪手順の第一段階として「憲法改正国民投票法案」が来春通常国会に提出される状況が作られつつある。同時に、現在の憲法調査会を改憲のための常設委員会へ格上げするための、国会法改定案が提出されようとしている。この改憲手続き法案との闘いが、憲法改悪阻止の具体的な最初の大きな闘いとなる。
 なお手順の第二段階は、各党の憲法改正案の華々しい発表と「論争」(実は自民、公明、民主の間でのすり合わせと言うべきもの)、第三段階が(すり合わせが成立して両院の三分の二以上となれば)憲法改正の発議、すなわち憲法改正案の国会提出とその採択であり、最終段階が国民投票、ということになる。
 当面衆議院の解散・総選挙がなければ、〇七年に衆参同時選挙になる可能性が高い。それで憲法改悪反対勢力の中にも「〇七年憲法決戦」説がある。しかし改憲勢力のスケジュールが順調に進む保障は何らないのである。その以前にも、自公の連立政権に決定的打撃を与え、改悪阻止の国民的な共同戦線を前進させることによって、憲法改正発議が不可能な国会状況・世論状況を実現することを目指すべきである。
 民主党は自民との対抗上、改憲提言を行なっているが、かれらの主要な関心は、このかんの国政選挙での上潮が引かない内に、早期に解散総選挙を強制して民主党政権を実現することにある。当面、改憲案のすり合わせよりも、自公政権の失政を突くことに躍起となるはずである。また民主党内での改憲案の一致ということも簡単ではないのである。こうした点に、民主党とその支持団体(連合など)にも深くくいこんだ形で、改憲阻止の共同戦線を形成できる可能性がある。しかしまた、自衛隊の海外派兵と武力行使の合憲化という改憲策動の核心点においては、民主と自民に大差がない以上、民主党が政権を取れるにせよ取れないにせよ、自民との対立抗争が一転して「挙国一致の改憲案」に帰結する危険性は否定できない。憲法改悪反対の共同戦線が拡大せず、大衆運動の圧力が弱ければ、まさにそうなるだろう。
 いよいよ憲法改悪阻止の闘い、その最も広範な共同戦線づくりが、掛け声としてではなく具体的な課題として待ったなしに問われる情勢になっている。このかんの憲法闘争あるいは護憲運動でも、いろいろな取り組みが同時並行的に進んでいるが、重層的に連携をすすめ、小異を残しつつ大同団結していくことがぜひとも必要だ。
 改憲阻止の主要勢力の一つである日本共産党は、六月に著名九文化人の呼びかけで始まった「九条の会」の運動に対して、党としても全国的に支援する方針を取っている。各地で、あるいは業種ごとに作られつつある「九条の会」に日共系の人々が力を入れているケースが多い。「九条の会」は超党派のものであることが配慮されるならば、日共が支援することに問題はないが、むしろ党として問われるのは改憲阻止の共同戦線についての責任ある提案ではないのか。上田耕一郎氏(憲法改悪反対闘争本部長)は見解を明らかにすべきである。
 社民党も改憲阻止の主要勢力の一つであるが、改憲阻止の共同戦線について、又市征治幹事長が次のように述べている(『社会新報』十一月三日)。「改憲反対のすべての勢力の結集を、という意見はその通りであり、望ましいことだが、多くの団体が一つの枠組みを作ることで、色々な問題が派生する可能性がある」。だから、党としては「かっての社会党・総評プロックの枠組みを視野に入れた最大限の結集」をまず進め、「様々な勢力との共闘は、この結集を基に対応」していくこととすると述べている。具体的には、土井たか子前党首や佐高信氏らの「憲法行脚の会」と連携を強める等としている。広範な共同戦線作りにおいて又市氏が懸念している点は理解できるが、当面自党に近いところを固めていくという以上のことを語っていない。党の存亡が懸かっているにも関わらず、保守的な印象はぬぐえない。
 無党派の市民運動家や左翼諸派も、「九条の会」への関与を始め、多くの憲法改悪反対の諸団体を形成し推進している。「九条の会」の全国への波及と結集は、状況が煮詰まりつつあることを感じさせる。こうした中で、日共や社民党が改憲阻止の共同戦線について強い指導性を発揮できないでいるのは、むしろ良いことと言うべきだろう。なぜなら、来るべき最も広範な共同戦線は、具体的な形態を取る必要はあるが、それは司令塔のない、多中心のネットワーク型の戦線となるだろうし、なるべきだからである。また、革新政党系だけで拙速に共同戦線が名乗られることは、改憲阻止においては重大な失敗となるからでもある。
 改憲阻止の共同戦線に特定勢力のヘゲモニーは必要ない。しかし、その形成のためのイニシアチブは必要である。国会の外では我々が多数派であることに確信を持ち、その多数派を形あるものに発展させていくことができるならば、我々は必ず勝利するだろう。(A)

 
 許すな新「防衛計画大綱」
   戦地派兵全面化へ
  「防衛政策」大転換

 小泉連立政権は十二月上旬までに、新「防衛計画大綱」の決定を強行し、それに基づく向こう五年間の軍拡計画(中期防衛力整備計画)を決めようとしている。
 この新大綱は、一口に言うと自衛隊戦地派兵時代の軍事政策である。これに比べ、七六年の大綱は米ソ二大軍事ブロック対峙時代の軍事政策であり、九五年の大綱は自衛隊PKO派兵の開始に対応した軍事政策であったと言うことができる。
 二つの旧大綱との大きな違いの一つは、「必要最少限度の基盤的防衛力」という、米軍の来援を前提としつつ日本領域の防衛を目標とする考え方から出てくる概念が、新大綱では否定されたことである。それに代わって新大綱で打ち出されてきたのは、「国際的な安全保障環境の改善」という日本の軍事政策の目標である。
 すなわち新大綱では、「国際的な安全保障環境を改善し、我が国に脅威が及ばないようにする」という目標が領域防衛と同列に立てられ、また自衛隊の運用としては「国際的な安全保障環境の改善のための主体的・積極的な取り組み」を掲げているのである。
 村山首相時の九五年大綱は冷戦終結後の始めての大綱であったが、「より安定した安全保障環境」のための「国際平和協力業務」、つまり国連PKOへの自衛隊参加が強調されるに留まっていた。このころブッシュ政権は存在せず、「新たな脅威」という脅迫観念もなかった。
 今日では、自衛隊のPKO派兵ですら牧歌的に感じられる。新大綱では、ブッシュの対「テロ」世界戦争と一体化し、「国際テロ組織など非国家主体が重大な脅威として登場した」とか、「弾道ミサイル攻撃に対処」とかの異常な叫びに満ちている。テロは昔からあったし、日本領域に照準を合わせた弾道ミサイルも昔から実戦配備されている。それが「新たな脅威」と叫ばれるようになったのはなぜか。アメリカ帝国主義の横暴がイスラム諸国の民間武力の抵抗に直面し、またブッシュ政権が朝鮮民主主義人民共和国などへの先制攻撃戦略を採用したからである。米帝と「有志連合」を組み、その一極支配の副官となって日本帝国主義の権益を確保しようとしなければ、日本にとって存在しない脅威である。
 新大綱は、ブッシュとの盟友関係によって「敵」を作り出し、その「敵」を制圧することを「国際的な安全保障環境の改善」と呼んでいるのである。
 また新大綱では、日米の弾道ミサイル防御システムの共同開発などに関連して、「武器輸出禁止三原則」の破棄が明記されている。そして海外派兵の本務化のための自衛隊法改悪、および「派兵恒久法案」がプログラムされている。
 詳しく分析されるべきは、米軍の世界的再編成と新大綱との関係である。対「テロ」世界戦争の論理を日本と米国が共有しようとするかぎり、米軍の世界的再編成と日本の軍事政策がその論理で表裏一体に動いていくことは明らかである。在日米軍と自衛隊の連携がどう作られようとしているのか。米陸軍第一軍団司令部の座間基地への移転計画と、海外派兵を主眼とする自衛隊「中央即応師団」構想との関係はどうか。自衛隊イラク派兵は、航空自衛隊による兵站活動を別とすれば政治的意味のほうが大きいが、新大綱はその次元に満足していない。米軍との連携の軍事的意味は、平和憲法改悪によって全面化されるだろう。また名護・海上新基地建設の強行と、沖縄自衛隊の増強計画との関係はどうか。事態は、中国軍との対峙に向っているのだろうか。
 冷戦終結から十余年、一時の平和への期待は裏切られ、世界は新たな「戦争」の時代に入ってしまった。その経済的基礎は資本主義的グローバル化である。新「防衛計画大綱」は、この時代に最も愚かなやり方で対応しようとするものである。イラク派兵延長の閣議決定と新大綱の決定とを許すな。(F)