秩父事件120周年記念作品  監督 神山 征二郎
     草の乱
 
秩父困民党蜂起120周年のこの秋、神山征二郎監督の手によって秩父事件を顕彰する映画『草の乱』が完成した。
 事件発生後、秩父国民党そのものが長らく歴史から抹殺されてきた秩父事件であるが、この映画のシナリオは裁判記録を始め膨大な記録にもとづいて作られ、革命運動と昇華した秩父の戦士たちを百二十年の歴史を越えて我々の眼前に登場させるのに、完全に成功した。
 この映画の作成に関わり、一千四百余名が資金を、八千余名が無償のボランティアとして参加している。
 作品それ自身は、宣伝コピーから派手な戦闘場面を中心とした映画と受け取られそうであるが、困民党会計長・井上伝蔵(緒方直人)の回顧をストーリーの主軸にすえた室内劇的な作品として仕上がっている。とりわけ特徴的なのは、国民党総理・田代栄助(林隆三)の苦悩に満ちた演技であり、公判記録からも推し量れるだろう事実をこえた、監督の作品への思想性を最も表しているのではないだろうか。それは、明治政府への怒りと同時に、結集した秩父民衆への限りない同志愛からくるところの、準備と戦術上の不安を見事な演技で表現している。
 神山監督は、この作品をリアリズム的に描こうとしている。悟性的、観念的な映画でないのは確かである。では監督の主観は無かったのだろうか。断じて貫かれている。現在の世界、日本にある全ての非道、矛盾への怒りがそこにはある。
 ではこの映画のストーリーは、北海道野付牛町で始まる。病床に伏す老人・伊藤房次郎の、井上伝蔵が実名で、の告白で隠してきた半生が語られる。
 一八八三年の秩父は、山岳地帯で田畑・水田は望めず、養蚕によって農民は生計を立てていたが、生糸価格の暴落、増税により、高利貸からの借金に頼らねばならない状態にあった。不当な高利で破産する農家が続出した。村役場にかけあっても相手にされず、この窮状から逃れ得ないかに見えた。こんな折、自由民権運動が各地で盛り上がり、演説大会が開かれた。農民の窮状は政府の富国強兵策にありとの発言に、参加者は続々と自由党に入党する。以前より自由党に入っていた伝蔵は「困民党」を組織することに賛同し、共に警察や高利貸に掛け合いに行くがことごとくはねつけられ、もはや政府打倒しかない。八十四年十一月一日、椋神社境内に集まった三千余名の民衆軍団。総理田代栄助が出陣の命を発する。
 この映画は九月に、有楽町のスバル座で先行ロードショーが行われ、以降全国で自主上映が予定されている。
 評者は、スバル座でこの作品を観たが、いくつかの点で驚かされた。たいへん地味な印象のこの映画が、スバル座の入場記録を塗り替えたとのことである。評者自身の思い入れもあるが、感涙に咽びっぱなしであった。もはや、まわりに気をとどめる余地さえもないほどの醜態を晒すこととなってしまった。それと共に、タイトルロールの最後に監督名と終わりが表示されると、拍手が起こったのである。自主上映ではよく見かける光景であるが、ロードショー館では初めての体験であった。
 評者の思い入れを割り引いても、たいへん重厚ですばらしい作品である。百二十年前に想いを馳せることは、現代を如何にとらえるか、という問題なのである。(Kus)